Episode.1 プロローグ~全ての始まりの終わり~
夢を見た。忘れもしない二年前の最悪の出来事────
「ミナト君、遅いよー?」
「うっせ、お前が速すぎんだよ」
夜になっても建物の明かりで暗さを全く感じさせない学園都市オウカ。しかし、それは表の面である。
今俺が駆けているこの場所は、オウカでも人通りが極端に少ない所。
街灯はほとんどなく、閉鎖された研究施設が所狭しと立ち並んでいる。また、予報では今夜雪が降るらしく、空を見上げてみると、確かに分厚い雲が集まり始めている。
(ただでさえ夜で視界不良なのに、月光まで遮られて……本当に勘弁してくれ……)
しかし、雲の合間から時折降り注ぐ淡い月光が、俺の目の前を高速で駆ける同年代の少女──天野 瑠衣の肩口辺りまでで切り揃えられた銀髪を、燦爛と輝かせる。
瑠衣は二種類の特殊能力を持つ──俗に『二重能力者』と呼ばれる異能者で、【風力使い】・【能力増幅】の使い手だ。
そして俺も二重能力者で、【時空神の眼】・【身体能力強化】の異能者。
そして、異能者は数多いれどその能力の使い手は他にいないという、俺の【時空神の眼】、瑠衣の【能力増幅】。
それらの能力を買われ、俺は中二になったとき、瑠衣は俺より少し早くに、この学園都市オウカの最高意思決定機関『連邦理事会』直属の最暗部組織──表沙汰に出来ないような汚れ仕事を専門に扱う『第〇室』に入隊した。
そして、俺も瑠衣も早くも高二になり、かなり実戦経験が身に付いていた────
「瑠衣、目標の潜伏場所までもう少しだ」
「了解!」
俺は左耳に付けた無線機越しに、瑠衣に報告する。
今日の仕事内容は、『断罪協会』という組織のメンバーがオウカに潜伏しているという情報を受け、それを殲滅──要は暗殺することだ。
断罪協会とは、異能者という存在が現れ始めてから出来たとされる組織で────
“特殊能力を与えられし我等こそ、神に選ばれし人類。無能力者は排除すべし。また、無能力者に与する異能者は洗脳されているため、死をもって救済すべし”
────という下衆なスローガンを掲げ、その思想に賛同する異能者達で構成されている。その規模は世界規模で、各地にその信徒が存在している。
しばらく駆けると、目的地まで辿り着く。
今では使われていない倉庫。外壁はコンクリート製で、所々にヒビが入っていて、そこそこの年期を感じさせる。
そんな倉庫の入り口と思われる扉からは、内部の明かりが微かに漏れ出ている。使われていないはずの倉庫で明かりがあるということは、ここが目標の潜伏場所でまず間違いないだろう。
俺と瑠衣は、息を潜めて扉の両端から中を覗き込む。すると、三人の男と二人の女が何かを話している様子が窺える。
俺は瑠衣に視線を向け、無言で頷く。異能の相性の良さから、これまでペアを組み続けてきた瑠衣は、俺の頷きを見ただけで「突入するぞ?」という確認であると理解する。
瑠衣が「了解」という意味を込めて頷き返してくるので、俺は片手で指を三本立て、一定のリズムで指を一本ずつ折っていく。スリーカウントで突入するためだ。
最後の指を折った瞬間、俺と瑠衣は一気に扉を開けて突入する。
突然の出来事に驚愕して慌てふためいている断罪協会の信徒五人。
俺は透かさず【身体能力強化】を使い、その名の通り、人間の身体能力の限界を超える。
強化された脚で地面を強く蹴り出し、一気に一人の男性信徒との距離を詰める。
「ふっ──」
そして鋭く踏み込み、軽捷に放った左ジャブが信徒の顔面を叩き、刹那に続く右ストレートを胴体に叩き込む。
強化された身体から繰り出される打撃は強力で、男性信徒は俺が加えた運動量の方向に忠実に吹っ飛び、壁に勢いよく激突。頭部を強打し死亡。
その一連の間に、少し離れたところで瑠衣が別の信徒を一人、【風力使い】の能力で生み出した鋭利な風の刃で倒していた。
残りは男二人、女一人。
流石に対処しないとマズイと思ったのか、信徒三人も特殊能力を使う。
一人の男が電撃を、もう一人の男が炎を生み出し、俺に向けて放ってくる。
しかし、【時空神の眼】を持つ俺は、自分を中心とする一定効果領域内の僅か先の未来を容易に視認することが出来る。
俺は難なく二人の信徒の攻撃の射線から身を逸らして、近付く。
「はぁッ!」
前方の男に右ストレート。顔面の中心にめり込み、命を刈り取った手応えを覚える。続けざまに左脚での回転蹴りを隣の男に叩き込む。
威力が少し強すぎたのか、男の即頭部に直撃した俺の左脚は、振り抜かれる。今までそこにあった男の首から上は……まあ、仕方がない。
「瑠衣、終わったか?」
俺は瑠衣が戦っていた方に顔を向ける。すると、飛び散った血が壁に張り付いている近くで、瑠衣が俺に視線を向ける。
「うん、何とかね」
(何とか? 嘘付け)
俺は心の中で、汗一つかいていない瑠衣に突っ込みながら、取り敢えず親指を立てた右拳をグッと付き出す。
「それじゃ、帰ろっか?」
「死体処理は……別部隊か。了解、帰って室長に報告しなきゃなぁ……」
俺は少し憂鬱な気分になる。正直室長とはあまり仲が良くない。
そんなこんなで、仕事を終えた俺と瑠衣は倉庫から出る。
すると────
ブシャ──ッ!!
