ツインレイの花嫁 番外編その1「宝剣の名前」
ユリアのお腹に子どもができた、とわかって数週間が過ぎた頃。
特にやることもなく、ベッドでのんびりしていたユリアはふと俺に声をかけてきた。
勢いよくベッドから起き上がるものだから、慌てて傍に駆け寄る。
「ユリア、あんまり勢いよく起きると落ちないか不安になるよ……」
「え?あぁ、ごめんね。そういえば、ひとつ疑問に思っていたことがあるんだけど」
「疑問に思っていること?」
ユリアがこの世界のことで疑問に思うことは多くあるはずだ。
きっと俺の知識でも答えられるだろうと、思っていた。
「ほら、ガウリイルくんや騎士団長が使っていたあの宝剣。あれって名称があるの?」
「名称はないよ」
「え?え、えっと……でも、宝剣なのよね?国宝級の、お宝なんでしょう?」
「うん、国宝級ではあるかな。歴代の国王が所持していたものだからね」
「それで、名前が、ない……?」
「うん、そうなんだ」
しばらくの間、無言の空気が流れる。あれ、これって正直に答えない方が良かったのかもしれない。
お互いどう切り出すべきか迷っていると、扉からノック音が聞こえてきた。
返事をすると、騎士団長が報告書を持って来たらしい。
失礼します、と声が聞こえると、扉が開かれる。
「……お二人とも、硬直してどうされたのですか……?」
「えーっと……ユリアが、あの宝剣に名前がないことに驚いてしまって……」
「宝剣……あぁ、ガルム様が初代国王に贈った宝剣のことですか。確かに名前はないです」
もうひとりの宝剣の使い手である騎士団長が、そう言い話すとユリアが横に倒れた。
ゆっくり倒れたからたぶん大丈夫だろうけど、そっとブランケットをかける。
「ほ、宝剣なのに……宝剣なのに、名前が……ないなんて……えええ……」
「ユリアはどんなものを想像したの?」
「エクスカリバーとか、そういうもの……」
「あれは伝説級のものだよね。俺たちが使う宝剣は、あくまで俺たちの魔力や神力を受け止めて武器化させる武具なんだよ」
きちんと説明をしてみるが、それでも納得がいかないらしい。横からうめき声が聞こえてくる。
俺が困っていると、騎士団長は慣れた様子で俺に報告書を渡してきた。
「王妃様、あなたが思っている以上に俺や国王陛下の魔力や神力は規格外なんですよ。そんな規格外の力を受け止められる武器というものは、そう簡単には存在しないのです」
「ん?ということは、その宝剣って元々が規格外の強さを持つ人が使うための武器なのね?」
「はい、その通りです。製作者であるガルム様が愚痴を零すレベルの繊細で強力な武器なのです」
「ところでさっきから出てくるガルム様って、誰……?」
宝剣使用者については理解できたようだけど、突然出てきた製作者のことは知らなかったらしい。
どう説明するべきか、と騎士団長が困っている。
ここは俺から説明するべきだろうな。
「騎士団長の故郷は、元々フレイヤ小国と言ってひとつの国だったんだ。そこの象徴とも言える長寿のドワーフ族の末裔、それがガルム様だよ」
「ドワーフ族は制作技術が高く、火の親和性が高い一族です。そのため、現在もフレイヤの活火山付近の鍛冶場にて、武器を鍛え続けられています」
「えっ!ここにも、そういう特別な種族の人たちがいるの?!」
「はい、ドワーフ族以外ですと、主に水の妖精たちが集うフェアリー族、吟遊詩人であり弓矢の名手のエルフ族の三つです」
また勢いよく起き上がったので、ユリアを慌てて支える。
自分が妊婦だという自覚がないのかもしれない。
騎士団長も少し呆れている。
「あぁ、でもね。その三つの種族は、ほとんど生き残り香いないんだ。ドワーフ族はさっき言ったガルム様だけ、エルフ族はどこにいるのかわからないシェファ様だけなんだ」
「あれ、フェアリー族は?」
「水の妖精たちがいるにはいるけど、言葉が通じるのは泉の大妖精であるウィンディーネ様だけだね」
「そっか……話が通じないと、会話も成立しないものね……」
「身振り手振りでも、なんとなくはわかるけどね。それでも込み入った話になると、どうしても対話する必要性があるんだ」
ユリアの眉間にしわが寄っている。苦笑しながら、優しく頭を撫でると擦り寄って来た。可愛い。
無意識に愛し合っていると、騎士団長が咳払いをした。
「ところで、宝剣の名前に関しては何か記載がないのでしょうか?」
「え?あぁ、確か禁書庫にはあるよ……名称がないと困る時は、アンノウン・ブレス、と記しておくって」
「……それが名前なんじゃないの?」
「呼称に困るときに使えって書いてあるから、名前とは呼べないと思うよ……?」
ユリアに言われて気が付いた。確かに、一応名前と呼べなくもない。でも、呼称と名前は別物だと思っているから何か違う気がする。
昔から王家に伝わる宝剣ではあるけど、本当に宝剣と言っていいものか疑問なことすらある。
少しばかりの蟠りがありつつも、宝剣のお話はそこでおしまいになった。
ユリアを寝かせる時に、いつかガルム様に会いたい、とお願いされてしまった。
王族ですら子ども扱いするあの人が会ってくれるのか自信がなかったけど、これだけ無邪気なユリアに対しては冷静に対応してくれるかもしれない。
騎士団長と相談しておくよ、と伝えて眠らせた。
時折、瞳の動きが見えたので眠りが浅いのだろう。
ゆっくり、ゆっくりと撫でながら、優しく「きらきら星」を歌う。
そうして、ユリアは眠りの奥へと落ちて行った。
(終)