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第13話



『本日の売り上げ 小パン 2 バゲット 1 来客 2』


レジカウンター上の業務日誌に数字を記入して、ペンを置いた。店内を見回す。厨房で掃除をしているカイリさんに聞こえないように、小さくため息をこぼした。


一週間ぶりにお店を再開してから三日、ずっとこんな調子だ。初日はそれでも、誰かが買ってくれたことが嬉しかった。でも顔が引きつって笑顔ができてなかったかもしれない。愛想がよくないと思われたに違いない。丁寧に頭をさげることでしか感謝を伝えられないのはもどかしかった。


「リエル、あ、いや、店長。掃除が終わった。残った食材はどうする?」


白い制服を着たカイリさんが、手を拭きながら店内に入ってきた。隅々まで水洗いしてくれたのか、ひじから先が真っ赤になっている。こちらに来る時、商品棚に目を走らせたのがわかって、本当に申し訳ない気持ちになってしまう。


「お掃除ありがとうございます。こちらももうすぐ閉めて掃除しますから、カイリさんはもう帰っていただいて大丈夫ですよ。食材は廃棄しておきます。今日もお疲れ様でした」


銀貨を小袋に入れて彼に差し出した。当面は毎日お給料を渡すことで彼に了解してもらったのだ。それでも、手渡す時に躊躇いを見せてカイリさんは気遣わしげに尋ねてきた。


「なにか、不安なことでもあるのか?すこし疲れているように見える。それに、売れないのは俺の責任でもあるから、やはり受け取るのは気がひけるんだが」

「え?いえ、全く問題ありません。それより、今日もあまりお客さんが来ませんでした。せっかく毎日美味しいパンを焼いてくれているのに、本当に申し訳ありません」


深く深く頭をさげる。今まで半分閉まっていたようなお店だとはいえ、何もかも未経験の世間知らずの娘には経営など恐れ多いことだったのかもしれない。彼を巻き込んでしまったという今さらな罪悪感がトゲとなって背中をチクチクと刺してくる。二階の金庫に準備されていた資金はまだ余裕があるけれど、わたしは自分たちでお店のパンをたくさん売りたいのだ。きっと、カイリさんも同じ気持ちだと思う。


「その点は本当に気にしないでくれ。まだ店を始めたばかりだ。地道にやっていけば必ず実を結ぶと思う」

「そうだといいのですが…」


手元にある業務まにゅあるをパラパラとめくる。うまくいくようなヒントが載ってればいいんだけど。


「リエ…。店長。話は変わるが、兄から聞いた話なんだが、精霊界で」

「あっ!カイリさん!これは、これはどうでしょうか?宣伝方法って書いてあります。えーと、読んでみますね?」


なにか言いかけていた彼は、私の勢いに驚いたのか口をつぐんでしまった。


「いま、なにかお話されてましたか?精霊界が、って」

「いや、大したことじゃない。それより君の話を聞かせてくれ」


カウンター越しに彼もノートを覗き込む。


「ええと、『チラシを置くのも効果的。または祭りの時期なら出店をやること。笑顔をわすれずに!』だそうです…」

「チラシか。いわゆる広告のことだな。積極的に宣伝をしろということか」

「宣伝なんて、全く考えつきませんでした。ご近所のお店にご挨拶もしていません…」


まだまだやることはあるのですね、恥ずかしいです、と項垂れた私に、カイリさんは穏やかに答える。


「今からすれば良い。俺だって同じだ。商売とはむずかしいな」

 

難しい、と言っているのにその響きに嫌なところはなく、むしろ楽しそうな感じが伝わって来て少し驚いた。


「俺の宿にもいろいろな店の宣伝が貼ってある。ああいうのを参考にしてもいいかもしれないな。そういえば、その中にここの求人募集もあったんだ」

「そうなんですか。それでカイリさんはここに来られたんですね。なんだか不思議です。とても前のことみたい。まだすこししか経っていないのに」

「ああ、あの張り紙を見つけて、本当によかったと思っているよ」


いつもよりすこし低い声のトーンに、ふと目を上げる。私たちはカウンターを挟んでいつのまにか、額が触れるほどの距離でページを覗き込んでいたのだ。

目と目がかちりと合う。

カイリさんの紫の瞳は相変わらず綺麗で、真摯だ。

けど、近い。


きゅ、とわけのわからない音が心臓から響いてきて、思わず瞳を逸らしてしまった。


「あ、あの!これ、やってみましょう、カイリさん!チラシを作りましょう!」

「あ!ああ!そうだなそうしよう!」


数日ぶりに、カイリさんは真っ赤な耳を見せながら何度も頷いた。もしかしたら私の耳も赤いのかもしれない。だってほっぺたが、すごく熱い。






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