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プロローグ1 精霊界




 ここは精霊界。先日百年に一度あるかないかの種族大戦争が終わったばかりです。世界は荒れはて、花は枯れ、大地が息をしなくなりました。長い長いこの争いに終止符を打ったのは、美しき緑の精霊族の王でした。傷つき、命を落とした幾多の精霊たちは、彼と彼の種族にこの世界の癒しを委ねて、永遠の眠りにつきました。


ところで、精霊界には大小さまざまな種族で成り立っています。どんなに小さな一族でも、必ず王、または女王を冠しているのです。今回の争いでは、その王や女王もたくさん命をおとしました。緑の種族と最も激しく争った青の精霊族は、王家のほとんどを失ったのです。残ったのはたったひとり、末の王女、リエルだけでした。彼女は戦争が終わるまで深い深い眠りの森の中でひっそりと匿われていたのです。兄王子や姉の王女たちの手で、彼女は戦の凄惨さも、憎しみからも守られましたが、戦争が終わると、たった一人になってしまいました。


ある日、この深い深い眠りの森に一人の人物がやってきました。濃緑のマントに身を包み、金の腕輪をつけています。精霊王の象徴である金の腕輪をつけた年配の男性は、リエルを探して森のなかを歩きまわりました。ここではどんな精霊の力も閉じ込められてしまうのです。


「やっっっと、見つけたよ」


彼は息を切らして、両膝に手を当てています。木々が途切れた先の湖のそばに、リエルはぽつんと座っていました。緑の王は言います。


「リエル。久しぶりだね。君はわたしを覚えていないかもしれないが、わたしは君が生まれた日に、君を抱っこしたんだよ」


リエルは不思議そうに彼を見て、また湖面を見つめます。


「そうですか」

「とても元気に、よく泣く赤ちゃんだったんだ。君は」

「そうですか」


「リエル」


王は悲しげに彼女の頭に手を乗せます。

「私は、この世界を癒さなければならない。我々は何千年もこうして争っては癒し、栄えては争い、繰り返しているんだ。だから」


青の王族である君の命は、絶やさなければならないんだよ。王の、役目なんだ。


「そうですか」


理知的な瞳に悲しみをたたえ、緑の王は腰から剣を抜きます。何千ものいのちを吸った長剣は木漏れ日にキラキラとその鋭い刃を煌めかせます。王は、赤ちゃんのリエルが、自分の友でもあった青の父王に抱かれて、くつくつと可愛らしく笑ったことを思い出しました。いまの彼女のかおには、何もありません。笑いも、楽しさも、愛も。あるのはさみしさだけです。彼女の父、青の王の死際の言葉が脳裏に浮かびます。リエルを。頼む。


「…リエル。君はもう精霊世界では生きられない。だが、人間界ならこの世界の理も届かない。ここよりはるかに混沌としたところだが、どうだね。人間界に行ってみるかい?」

「仰せのままに」


王の言葉の意味をわかったのかどうか、彼女のひらべったい声からは何も伝わりません。

王はもう一度、尋ねます。


「リエル。笑いたいかい?」

「……」


覗き込んだ瞳には、なんの色も見つけられません。王はそっと、ため息をつきました。


「わかりません」


彼女は湖面のほうを向いたまま、ぽそりと言いました。長いブロンドの髪が、さわわと揺れます。王には、彼女がどうしようもないほどあわれに感じられました。


「では、確かめに行きなさい。ここでの君の生は終わった。これ以上、この剣に血を吸わせたくない」


こうして、ひとり生き残った王女は精霊の王によって人間界の片隅にそっと、送られたのでした。








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