「は……?」
俺の前を歩いて倉庫から出た瑠衣の胸部から、突如鮮血が噴き出す。
「うっ……!?」
瑠衣は身体から力が抜けたようにその場に崩れ落ちる。
俺はその光景に一瞬唖然としたが、何とか飛んでいた意識を戻し、瑠衣の身体を抱き起こす。
【身体能力強化】を使って猛然と走り、入り組んだ細い路地に入る。
正直冷静さなど今の俺には全くないが、瑠衣の胸を撃ち抜いたのは遠距離からの狙撃によるものだと本能的に悟り、射線の切れるこの場所に来た。
俺の【時空神の眼】は、先程の戦闘時のように普通に使えば、自分付近の僅か未来を視認することが出来る。しかし、それだけしか出来ない。
瑠衣の【能力増幅】と組み合わせれば、能力名に相応しく、ある程度の範囲の過去や未来を距離関係なく見ることが出来る。
しかし、仕事が終わった後にそんなことをする必要性はなく……
(いや、するべきだった。最後まで気を抜かず、細心の注意を払っておくべきだったッ!)
「瑠衣、瑠衣ッ!」
俺は座り込み、自分の膝の上に瑠衣の上体を仰向けに乗せ、今もなお血が漏れ続ける胸部を手でしっかりと押さえる。
「ミナト……君……」
相当な激痛があるだろうに、それを感じさせることないように微笑みを浮かべる瑠衣。
「まったくエッチだなぁ……ミナト君は……どさくさに紛れて、そんなに強く胸を……」
「馬鹿、んなこと言ってる場合かッ! 自分でも押さえろッ!」
俺はそう言いながら、瑠衣の左手を、俺が瑠衣の傷口を押さえている手の上に重ねさせる。
「なに、泣いてるのよ……」
瑠衣が俺の顔を見ながら言う。
俺は自分が泣いていることに気が付かなかったが、確かに目元から涙が落ちている。
瑠衣は左手をゆっくり持ち上げ、俺の頬に手を伸ばす。そして、親指で俺の目元を掬い、涙を拭く。代わりに俺の頬には瑠衣の血が付くが、気にはしない。
「俺がもっと注意していれば……ッ!」
俺は強く歯を噛み締めながら後悔する。
「自分を責めないで……?」
「でも、でもッ!?」
「ね……?」
瑠衣本人も、致命傷であることは理解しているはず。それなのに、なぜそんな風に笑ってられるのか、全くわからない。
「あ……ミナト君、雪……」
瑠衣は視線を夜空に向ける。そこからは、しんしんと純白の雪が舞い降りてきていた。
「綺麗……」
俺も瑠衣と一緒に夜空を見上げる。雲間から覗いた月光が、降ってくる雪を照らし輝かせ、俺と瑠衣がいる場所にも気持ちばかりの光を灯す。
「ああ、綺麗だっ……」
涙ながらに俺も同感する。しかし、俺自身、雪が綺麗と言っているのか、月光に照らされて美しく輝く銀髪を持つ瑠衣に向けて言っているのかわからない。
「……」
「瑠衣? 瑠衣ッ!?」
「な、に……?」
瞳を閉じた瑠衣。しかし、柔らかな笑みは崩さない。
「止めろ……逝くなッ! 頼むからッ!?」
俺は浮かんだ願いを叫ぶ。何度も、何度も。誰もいない細い路地に、俺の声が虚しく吸収される。
「ねえ、ミナト……君?」
「ああ、ミナトだ! ここにいるッ!」
「私ね……夢があったんだ……」
(なぜ過去形なんだ……? これから、叶えれば良いじゃないかッ!?)
瑠衣は、最後の力を振り絞って目蓋を開ける。満天の星空のようにキラキラとした紺色の瞳が俺を見詰める。
「実は、ね……」
「叶えよう、俺も……手伝うからさっ……」
「ほんと……?」
「ああ、ああ! 手伝う、手伝うからさッ!」
とにかく助かって欲しいと、この科学技術の最先端を行く学園都市オウカに見合わず神頼みしながら、答える。
「そっか……なら、夢は叶いそうだね……」
「夢、夢は……?」
俺は瑠衣に尋ねる。すると、瑠衣は最後に悪戯っぽく笑って────
「ひみつ……かな……?」
「──ッ!?」
最後まで俺の頬に手を当てていた瑠衣の左手が、重力にしたがって落ちる。その瞳は最後俺の姿を映して閉じられた。
「……」
俺は何も喋らない。いや、胸が万力のようなものに締め付けられているように、息すら忘れた。
ただ、自分の腕の中で動かなくなった瑠衣を見詰める。
そして────
「あぁあああああああああああ──ッ!?!?」
何の感情から来る絶叫か。
そして、俺の周囲を風が包み込んだ────
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