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1.

「こむぎー! クロワッサンがそろそろ良い頃合いだろうから、取り出しておいて!」


「はーいっ!」


 とある街――鳴繰(なくり)市に建っている、家族で営む小さなパン屋さんは、今日も朝から大忙しで――


 今日も、おいしいパンを求めてやってくるお客さんのため、10時の開店時間までに、いろいろなパンをたくさん焼かなくてはいけない。


 ……そんな、小さなパン屋さんの一人娘、朝野(あさの)こむぎ。小麦のように明るい金髪のショートヘアに、ブラウンの制服の上から白いエプロンを付けた少女――は、今日も朝からお店の手伝いをしていた。


 九月になり、夏休みはすっかり終わりを迎えてしまったが……学校のあった五日間を挟んで、土曜日である今日は学校も無いので、久しぶりに朝から家のお手伝いだ。


「お母さん、ちょっとお父さんの手伝いに行ってくるわね。少しの間離れちゃうけど、こむぎなら大丈夫よね!」


「うん、任せて! いっぱい焼いちゃうんだからっ!」


 お父さんはレジや開店前の掃除など、パン作り以外の、お店を開くために必要な準備をしている。やることも多く、一人ではとてもじゃないが間に合わないので……パン作りのほうにある程度メドが立ったらわたし、朝野こむぎが一人でパン作りを任される。


 おかげで、今ではお母さんにも負けないようなおいしいパンが焼けるようになり……。『安心してお店を継がせられるわね』と、お墨付きをもらっているくらいだ。


 わたし自身、パンを焼くのは好きだ。自分が作ったパンで、たくさんの人においしいと喜んでもらえるなら。学校と両立してでも頑張れるもので。


「さて、クロワッサンはたくさん焼けたし……次はジャムパンかなぁ」


 慣れた手付きでいちご味のジャムを入れて、生地を丸めていく。最初のうちは、焼くときに破裂して失敗したりなんかもしたけれど……練習に練習を重ね、今ではすっかり、良い具合に焼き上げられるようになった。


 ……そんな、まごころ込めて作ったジャムパンが、まさか()()()()()()()()()()()()()()()()()()だなんて、夢にも思わない。思うはずもない。


 だって、わたしが焼いたのはただの『ジャムパン』のはずだから。


 だって、わたしはただの『パン屋さんの子供』なのだから。


 ごくごく普通の中学校へと通って、来年には受験も控えた、今が遊びざかりのただの女の子なのだから――



 ***



「よーしっ。そろそろジャムパン、焼けたかな?」


 開店時間までに間に合わせないといけない、という無意識な焦りのせいか――ジャムパンを焼いている大きなオーブンの様子が……どこかおかしい事にさえ気がつかずにいた。


 一般的な家庭にあるものよりも一回りも二回りも大きいだけで、特に変わったところなどないはずのただのオーブンが、まるで夜空に広がるオーロラのような――こんなにも神秘的な、紫色の光を……もわあーっ、と放っている。


 それを見て、『あれ?』 とは思ったが……ガチャリっ! 反応よりも先に行動が出てしまい――わたしは、そのオーブンの取手に手をかけて、そのまま大きく、バッ! と()()()()()()()()()


 同時。



 ――ギュウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥっ!!!!


 

 激しく、眩ゆい紫色の光が――わたしに向け、一直線に飛び込んできて、網膜へとダイレクトアタックを仕掛けてくる。


 突然の出来事に、わたしは思わずその場で後ろに倒れ、尻餅をつき……あまりの眩しさに目をつむる。そして当然、わたしの頭の中はパニックで、ぐちゃぐちゃで。


(……何が起こったの……!? もしかしてわたし、何かまずいモノでも混ぜちゃった……!?)


 訳も分からずに、幻想的なその光に打たれ続けるわたしは――驚きでどれほどの時間が経ったのかも知らないが、やがて光が収まったオーブンを見るため、ゆっくりと目を開く。


 ――ゆっくりと開けた視界の先には。


 ――起こったことをそのまま言葉にしても、誰も信じないような。非現実的、非合理的な、何をどう考えてもあり得ないような出来事が、実際に、目の前で起きていた。



「……パンが……。パンが、浮いてる……っ!?」



 わたしが作ったジャムパンのうちの一つが。糸に支えられているとか、下から強風が吹いているだとか、マジシャンがやっていそうな小細工はなしで。


 ――文字通り、ふわふわと……()()()()()のだった。



 当然、理解の追いつかないわたしに向かって、ただでさえ混乱する脳内をさらにがちゃがちゃとかき混ぜていくかのように。……どこからともなく、ある『中性的な声』が飛んできた。


『ボク、サポポン!』


 それが、目の前に浮かぶジャムパンから発せられているという事に気がつくのには、さらに時間が掛かった。


 ……きっと疲れているのだろう。そう自分に言い聞かせ、目の前の現実から目を背けようとするが……何度目をこすっても、頭を叩いても、首を振っても、ほっぺをつねってみても。目の前に浮かび上がるパンは、不思議そうな『顔』でただ、こちらを見つめ続けるだけだった。

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