きけないMD
カシャン、と響いたかわいた音。
拾いあげてみればそれは、小さなケース。
……なんだったっけ?
首をかしげて開けてみる。
テープよりは大きいけれど、フロッピーでもないし、MOでもないし……
……そこまで考えて、あたしはそこに書かれている文字に気づき、その正体に気づいた。
ラベルには独特の癖字で、録ったアルバムのタイトル。
大掃除の最中発見したのは、MDのカセットだった。
いつからか、どこかにやってしまって、なくし場所が思い出せなかったもの。
だけど今のあたしはそれを見ても、喜ぶことも懐かしむこともできない。
むしろ投げて壊したいところだったけれど、カセットに罪はないのでやめておく。
あたしの家にはMDを聴けるオーディオはない。
昔買ったCDミニコンポがあるだけで。でもそれはCDとカセットしか聴けない。
べつにお金がないわけじゃない。
けど、MDを買う必要を感じなかったし、CDも動くからいいやと思っていた。
勿論彼もそれを知っていて、でもあえてこれをくれた。
「……CDかしてくれたのに、なんで?」
「CDからテープに落とすんじゃ、音質が悪いだろ?」
音にこだわる彼らしい科白に、あたしはちょっと笑う。
あたしも悪いよりいいほうが、という思うタイプだけど、そこまでこだわらない。
彼は高機能を買うタイプなら、私は安いので我慢するほうだ。
「でも、MD聴けないよ? 私」
それは彼も知っているはずのこと。
私の家にきたことだってあるのだから。
視線をむければうん、とうなずく。……忘れていたとかそういうのではないらしい。
「でも、いつか買うかもしれないだろ?
俺のとこ、MDカセットは余ってたし」
……まあ、たしかに、長い目で見ればそのうちあのコンポも壊れるだろう。
そうなった時に買いかえれば、そこにはおそらくMDのデッキもあるに違いない。
「んーまあそれほどかさばるものでもないから、もらっておくね。ありがと」
納得したようなしないような気分で、だけど気遣ってくれたのは本当だから、そう言う。
バッグの中に入れていると、彼はこんなふうに呟いた。
「それにほら、俺の家にくればいつでも聴けるし。
来る時に持ってくればいいだろ?」
な? と言う彼に、あたしはちょっと意地悪な目をむける。
そして瞬間思ったことを、冷静につっこんだ。
「でもそっちの家に行けば、CDがあるじゃない。
MDで聴く必要なんてないよ?」
しばらくの沈黙。
「……あ、そうか」
まるきり失念していたらしい様子に、あたしはこらえきれずに爆笑してしまう。
彼は少しむくれた顔をしていたけれど、自分が間抜けだったと自覚はあったらしい。
そのうち一緒になって笑いだした。
どちらともなく視線を合わせて、くすくすといつまでも笑っていた。
そしてとにかくそのMDは、あたしの家にやってきたわけで。
いまだに一度も聴いたことのないMD。
だけど今のあたしに、それを聴く勇気はない。
だって、彼はもういないのだから。
いつか一緒に暮らすことになったら、とか、そんな夢を託していたMD。
だけど現実は……ハッピーエンドにはなってくれなくて。
まだ傷は浅く、少しふれれば血があふれてくるくらい。
MDを持つ手が微かに震えているのが、自分でもわかった。
でもいつか、思い出になって、好きだったひとだと、言えるくらいになったら。
長い時間の中で昇華できたら。
そのころには買っているだろうMDデッキに入れて、この曲を聴こう。
きっと懐かしい気持ちで穏やかに耳を澄ますことができるから。
……その時は傍らに、大事なひとがいても、少し席をはずしてもらって。
そこまで考えて、あたしはMDをそっと引きだしの中に入れた。
鍵は特についていないけれど、大切なものばかりを入れている、一番上の引きだし。
他から見ればとるにたりないものだったり、ありふれたものでも、あたしにとっては宝もの。
引きだしを丁寧に閉めると、あたしは側に置きっぱなしにしていた雑巾を手に持った。
とりあえず今は掃除をしなくちゃ。
……あたしは今、ここに生きているのだから。
大昔に書いた短編です、特に修正は入れていません。
救いもないけど、暗いだけでもないつもり……だったはずです。