Episode.19 再び会ったな不思議少女
桜花爛漫祭が無事に終了したのは、今からおよそ一週間前になる。
俺が生徒達に黙って、教師同士の模擬戦の競技に出て優勝したときは、生徒達と合流するなり質問責めにされた。
ただ、生徒達が頑張って『バルーンハント』の競技で三位に入ったことや、俺が優勝したことなどによって、一星高校の名前はかなり広まった。
上手くやれば、来年からは新入生が入ってくれるのではないだろうか。そうすれば、廃校を阻止することも出来るだろう。
(はぁ……俺もすっかり教師になっちまってるな……)
そんな風に、若干覚醒気味の意識の中でそう呟くと声が聞こえてきた。
『ちょっとミナト君? 休日だからってダラダラし過ぎじゃないかな?』
俺は閉じていた重たい目蓋を持ち上げる。すると、眩しい光と共に、瑠衣の姿が映り込んでくる。やや不機嫌そうな瑠衣はぷくりと頬を膨らませて、腕を組んで浮遊している。
「んあ……もう朝か?」
俺はベッドから上体を起こし、目を擦りながらそう尋ねる。すると、瑠衣は壁に掛けているアナログ式の時計の傍まで飛んでいき、指で指しながら答える。
『もうお昼だよ!』
「ああ、昼か……よく寝たわ……」
俺はベッドから降りると、ぼちぼち朝──ではないが、顔を洗ったりなど支度を整える。
『ミナト君が起きてくれないと、私とってもつまらないんですけどー』
「街の見物でもしてくれば良いだろ?」
『一人で出掛けてもつまんないよー! 私とお喋りできるのもミナト君くらいなんだし』
「あー、そうだったなー。ってか、何でお前お化けになんかなってんだよ? 前々から気になってはいたんだが……」
『知らなーい。何か未練でもあるのかもね? あと、私お化けじゃなくて幽霊だから!?』
お化けでも幽霊でも同じことではないかと思ってしまうが、瑠衣のこだわりはよくわからない。
俺はそんなことを思いつつ、キャットフードを取り出し、お皿に盛る。
「おーい、シュレット? ご飯だぞー?」
そう呼び掛けながら皿を床に置くと、真っ黒な毛並みの子猫が、なーと鳴いて寄ってくる。
この猫は桜花爛漫祭が始まる少し前に、姫ヶ丘学園中等部の三人がチンピラに絡まれているところで出会った捨て猫だ。
三人のうち一人の白髪の少女──結雅 梓によると、この猫の名前はシュレディンガーらしいが、そう呼ぶにはあまりにも抵抗があったので、少し文字って“シュレット”としたのだ。
『そういえばあの子達、猫の様子を見に来るみたいなこと言ってたけど……』
瑠衣がそう呟くあの子達とは、今まさに思い出していた姫ヶ丘中等部の三人のことだろう。
一応この家の場所は教えてあるが、桜花爛漫祭などもあって忙しかったのか、一度も来ていない。
ピンポーン。
インターホンが鳴らされる。特に何かの荷物を頼んだ覚えはないし、生徒達は俺の家を知らない。とすると……
「はーい?」
俺はガチャリと玄関の扉を開けて、顔を出す。すると───
「久し振り、シュレディンガーの様子を見に来た」
初夏の日差しに照らされた長い白髪は涼しげに輝いており、全てを見透かしているかのような切れ長の銀色の瞳は燦爛としている。そして、休日であるにも関わらずこの第七学区ではお馴染みの制服を着た少女──梓だ。
「シュレディンガー、元気にしてた?」
「今のコイツの名前はシュレットだ」
「そう」
梓はシュレットをわしゃわしゃと撫でている。梓の真っ白の髪とシュレットの真っ黒な毛並みの取り合わせが中々良いものだ。
『ちょっとミナト君、何で梓ちゃんのことじっと見てるのかなー?』
ジト目で睨んでくる瑠衣。俺は別に梓が美人さんだから見詰めていたわけではなく、いたって自然な流れで梓に目が行っていただけなのだ。
「変な勘繰りするなよ……」
俺は小声で瑠衣にそう言っておく。
『大体、女子中学生を家に連れ込むってダメだからね!? ミナト君端から見たら犯罪者だからね!?』
瑠衣がくるくると飛び回りながらそう言ってくる。思わず大きな声で言い返してやりたくなるが、そんなことをすれば、梓から見たら一人で急に叫び出すヤバイ男になってしまう。
俺はそう思って拳をギュッと握って我慢する。
「安心して、通報したりしないから」
「いや当たり前だろ!? って、お前が来たんだし……あれ?」
反射的に梓に突っ込みを入れていたが、梓は何で急にそんなことを言い出したんだ? まるでさっきの瑠衣の言葉が聞こえているかのような……
「で、前から気になってたんだけど、ミナト何で幽霊に取り付かれてるの?」
「見えてるしぃいいいいいッ!?」
『嘘ぉおおおおおッ!?』
この際、年下で、なおかつ大した面識もない梓に呼び捨てにされていることは置いておこう。そんなことより、梓はどうやら瑠衣の姿が見えているらしい。
『わ、私のこと見えるの?』
「バッチリ見えてるよ」
梓は瑠衣に焦点を当てて、答えている。それには思わず瑠衣も口を押さえて驚いている。
「な、何で見えてんだ?」
俺は梓に尋ねる。しかし、梓は首を横に振って「知らない」と答える。
「あ、そうだ。桜花爛漫祭の最終日……ミナトの試合見たよ、強いんだね?」
ふっと思い出したように、梓が話題を変えてくる。瑠衣が見えるという話題をすぐに変えてしまうとは、やはり不思議すぎる少女だ。
「あ、ああ……サンキュー」
「どうしてあんなに強いの?」
「え? ん、んん……」
なにせ連邦理事会直属の暗部で働いてましたから! と答えられるわけもないので、取り敢えずそれっぽい答えを言っておく。
「まあ、練習したんだよ。いっぱい」
「……そう」
一瞬間があったが、一応は納得してくれたらしく、梓はこくりと頷く。
「というか、他の二人はどうしたんだ? 今日は一緒じゃないのか?」
「そっちの幽霊のことも確認したかったから、誘わなかった」
『なんか、そうダイレクトに幽霊って言われると傷付くぅ……』
瑠衣がしょんぼりする。すると、梓が小首を傾げる。
「じゃあ、何て呼べば良い?」
『私、天野 瑠衣っていいまーす!』
「そう、じゃあ瑠衣ね」
相変わらず呼び捨てな梓だが、瑠衣は新たに話し相手が出来たことの喜びが大きいのか、全く気にする様子はない。
瑠衣はこの後、梓と色々話し込んでいた。
そして、日が傾き夕方になると────
「今日は楽しかった。また来る」
梓はそう言って帰っていった。
(本当に不思議な奴だなぁ……アイツ)
俺は梓の背を見送りながら、そんなことを思うのだった。




