Episode.3 やる気ゼロ
「……え?」
俺は間抜けな声を漏らす。
視線の先には、腰辺りまで伸ばされた純銀を溶かしたような銀髪に、雪をも欺く白い肌。瞳は透き通った空のように青く、硬く精緻に整った顔をしている。
別に美人だから目が釘付けになっているわけではない。
瞳の色は異なるが、髪の色、顔の輪郭など……どこか、瑠衣ににているからだ。
その少女は、俺に見詰め続けられ困ったような顔をする。
すると、窓際の席に座る茶髪のミディアムの生徒が、潜め声で俺の視線の先の少女に尋ねる。
「ねえ瑞希ちゃん、知り合い?」
「多分……違うと思いますが……」
(瑞希……だとッ!?)
俺は、こんな偶然があるのだろうかと驚愕する。
「あ、あの……先生、どこかでお会いしましたか?」
瑞希が訝しげな顔で尋ねてくる。
俺は、はっと飛びかけていた意識を現実に引き戻し、我に帰る。教室を見渡すと、生徒達が戸惑っていた。
「あ、いや……人違いだったみたいだ」
「そうですか」
俺は頭を掻きながら、適当に理由を付けておく。そして、一つ咳払いして仕切り直す。
「えっと、今日からこの学校の教師として来ました有栖川 湊です……えー、まあよろしく」
俺は気持ち程度頭をペコリと下げ、軽く挨拶を済ませる。一応名前を電子黒板に書いたが──字は心を映す鏡とは良く言ったもので、俺自身が見ても、かなり汚く雑な字だった。
「一つ質問しても良いか? この学校の教師って……やっぱ俺だけ?」
特に誰へと限定することなく、六人全体に向けて質問をする。
「うん、先生だけだよー?」
廊下側の席に座る、のほほんとした雰囲気を醸し出す桃色の長髪をした少女がそう答える。
後の自己紹介で、名前を桃山 遥奈ということがわかった。
あらかじめ予想はしていた返答であったため、さほど驚きはしなかったが、一層なぜ廃校になっていないかが不思議に思えてくる。
(ってか、何でこんな状況になったんだ?)
俺は心の中で疑問を口にするが、どうやら六人の中に【読心能力】の特殊能力を持つ異能者はいないらしく、その疑問に答える者はいない。
すると、遥奈が手を挙げたので、俺はそちらへ視線を向ける。
「先生はさ、この学校どうしたい?」
恐らくその質問は、遥奈以外の五人も聞きたがっていることだろう。その証拠に、皆の視線が俺に集中する。
「ん、どうでもいい」
バンッ!
俺が本心からそう答えた瞬間、遥奈の後ろの席に座っていた黒髪ツインテールの少女が机を叩いて立ち上がる。そして、赤い相貌でキッと俺を睨んでくる。
「ほら、言ったじゃない! 今回もどうせロクでもない教師が来るって!」
この少女──立川 恵は、俺を指差しながら他の五人に向けて言う。
「こらこら、人を指で指してはいけませんよ」と言ってやりたいところだが、俺は黙って成り行きを見守る。
(今回もということは、これまでにも何人か教師が来たのか……)
「でも、今までの先生みたいに、他の学校と併合したいとは言ってない」
「同じようなことでしょ!?」
瑞希の後ろに座る、物静かでクールそうな印象を放つ、灰色の髪を肩口まで伸ばした少女──空閑 渚の言葉に、恵が反抗するように言う。
「まあまあ、恵ちゃん落ち着きなってー」
呑気な遥奈が、恵を宥めようとする。
「遥奈先輩ッ! だって……」
「気持ちはわかるけど、ね?」
「はい……」
先輩に当たる遥奈にそう言われては仕方がないと、恵はゆっくりと座る。最後に俺を再び睨んできたのは触れないでおこう。
「ふっ、ミナト先生……『どうでもいい』ということは、興味がないということ。即ち、我が学校をかつてのように活気溢れるものにするための活動にも協力していただけないと、そういうことであるか?」
