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第14話 街にて




「よし、じゃあ次はここだ」

「はい。頑張りましょう!」


午前中の冷たい風が街のなかを流れる。日射しは弱々しく、かろうじて薄青い空を見せてくれているが午後からは雨になるだろう。その前に、本日の課題をすませてしまわないと。


葡萄とお酒の瓶の絵が大きく描かれた看板を見上げて、二人で顔を見合わせる。小さく頷き合って、ドアを勢いよく開けた。


「こここんにちは!」

「失礼する」


昼間なのに薄暗いお店のなかでぎょっとしたように男性が振りかえる。


「我々はこの先にある店のものだが、店主はおられるか?」


前掛けをして箒を持った人がこちらに向かって大声をあげた。


「何だよでかい声出すなよ!びっくりするだろうが!何の用だ若いの?店はまだやってないよ!夕方に来な」

「はじめまして!同じ通りにあるパン屋から来ました!」


ぺこりと頭を下げて、店主らしきその人にチラシを掲げる。前の二つのお店では断られてしまったので、すこし手が震えてしまう。わたしはぎゅっとお腹に力を入れて話を始めた。


「お店を始めたので、この宣伝用紙を置いていただけたらと思いまして、お願いにきました」

「新しい店?そんなのあったか?」


箒を横に置き、こちらにつかつかと歩いてくる。両耳の横だけ黒々とした髪が残っている他は綺麗につるりとした頭の中年の店主は、眉をしかめながら私たちの前に立った。私の後ろに立つ背の高いカイリさんにちらりと目をくれてから、用紙を受け取る。


「パン屋、ねえ。この辺は店の入れ替わりが多いから覚えきれんな」


おじさんは興味なさそうに宣伝文を読む。一応カイリさんと二人でいろいろ考えながら書いたものなのだけど、彼の目を引くようなものではないらしい。だが、下の部分まで目を走らせると、おじさんの目の色が変わった。


「ん…あれ?ここって…」


注意深く地図を見ながら私たちに尋ねてくる。


「このパン屋、マルコット爺さんの店じゃねぇか?」

「あの、ええと…、」

「あんた、爺さんの孫娘がなんかか?それにしちゃ見たことねえ顔だ。だいいち、そんな青い眼、見たことねえ…」


おじさんは私の顔を覗き込もうと腰をかがめる。と、後ろにいたカイリさんが一歩前に出てきた。


「その御仁の孫ではないが、このひとは縁あってあの店を譲り受けた。なのでその、マルコット爺さんについては知らないのだ。申し訳ない」

「あ、ああ。そうなのかい。残念だな。あのじいさんとは何十年も飲み仲間だったんだけどなぁ。うちの店も贔屓にしてくれてて」


彼は突然現れた私たちに記憶を刺激されたらしい。懐かしそうに話し始めてしまった。カイリさんに目を向けると、彼はしかたなさそうに肩を竦めている。


「去年だったか、隠居するって言い出して店をたたむ算段してたんだ。誰も継いでくれねえからって。隠居して田舎に引っ込むのかいって聞いたら、いーや、もっともっと良いところだって楽しみにしてたよ」


「そ、そうなんですね…!良いところに行けたのなら、長年のお勤めのお疲れも取れるでしょうし、よかったですね」

「ところが、それがさ、隠居先が精霊界だっていうんだよねえ!こっちはそれはもう驚いたのなんのって」


ぴくりと肩が揺れたのが自分でもわかった。だが彼は構わず話を続ける。


「精霊族のお偉いさんと古い知り合いだとか言ってさ。けど、よく行く気になったもんだよ。生きて帰れるかわかりゃしないのに。魔法とかで溢れてるんだろ?あっちは」


精霊界、妖界、人間界、お互いに存在は確認しているが、公的には種族間の交流はないことになっている。その分いろいろな憶測が飛び交う。精霊界は特に怖がられてもいるようだった。私たちを人間だと疑わずに無邪気に話している店主に、なんとか話を合わせなければと思うのだけれど、どうしてだろう、うまく言葉が出ない。何度も口を開いては閉じてしまう。兄様たちのことを思い出して、次第に背中から寒気が襲ってきた。





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