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第30話



「僕たち、親が親友だったんだよ?知ってる?だからね、君が生まれたとき、僕も君を抱っこさせられたんだ。ちびで変な顔の赤ちゃんの君。亜麻色の髪が一緒だからってさ。兄妹みたいだぞって父上たち二人で盛り上がっちゃって。馬鹿みたいに」


周りの奴らもあの時ばかりは楽しそうだったけどね、と彼は冷たい目で遠くをながめる。


「あなたの、名前は?」


ぎりぎりとした痛みから逃れたい一心で、話を続ける。もちろん、わたしにはそんな記憶はない。彼はふん、と鼻を鳴らした。


「名前?そんなの知ってどうするの?君、殺されるんだからあまりそういうの考えないほうがいいよ。いまだってもう、どうしようもないことばかりでしょ?」

「わたしを殺そうとしてるのがどこの誰かくらい知っておきたいでしょう?貴方は私を知っているのに」

「ロウル。第五王子」


吐き捨てるように言って、男はまた雨空に目を戻す。遅いな、全く。濡れた髪をかきあげながらいらいらとした様子で見上げている。空では、厚い雲は少しずつだが後退を始めていた。


木の幹に背中を貼り付けながら、わたしは縄を解けないかともぞもぞ手首を動かしていた。見るからに小綺麗な格好のロウルは、本当に王子然としていて剣と馬以外の扱いには慣れていなさそうだった。手が、その顔と同じようにするりと綺麗だもの。こういう縄とか触るの嫌いそうだ、この人。カイリさんみたいに火傷や、切り傷の跡の残る仕事人の手ではない。カイリさんだって、短期間のうちにどんどんと職人の手つきになっていったのだ。


カイリさん。きっと待ってる。どうしよう。


「ロウル王子。さっき申し上げた通り、ここに送ってくださったのは貴方の父上です。あのときのお優しいお心遣いにわたしはなにもお返しできないけれど、人間界での生を全うすることがなによりも感謝の証になると信じています。もしもあの方の命でわたしを殺そうとするなら、理由を教えて?」


なるべく丁寧に、彼の真意を探ろうとした。


「君、馬鹿なの?父上が君を殺そうとするはずないでしょ?精霊界の掟を破ったのも同然で君をここに送ったのにさ」


すこし白くなり始めた空を背景に、ロウルがまたこちらに近づいてくる。後ずさろうと足を横に動かしたら、膝でぐいっと押しつけられた。

片腕を掴まれ、顔の横にもう片方の腕がのびてくる。逃げ場をなくしたわたしに、王子は微笑んだ。


「君が精霊界に帰っても、帰らなくても、どっちでもいいんだよ。君に力なんてないんだから。何度も言わせないで。王族全員殺す意味は、要は子供を産まないように、でしょ」


彼はわたしの腕を掴みながら、片方の手で、額にかかる前髪をすうっとはらう。ひやりとした指の感触に、ぞくりと這い上がる悪寒。わたしは顔を思いっきり背けた。濡れた髪が彼の薔薇色の頬を打つ。


ち、と舌打ちをして、彼はわたしの頬を手の甲でぴしゃりと引っ叩いた。


「おあいこ、だね?リエル」


さして怒った風でもないのに彼はきっちり仕返しをしてきて、わたしは無性に腹が立ってきた。足首で彼の膝を思いっきり蹴る。


「離して、離してよ!」

「やだね。もうちょっとおとなしい子かと思ったんだけどな、手荒なことはしないですっぱりやりたいのに」

「貴方のお父様は、もう剣に血を吸わせたくないっておっしゃってた!戦争はもう終わったのよ!私たちが負けた。だから、もう誰も殺し合わないはずでしょ?」

「君が残ってる。君の子が、復讐心を持たないとは言えない」

「そんなことしない!わたしには子どもなんて、いない」


彼は乱暴にわたしを突き飛ばした。後ろにどさっと尻もちをついてしまう。幸運にもその拍子に縄がばらりと緩まったが、そのまま腕を繋がれているふりをし続けることにした。


「今はね。けど、そんなのわからないだろう?だからこそ、王族は根絶やしにしなければ。もう、きみにはナイトがいるんだしね」

「なんのこと?そんなの、」

「いないって言うの?あの彼もかわいそうにねぇ」


雨はすでに弱まり、霧雨になっている。灰色に煙る森のなかで、ロウルはわたしの肩を抱き抱えるようにして立たせる。ビロードの囁き声でわたしの喉元を撫で上げた。


「そうだ。いいこと思いついたよ。僕の妃になればいい。僕との子どもなら、万が一にも復讐なんて思いつかない。もちろん、君さえよければ、だけど。僕だって君の首を持ち帰るのはすこし面倒なんだよ。父上に怒られそうだしね。でも兄さんたちと決めたんだよ。この際きっちり仕留めとこうって」

「……貴方、本当にあの緑の王の血を引いてるの?とても精霊王の子とは思えない。貴方たちなんかに、わたしの家族は……っ」

「そう、殺された。でもね、僕の家族も殺されてるよ。お互いさま。けど、君は死にたくないんだろう?ならちょうどいい。愛し合うようになったのなら、緑の種族は君を受け入れるさ」


顎をつかまれる。無理やり上をむかされて、彼に瞳を覗きこまれた。


「綺麗な青い瞳の子供が生まれそうだね。蕩けるように毎日愛してあげる。妙な気を起こさないように。ね、リエル。緑の種族の女には、ちょっと飽きてきたところなんだ」

「それ以上、その汚い口で彼女の名を呼ぶな」


ロウルがぐるんと振り向いた。同じタイミングで、わたしは縄を落とし飛び退いて彼から逃れる。


煙る雨のなか、堂々とした足取りでこちらに向かってくるのは、いつものマントを羽織ったカイリさんだった。

ただしその瞳は紫を通り越し真朱に燃え、唇はぐいっと厳しく引き結ばれている。


「彼女の尊厳を傷つけるなら、俺の命をかけて、お前の存在を消し去ってやろう」







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