始めに瑞希に俺と知り合いかどうかを尋ねた茶髪ミディアムの少女──御守 菫の後ろに座る少女が立ち上がって尋ねてくる。
その少女──神代 紅葉を一言で説明するならば、厨二病だ。なぜか右目には黒い眼帯を巻き、スカートのポケットからは銀色のチェーンがチラついて見える。
俺はその見た目に一瞬戸惑ったが、すぐに調子を取り戻して言う。
「え、お前らこの学校を復興させようとしてんの? マジで?」
「どうだ、崇高な志に恐れを成したか?」
それがカッコいいと思ってるのか、紅葉は片手を眼前に添えてポーズを取りながら、自信満々に言ってくる。
俺はすぐに俯く。そして、必死に我慢するが……敵わなかった。
「ぎゃはははははッ!? マジか、ウソだろ……ぷっはははははッ!?」
俺は下品極まりない声を上げて、抱腹絶倒する。これまでの人生で一番笑ったと言っても過言ではない。今にも腹筋が大崩壊しそうだ。
俺がいきなり笑い出すものだから、生徒は皆驚いた顔のまま固まっているが、今の俺にそんなことを気にする余裕はない。とにかく笑いが収まらないのだ。
「せ、先生……?」
菫が心配そうに声を掛けてくるので、俺はひたすら笑った後、目尻に浮かんだ涙を手で拭いながら言う。
「いや、すまん。皆の視線がマジだったからつい……ははっ、現実見ろよな」
俺は鼻で笑いながら、電子黒板に背を預ける。
「復興なんか出来るわけねぇだろ? 何でこんな状況に陥っちゃってんのかは知らんが、そうなる原因があったからだろ? たった六人のガキでその原因解決できんのか? 無理だな」
俺は最終的に、呆れて肩を竦める。
俺の言葉に、皆それぞれの感情を抱いているようだが、これが現実だ。
「あの、先生……逃げた方が良いです、よ?」
菫が曖昧に笑いながら、俺に言ってくる。
「ん、何で?」
なぜそんなことを言うのか全くわからず、俺は首を傾げる。
すると────
「なぜ、見ず知らずの貴方に……」
俺の横目に、肩をプルプルと震わせる瑞希の姿が映った。
「そんなこと言われなきゃいけないんですかッ!?」
瑞希が勢いよく立ち上がり、怒気を帯びた声を荒らげる。
俺はそんな瑞希に視線を向ける。瑞希の身体からは冷気が白い煙となって漏れ出ている。
「客観的に見た事実だ」
「──ッ!?」
俺は真実を容赦なく口にする。
刹那、目を見開いた鬼の形相の瑞希の傍らに、鋭利な氷の槍が生成され、射出される。
氷の槍は、情け容赦なく俺の顔面を貫き──とはならず、俺の顔の右側の離れたところを通過し、背後の電子黒板を穿つ。
微妙な沈黙が流れる。
どうやら瑞希がこういったことを仕出かすのは今回が始めてというわけではないらしい。他の五人は「またやったよ……」と呆れたように首を横に振ったりと、慣れた反応を示していた。
「アンタ、これに懲りたらもう下手な発言しない方が良いわよ? 次は殺されるわよ」
恵が、良い気味だと言わんばかりの顔で言ってくる。
しかし────
「脅しのつもりか? なら、もっと狙いを顔に近付けるんだな。まあ、そんな度胸があればの話だが……」
俺はこの一連の出来事に驚くことはしない。明らかに狙いが俺ではない射撃だというのは、一目瞭然だった。
俺の言葉に、六人全員が目を剥く。
「これまでの先生はこんな感じで辞めていったのか? なら、そんな希望はもう捨てろ。訳あって俺はこの学校で教師を名乗っておかなくちゃダメなんでな」
俺は教卓の下に仕舞われていた椅子を引っ張り出して、腰を掛ける。
「どうしても俺を辞めさせたいなら、本当に殺せよ」
俺の『殺せ』という言葉に本気を感じ取った六人は、思わず息を飲む。
俺は、六人が静かになったことを確認すると教師として始めての授業を行った。
自習だ────