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第31話



 雨は上がり、風が雲を吹き消す。透明な紺の空が頭上に現れた。丸い月が、森を、カイリさんを照らし出す。


そこには生真面目な、自信のない青年などいない。月を背にした鬼。凛とした風貌の鬼族の皇子は瑞然とこちらへ向かってくる。二本のツノが、牙のように頭から生えていた。わたしがロウル王子から逃れたのを見た彼は、地面を蹴って猛然と精霊族の王子へと向かう。背中の羽をばたつかせて、ロウルは間髪飛び退いた。濡れた羽から滴がぼとぼと落ちる。彼は腹立たしげに羽を揺すった。


「王女に非礼を詫びろ」


振り向きながらカイリさんは唸る。


「ざんねん、僕も王子だから、立場は同等。謝る必要なんてない。あ、リエルは元、王女だった。ゴミ同然の子に謝罪なんていらない」


もう一度カイリさんはロウルへと飛びついた。組み合った二人はもんどりうって地面へと叩きつけられる。そのままロウルを組み敷いた。金髪を掴むと乱暴に引きずり起こして、片手で何度も拳を腹に叩き込む。ごっ、ごんという明らかに異様な音が緑の森のなかに響いた。


「カ、イリ、さんっ!死んじゃいます、やめて!」

息も絶え絶えに、ロウルは口を開く。

「ほ、らっ。やめなよ。お前のプリンセスが泣くぞ?汚らわしい鬼が。彼女はここで、命を断つか、精霊界で俺の妃になるかしか選択肢はない」

「お前たちの世界の風習などどうでもいい。彼女はもう人間界にいるんだ。二度と関わるな」


彼は殴るのをやめる代わりに、泥だらけになったマントを脱ぎ捨てた。そして、あのブローチピンを手のひらにのせ、息を吹きかける。紫の光に包まれたそれは、短剣へと姿を変えた。

ロウルを片手で押さえつけ、短剣をかざす。ちらりとわたしを見て、低い声で言った。


「貴方を殺そうとしているんだ。この男は。そして貴方を侮辱した」

「カイリさんが、そんなことする必要ないですっ!ダメです!わたしが、わたしが、っ」


死ねばいい。掟通り。何千年もそうしてきたように。


「だめだ」


わたしを見透かしたように、彼は静かに続ける。


「俺たちは、貴方の店で、これからも一緒に仕事をする。一緒に、生きていく」


こんな時なのに、涙が出そうになる。わたしは歯を食いしばった。そんなの、わたしだって、そうしたい。けれど。


「だめだめ、お前、リエルの立場分かってるの?逃げ場がないんだ。お前が僕を殺したりなんかしたら、精霊界と妖界が恐ろしいことになるよ」


苦しそうな表情をしながらも、ロウルにはどこか余裕がある。そう思った時、後ろから再び羽交い締めにされた。どさどさと、すごい勢いで何人にも頭を押さえつけられる。小さな石が頬にめり込んでじわじわと痛みが広がる。地面からさらに数人の男たちが走ってくる荒い足音が響いた。


「こら、乱暴に扱うな。生きたまま首を切らなきゃいけないんだぞ」


ロウルは不機嫌に怒鳴りつけた。「はっ申し訳ありませんっ」と応じながら、身体を押さえつける何本もの手が緩んでいく。両手を前で掴まれて、わたしがよろよろ立ち上がったのを確認して、彼は満足げに言った。


「さぁ、今度は僕の番。抵抗したら彼女は酷い目に遭うよ」


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