⑤ 約束
紅に燃える落ち葉が街を赤く彩る季節、少年と母親は郊外の丘を登っていた。
若さ故に疲れを知らない少年はぐいぐい先に進んでいく。母親は先を行く小さな背中を懸命に追っていた。
それから更にY年が過ぎた。
少年は青年になり、母親はお婆さんに様変わりしていた。
二人の生きる速さはすっかり違う次元になっていて。
二人が過ごす場所もすっかり違う世界になっていた。
だけれども、二人は時たまメッセージを交し合う。
長年育まれてきた二人の絆は、生きる世界が少し変わった程度で壊れはしなかった。
『大好きなこうへ。
そろそろ冬の寒い寒い季節がまた来るよ。……ねえ、こう、しっかり外に出かけるとき温かい格好してる?
まさかこうの面倒くさがり症が悪さしてこの期に及んで、まだ夏服を着てるとかいうんだったらお母さん許さないよ。
厚着をしてても、油断しないで風邪をひかないように健康にいいものをバランスよく食べるのよ。
……これ以上言うと、こうに大の大人にもう子供扱いしないでよって言われそうだからやめとく。
……けれどね、一つだけ、これだけは覚えておいて。
生きていると大変なことがいっぱいあって、時には目の前が真っ暗になってしまうような出来事だって起きてしまうかもしれない。
もしかしたら死んでしまいたいと思うことだって……起きてしまうかもしれない。
そんな時、きっと、優しいこうは一人で全部抱え込んでしまって、人知れず涙して、誰にも理解されない孤独の中で落ち込んでしまうのでしょうね。
でもね、こうにはあるはずよ。他の人にはなくて、あなただけにある経験が。
誰が知らなくてもわたしは知っているよ。絶望の深淵で再び立ち上がった……こう――あなたのどんな困難にだって屈しない強さを。
そして、わたしは知っている。あなたの笑う顔が、何よりも、どんな喜劇よりも、誰かを笑わせる力――幸せにする力があるってことを。
だから、生きるのに辛くなったり、立ち上がる力を見失ったとき、謙虚な躊躇いはいらない。迷ったらその時すぐに、わたしを呼びなさい。
いつ何時、どんな状況にこうが立たされていたって、わたしは、わたしだけは、絶対にこうを裏切らない。
その状況に脅かされているあなたが再び立ち上がれるようになるまで、呼ばれたら何度だって、わたしはこうがいかに強い人間かってことを、教えてあげる。
人に頼るのは決して子供の特権なんかじゃない。大人だって誰かに甘えていいときはあるの。それを忘れないでね。
――たまにはあなたの生まれてきた場所に帰ってきてもいいのよ お母さんより』
しわくちゃでよれよれになった手紙を握りしめ、今日も青年は受話器の前に立つ。
青年は涙声で受話器越しに、誰かに訴え続けた。
わかってくれる人が目に見えなくても、いつも側に居続けた。
いつだって慰めてくれる誰かが、そこにいた。
その有難味を『その時』が訪れるまでは、青年はまったく理解などしてはいなかった。