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第25話



 ぱちりと目を開ける。外では小鳥が能天気に唄を歌っていた。窓の隙間から差し込む爽やかな光に急かされるように、しかたなくベッドから這い出した。


城や、森にあった優美なラインのドレッサーとは程遠い、簡素な作りの鏡台の前に腰掛けて、洗いたての顔を映す。初めの頃の生白い肌と比べると、最近はずいぶん血色が良くなった気がする。わたしは傍らのブラシを手に取り、亜麻色の髪をとかしはじめた。と、そこまでで朝の習慣は途切れてしまった。だって。だって。


露わになったおでこに、まだ、カイリさんの唇の感触があるんだもの。そっと、頭を抱き寄せられた大きな手のひらも。考えれば考えるほどどきどきして、恥ずかしさで逃げ出したくなる。

鏡の向こうから、ねえさまの言葉がいくつも聞こえてきそうだ。


お礼を言えたのも、自分がなぜ人間界に来たのかも話せてよかった。けど、それとはまったく別の、ふわふわした気持ちがどんどん大きくなる。それをもてあましつつ、ブラシを握り直した。


✳︎✳︎




「おはようございます、カイリさん」

「おはよう、店長」


厨房に入っていくカイリさんは、びっくりするほど普通だ。私はあれから、普段どおりにできるようたくさん頭のなかで練習したのに。彼を目の前にするとほんとうは火が出るほど恥ずかしいし、気持ちがむずむずしてしまう。


ちょっとだけ物足りない気持ちで、朝の開店準備を始めた。


「カイリさん、あの、今日はお世話になっている管理組合の方と、酒場のおじさんにお礼のご挨拶をしてこようと思うのですが」


厨房で忙しくしている彼を邪魔しないように、そっと顔を覗かせる。生地と格闘している彼の背中は力強くリズミカルに揺れて、いつもは見ていてとても楽しい。けれど今日は、袖まくりして顕になった肘にすら心臓が音を立てる。そっと深呼吸して、わたしはもう一度彼に声をかけた。


「カイリさん」

「っ!な、なんだ?」


振り向いた彼に、出かけることを告げるとしどろもどろに返事をするだけで、見ればいままでいちばん耳や首すじが赤い。きっとわたしはそれ以上に赤いはずなので、なんだかいたたまれない心地になってしまう。


「ご挨拶に、いってきますね。少しだけ、今日はお昼の時間が遅くなるかもしれません」

「ああ、前から行こうと言っていた件だな。わかった」


お互いあまり目を合わせられないまま、開店の時間を迎えた。






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