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魔法少女・朝野こむぎはフランスパンで殴る。【完結】  作者: 束音ツムギ
第二章 Urban Myth “Miwakare Bridge”.
25/51

8.

 髪を揺らし、華麗に。ゆっくりと時間の流れる街を飛び回るのは――魔法少女、八坂星羅。


 そんな彼女を後ろから追いかけるのは、紅く充血し、触手を後ろになびかせながら突進する眼球――悲しみの具現化、ネガエネミー。


 どちらも譲らぬ、一進一退の攻防が繰り広げられている。


「……は、速い……っ! わたしじゃ、目で追いつくのだって大変なのに、あの速さに追いつけるなんて……」


 純粋な速さではネガエネミーの方が上だが……八坂さんは、突進しかできないネガエネミーと違って、細かい動きだって出来る。まるでネガエネミーが、犬がオモチャで遊んでいるかのように見えてしまう。


 わたしは両者の動きを、離れた所から見ていたが……。まだまだ一週間、魔法少女になりたてであるわたしには決して届かないであろう領域の戦いだ。


 しかし、あの速さの中だ。当然、八坂さんも逃げ続けることで精一杯だろう。彼女の託された通り――トドメはわたしが刺さなければならない。


 八坂さんが飛び立つ前。彼女はわたしに向けてこう告げた。


「私がネガエネミーを朝野さんの元までおびき寄せるから、そこで待っていてちょうだい。とにかく、タイミングを見計らって、その一撃に――貴方の全てを込めて」


 ――あの速さで逃げ続けながら、あのネガエネミーをこちらまで誘導することさえ、八坂さんならば出来るという。


 彼女に言われた通り、わたしはここで下手に動かずに、ネガエネミーを引きつけてやってくるその瞬間を待つことにした。



 ***



 桃色の髪を伸ばした魔法少女と、それを追いかけるグロテスクな見た目の眼球が、ゆっくりと時間の流れるこの街を縦横無尽に駆け回る。


「やっぱり速いわね……。トドメは朝野さんに任せてしまったけれど、大丈夫かしら――」


 そこまで口に出してから、いや、と首を横に振る。


「私が信じなくてどうするのよ。……でも、あの時――私が信じ、頼ったせいで――いや、この事はもう、()()にも考えすぎだって……」


 一度思い出し、考えれば考えるほどに――あの時の記憶が蘇ってくる。


 あの時。先輩――蓮見遥(はすみ はるか)が魔法少女の死を迎えた、ネガエネミーとの戦いで。


 私なんかよりも圧倒的に強く、頼れる先輩だった彼女に、私は頼りすぎ……任せすぎてしまった。


 その結果、都市伝説を倒す事はできたが……それと引き換えに、蓮見先輩は――魔法少女の死を迎えてしまった。


『もしかして、自分のせいでウチが――って思ってるんなら、それは違うんよ、星羅ちゃん。

 星羅ちゃんがウチの事を信じてくれたからこそ、あの都市伝説を倒せた。確かにウチは死んだかもしれない。でも、気にする事はないんよ? いずれ魔法少女は死ぬ物……たまたま、ウチと星羅ちゃんで世代交代の時期だった。それだけの事なんよ。

 それに、魔法少女のウチが死んでも、もうお別れ……なんて事はないんやし――』


 先輩はそう言ってくれたが――あの時、私がもっと頑張っていれば。先輩に、任せきりになんてしていなければ。


 もしかして、今回も――朝野こむぎにトドメの一撃を任せてしまったせいで、彼女が傷つくなんて事があったら――


「違う、私は――今はとにかく、朝野さんを信じないと。このバトンを繋げないと――倒せる物も、倒せなくなっちゃうわね」


 私は、脳裏にへばりついてくる様々な考えをぶんぶんと振り払い、今はとにかく集中する。


 そして、果たして――これが見えているかは分からないが――一軒家の屋根の上、ネガエネミーを引きつけてくると約束した場所で待っている朝野こむぎに向けて手を振り、合図を送る。



「……後は、朝野さんに全てを任せるだけ――」



 そして、空を大回りした後、真っ直ぐに。――ゴオオオオオオォォォッ!! と風を切りながら、彼女の待つすぐ横を通り抜けた。


 そして、その後を追う眼球が、屋根へと立つ朝野こむぎの目の前を通過した――その時。


「はああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 彼女の叫びと共に――ドスッッ!!


 後ろを振り返ると、硬いフランスパンで叩き落とされ、地面へと墜落した眼球の姿があった。そして、思いっきりコンクリートの地面にヒビが入るほどに叩きつけられた眼球はその場で――砕け、爆散した。


「はあ……緊張したぁ。よかったあ……っ」


「朝野さん……やったのね……!」


 どうやら、私の考えすぎだったようだ。もし、失敗して――標的が彼女に向かってしまったら、また彼女が――そんな心配は不要だったらしい。


 破裂したネガエネミーから――青く輝くコアが露わになって、私はホッと胸を撫で下ろす。

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