鏡の中の不美人
お読みいただきありがとうございます。
レティシアの物語です。
連載形式ならばと短編の方で書けなかったエピソードと設定を入れてしまい、二万文字で終わりそうにないですが、四万以内で終わらせたいです。
なんてみっともない。
レティシアは大きく溜息を吐いた。
鏡に映る自分はふっくらしたドレスのせいでとても太って見えるし、ドレスのピンクが金髪でもない髪色をさらに濁らせているようにも感じる。
「これが今の流行なのよね」
結局レティシアの口から不満が零れた。
彼女に着せ付けていた小間使い達が、彼女の不穏当な言葉で一斉にびくりと脅えて手が止まる。
レティシアは自分の下唇をぎゅっと噛んだ。
ドレスが似合わないのは自分が不美人だからで、自分に尽くしてくれている彼女達のせいでは無いでしょう、と、レティシアは自分を責めた。
しかし彼女はそこで気が付くべきだった。
彼女の後ろで二人の小間使いが、嫌らしい視線を交したことを。
けれどレティシアがその場面を見たとしても、彼女の小間使い達が人を不幸にして喜ぶような根性が曲がっている人達だとは彼女は決して考えないだろう。
レティシアは純粋すぎた。
レティシアの家は家族仲も良く、そもそもドラゴネシアは辺境を守ることで侯爵位や財力を手に入れた一族であるため親戚間も絆が固い。そんな一族のお姫様として大事にされてきたレティシアなのだ。誰かから自分に悪意を向けられる事があるなど考えもつかないのだ。
そんな彼女は最近は、彼女が不美人だという真実をドラゴネシアの一族の誰かが幼い頃に教えてくれていたら良かったのにと、一族を恨むようにもなっている。
そうしたら私はこんなに傷つくことは無かったわ、と。
「お嬢様。肩幅が気になっていらっしゃるなら、この飾り袖も足しましょうか?」
飾り袖を付け足された事で、レティシアは鎧を装着した従兄を思い出した。
自分の姿がドレス姿どころか、ピンク色の甲冑姿に見えたのである。
ああいやだ、こんな体と、彼女は自分自身の姿に身震いする。
辺境を守る戦士の家系であるので、ドラゴネシアの女も男も体格が良い。
レティシアは鏡に映る自分の姿に、社交デビューしたその日、同じデビュタントどころか彼女達の付添い女性達までも小柄で華奢なことに衝撃を受けた、と思い出してしまった。
あの日、彼女は自分が不格好な巨人にしか見えなくなったのである。
否、実際に彼女が不細工だと囁く少女達の声が聞こえ、レティシアはその日から自分の外見に一切の自信を失ったのだ。
レティシアは悲しい気持ちになりながら、鏡の中に自分から目を背ける。
ああ、これもみんなドラゴネシアのみんなのせい。
自分は可愛いと幼い頃から思い込んでいたからこそ、自分の器量が悪いという真実を知らされた事に耐えられないのだわ、と。
「用意はできた?レティシア?」
部屋の扉が開き、既にドレス姿となっていた母親が戸口に立った。
レティシアは母親が自分を思いやる表情を向けていることで、母を悲しませてしまったのも全部自分が不細工なせいなのだ、と自分を責めた。母親の暗い表情から、婚約者のアラン・グラターナからいつもの「迎えに行けない」というメッセージが届いたのだと聞かなくとも理解したのだ。
「彼は迎えに来ないのね。ごめんなさい」
「レティシア。なぜあなたが謝るの?」
「お母様、でも」
「でもこれならば、一緒にって言ってくれているダーレンをお断りできないわね」
「ダーレンが一緒ならば嬉しいわ」
レティシアの母は、すっぱいものを食べた時みたいに、きゅっと唇をすぼめた。
ダーレンはドラゴネシア一族の当主であるが、王都どころかドラゴネシア領においても化け物か野獣と恐れられている人物でもある。
ダーレンのエスコートを受けることによってレティシアの評判がさらに悪くなる、母親がそう考えたのだとレティシアは思った。
私こそ不細工なせいで婚約者にないがしろにされている女だと笑われている、とっても評判の悪い女であるのに!!
「――馬車が狭くていやだわ。私達二人で行かない?」
そっちでしたのね。
体の大きな男性しかいないドラゴネシアでは、狭くて邪魔、はドラゴネシアの女達が必ず男性達に言うセリフだ。
だがレティシアは、狭くて邪魔、なんてダーレンにだけは言ってはいけない、と考えている。
それは、レティシアがダーレンの五年前の不遇を知っているからだ。
ダーレンの顔の怪我は五年前の戦闘にて負ったものだ。
彼はその怪我が癒えてすぐに招待された社交の場に出席したが、その場で、彼はひどい目に遭ったのだ。
衆目の中、婚約間近だった女性に悲鳴を上げられた上に気絶され、会場にいた男達に「出て行け化け物」と罵られたのである。
そしてその日以降、ダーレンは社交の場には顔を出さなくなっている。
それが、レティシアを迎えに来るという事は、ダーレンが王宮の祝賀会に出席するという事だ。
彼が五年前のように表に戻って来ると決めたのであれば。
「お母様。私はダーレンにこそ今夜はエスコートされたいわ」
「そう。あなたが良いならお願いをしましょう。でもね、あなたも彼も忘れていない?あなたは十八歳で彼は二十八歳なのよ。十歳のお兄さんと赤ちゃんじゃないのよ?」
「お母様ったら。ダーレンの年齢ぐらいわかっているわ。十歳の年の差があることだって」
「おばかさん。今のあなた方は結婚適齢期の男女ってことよ」
レティシアはハッとした。
ダーレンは跡継ぎが必要なのに、彼に縁談があっても一方的に断られてばかりなのである。
しかしレティシアは考えた。
気心の知れている優しい従兄のお嫁さんになるのもいいのかも、と。
レティシアはアランの不誠実さを思い出して溜息を吐くのだった。