Episode.2 俺が廃校寸前校の教師になったワケ
俺の絶叫が闇夜の静寂を切り裂き、響き渡る。
音もなく、静かに舞い落ちてきた雪が、瑠衣の傷口を押さえている俺の右手に触れ、赤く染まりながら溶ける。
どれほどの間この場にいただろうか。
ひたすら叫んだ後、心の中を埋め尽くさんとばかりに渦巻いていた数え切れない感情は消え失せ、虚脱感、喪失感のみが俺に残った。
何も考えず、一つも動かず座り込んで、身体の感覚が失くなるくらい冷えて。
左耳の無線機から、姦しく呼び掛ける声があるが、俺は何も聞こえていないかのように、応答しない。
やがて、駆け付けた第〇室のメンバーに連れ帰られる────
────。
「また、この夢か……」
俺はベッドから上体を起こす。
複雑な気持ちを抱きながら、視線を窓の方へ向ける。カーテンの隙間から、朝日が差し込んでいる。
俺はベッドから降りて、窓の方へ歩き、カーテンを開ける。
急に開けたものだから、眩しい光が一瞬視界を焼く。俺は目を細める。
ここは、学園都市オウカの第七学区にあるアパートの一室。ついこの間まで、ここからは離れた第三学区に住んでいたが、訳あってここに引っ越してきた。
瑠衣が死んでから、俺は異能に関わる全てのものが嫌いになったのが切っ掛けだ。
当然自分が異能を使うのも嫌になり、高校卒業をもって第〇室を脱退した。
そのままこの異能だらけのオウカからも出ていって、日本本土に戻ろうと思っていたが、オウカが──いや、連邦理事会がそう簡単に第〇室に所属していた貴重な人間を諦めるわけもなかった。
第〇室を抜ける条件を出された。
・第〇室での活動に関することは最高機密であるため、一切の口外を禁止する。
・第七学区に存在する一星高等学校の教師となり、どうにかすること。
この二つだ。
前者は問題ないが、後者が非常に問題だ。
一星高等学校とは、生徒が六人しかいない廃校寸前の高校だ。それをどうにかするというのは、学校として存続できるように状況を改善するも良し、別の学校に併合させるも良しということだ。
(たまったもんじゃねぇ……)
異能に関わりたくないから第〇室を抜けたのに、異能者を育てることを目的としている学園都市に存在する学校の教師になるなど本末転倒だ。
勿論一度は断ったが、「ならば第〇室に残れ」と言われたので、仕方なく受け入れた。
受け入れたが、生徒に教鞭を取る気など微塵もない。
(一星高校をどうにかしろってんなら、どうにかしてやるぜ? そう、何もせずに廃校になるのを待ってやるッ!)
俺はそんな決意を胸に、今日から教師生活を迎えるのだ────
俺は身支度を済ませる。
教師らしくスーツに。ワイシャツの全てのボタンを閉め、きっちりとネクタイを結び、上から紺のジャケットを羽織る──わけない。
やる気がないのだから、服装にも自然と現れる。
ワイシャツの第一、二ボタンは開けたまま。青いネクタイはゆったりして、ただぶら下がっている感じ。シャツの裾はズボンに入れず出しっぱなし。袖は捲っている。
そして、俺の黒髪は一般的な男性の髪の長さと比べるとかなり長く、肩に掛かるか掛からないかくらいまで伸びているので、ヘアゴムでいつものようにポニーテールっぽく結ぶ。
「よし」
このだらしない格好で、自分でも何が「良し」なのかはわからないが、そう呟いた後、朝食を作る。
手早く食べると、歯磨きをして────
そして、準備を完了させると、靴を履く。勿論革靴など履いたりしない、ただのスニーカーだ。
家を出て、鍵を閉める。階段を降りて、ぼちぼち一星高校に足を運ぶ。
────ここ第七学区は二十二の学校があり、学区の自治権を有する代表校は『姫ヶ丘学園』。
文武両道、品行方正を掲げる女子校で、異能者のみ入学が許された小中高一貫校だ。中でも高等部生徒は皆二重能力者で、中には人一人が持てる最大特殊能力保有数に達した三重能力者の生徒もいるとか。
学園都市オウカの中でも、五本の指に入る名門校だ。
「それに比べて一星は……はっ、全校生徒六人? 今まで廃校になってないのが不思議だな」
俺はそう鼻で笑いながら、多くの人々が道行く流れに乗りながら歩いていく。
十五分ほど歩くと、目の前に“一星高等学校”と書かれた校門が現れる。そして、その奥にグラウンドがあって最後に三階建ての校舎がある。
昔はきちんと学校らしく、そこそこの生徒を抱えて授業が行われていたのだろうが、今は周囲を見渡してみても、この校門を潜ろうとする学生は見当たらない。
「さて、物好きな生徒六人はもう来てんのかな?」
俺はそんなことを呟きながら、校門を潜った────
一階。一年一組教室────
玄関から校舎に入って、右に曲がったところにある教室。恐らくここに全校生徒六人が集まっている。
近付くと、中から楽しく話している声がドア越しに聞こえてくる。
俺は一つ息を吐く。これは勿論、これから始まる教師生活が楽しみで、早まる呼吸を整えるためではなく、単に面倒臭いなという思いから来るため息だ。
ガラガラ────
俺はスライド式のドアを開けて中に入る。
当然生徒達の視線は俺に集まる。恐らく生徒達には、この学区の理事あたりから、新しい先生が来る的な知らせを受けているだろうが、それでも驚かずにはいられないといった感じで見てくる。
「はーい、席に着けー」
俺が教師として初めて口に出した台詞。本当のところ、こんな台詞を一度言ってみたかったという気持ちがないわけでもなかったのだ。
俺は表情に出さないように、その満足感に浸る。
生徒六人は、俺の指示通りそれぞれの席に付く。
見た感じ全員女子。そして、学年はバラバラと言った感じだ。
春の半ばであるこの季節、制服の紺色のブレザーを来ている生徒もいれば、白いシャツだけの生徒もいる。スカートは全員膝上丈で揃っていて、グレーのストライプだ。
「こほん、えー……」
俺は教卓に手を付き、軽く体重を預けながら咳払い。そして、自己紹介をしようと、取り敢えず教室を見渡す。
そして、絶句。真ん中の席に座る一人の少女から目が離せない。
頭の中が真っ白になった────




