③ たとえ想っていたとしても
『あの時』からX年が流れた。
苦痛を乗り越えたとしても、少年にとっての現実は相変わらず困難続きで変化はそうそうなかったが、変わったことが一つあった。
カチカチ……と音を鳴らす秒針の動きが、いつの間にか気にならなくなっていた。
少年に、常に思い焦がれるあこがれの存在ができたのだ。
たとえ、居間の明かりというスポットライトにただ一人照らされていたとしても、少年は人肌を感じていた。
少年の目の前には、ほかほかのハンバーグが用意されていて、どこからともなく現れた黒い姿のヒーローが困窮する子どもを助けるアニメがテレビに映っていた。
どんなに絶望的な状況でも諦めないヒーローの声が聞こえるだけで、少年の心は満たされていた。
母親が家に帰ってくる時間には、待ちくたびれて机に寝そべっていることがほとんどだったけれど。
そのたびに母親は少年を抱えて、少年のベッドまで運んで行った。
「あのね、少し……物語を考えたんだ」
ベッドに運ばれた時の振動で夢うつつにいる少年が、自身を抱える人影に話しかける。
「どうしようもなく追い詰められていて苦しんだ人がいるんだけど、ある友人との出会いがきっかけで――――」
しかし、口を開いたのもつかの間、すぐに意識が落ちてしまった。
悪夢にうならされずすやすやと寝息を立てて眠る少年を見て、母親は軽く息をついた。
「ずっと……、一人にしてごめんね。これからは、きっと――――…………」
すべてを言い終える前に、胸に手をやり言葉を発するのをやめた。
カチカチ……と音を鳴らす秒針が、はっきりしない母親を責め立てるように動き続ける。
じっと少年の寝顔を見た後、ゆっくり立ち上がると今後は少年を起こさないように扉を閉めた。
一度動き出した時間は良くも悪くも、明日へ向かって誰にとっても平等に進み続ける。
たとえ、これから先に絶望が待ち構えていたとしても、もはや引き延ばす手段はどこにもない。
刻一刻と、時は進む。
そして、再び朝はやってくる。