鋼鉄の女
三人称視点に挑戦してみました。一時間企画でテーマは『ヤンキー』『鋼鉄』『しわくちゃに丸められた紙』です。
机に置いた紙をぐしゃりと握ってそのまま丸める。
「バカみたい」
そう言って溜息を吐いて、机に突っ伏した少女がいた。彼女は部屋で一人何かを書いていたようだ。机の周りには彼女が生産したと思われるしわくちゃに丸められた紙が散乱していた。
「そもそもキャラじゃないのよ」
彼女は鏡に映る自分を見てそう口にした。鏡の中にはセミロングくらいの髪をポニーテイルにしてまとめている目つきの鋭い少女がこちらを睨んでいた。
「こんなアタシじゃあね」
最後に言い訳のようにそう口にして、散乱した紙を捨てて部屋から出た。
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星駿高校には有名な人が数人いる。学園のアイドルと名高い元気で可愛い少女に、冷淡ながらも本質は優しい王子と噂される男子。星駿高校のみならず近辺の学生の情報を多く握っている通称、情報屋の男子。何が起こっても動じない大人びた優しさと包容力のお母さんと呼ばれる学生など、種類も毛色もさまざまである。
さて、そんな中でも名高い名前がある。正確には悪名だが、その生徒の名は鉄川波見。長い黒髪を後ろでまとめた三白眼の女生徒だ。彼女はある女生徒のグループ一つを壊滅させ、別の機会には男子生徒を吊るしあげ、ある男子を手下にしていると噂の大勢から恐れられている鋼鉄の女なのだ。
だが、そんな彼女も見境なく襲い掛かるわけでもない。むしろ何もない時にはしっかり授業に出席するという不思議な少女なのだ。
これはそんな星駿高校で起こったある小さなお話である。
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ある放課後、教室に残っている女生徒がいた。彼女は先ほど挙げたような注目を浴びるような生徒ではない。どちらかというと少し暗めのあまり人と話していることのないセミロングの髪の少女だった。
そんな彼女が人のいない教室に残ってまである物を書いていた。薄いピンクの便せんに赤くなりながらも必死になって書いていたものは言わずもがなラブレターである。
彼女には注目すべき派手な点も無ければ何も悪いところもなかった。だが運命は残酷であり、彼女に試練を気まぐれに降りかける。彼女はしいて言えば運が悪かったのだ。
必死に書くあまりに辺りに不注意になっていたからか、彼女は放課後の教室に訪れる騒がしいグループに気が付かなかった。
ガヤガヤと学園の中でも派手な女子のグループが教室に入ってきた。どうやらグループのリーダー格が忘れ物をしたらしい。
「ん? あの子何やってんの?」
「さあ、どーでもよくねー」
「えー、なんか面白そうだよ」
「……そうね、面白いものが見られそう。からかってやろー」
大勢の悪意に晒されて、彼女は初めて見られていることに気が付いた。慌てて便せんを隠そうとするが遅かった。彼女は派手な女子グループに囲まれて便せんを取り上げられてしまったのだ。
「や、やめてください。返して!」
彼女は必死に叫ぶが、あたりを囲む女子たちにはその声はスパイスにしかならないようで、さっと押さえつけてしまう。そしてリーダー格の女子が彼女の言葉を気にすることもなく便せんに書かれた分を読んでいく。
そうして途中まで読んだ彼女は馬鹿にしたような声でオドオドしている便せんの主に声をかける。
「身の程って知ってる?」
「なっ、なんでそんなことを」
「じゃあ聞いてみよっか? みんなー! こいつあの王子が好きみたいよー。身の程知らずってこういうことを言うんだね!」
リーダーの女子は大声で便せんの内容をばらした。そして周囲は彼女の味方だ。当然彼女に同調する。
「えー不釣り合いでしょ」
「そーそー」
「身の程知らずって実在したんだー」
「やっぱそう思う? そうだよねー。こんな子王子もお断りだよね」
心無い言葉が続きざまにラブレターを書いていた少女に注がれる。彼女は黙っていられなかったのか、最後の言葉にだけ噛みついた。
「……君は、あの人はそんなこと言いません!」
「は? 何様よ、あんた」
だが、その態度が彼女たちの癇に障ってしまった。彼女たちは笑いながらラブレターをぐしゃぐしゃに握りつぶしてしまった。私の、という悲痛なつぶやきがこぼれた。
「はい、ぐしゃぐしゃー」
「不釣り合いなんだから王子に迷惑をかける前にあきらめなさいよ!」
「そうよそうよ!」
もはやいじめと言ってもいいやり取りが止まったのは冷たくその空間に響いた一つの声がきっかけだった。
「何をしているのかしら」
鋼鉄の女と恐れられる鉄川波見が教室の出入り口に立っていた。
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見ていて気に要らない、そう言って鉄川は派手な女子グループを追い返してしまった。
「あなた、大丈夫かしら」
「あ、はい。ありがとうございます」
残ったのは最初からいた便せんガールと鉄川のみだ。鉄川は特に不機嫌そうなまま何も話さない。そんな彼女に便せんの回収を諦めた少女は教室を去ろうとする。それを鉄川が呼び止めた。
「な、なんですか」
「これ、あなたの思いなんでしょ。軽率に捨てていいものではないわ」
鉄川はそう言って床に落ちていた便せんを拾い上げた。しわくちゃに丸くなったそれを動揺しながらも受け止める。
「なんで」
「気まぐれよ。さっさと帰りなさい。あとこのことを人に喋らないようにね」
「は、はい! ありがとうございます!」
口止めのように最後に脅しをかけて鉄川は便せんの少女を立ち去らせた。教室には鉄川一人になった。
「自分とさっきの子を重ねるなんて。キャラじゃないわね」
鉄川はまだセミロングだった中学生のころ、ある少年に恋をしていた。だが、そのころには今日のようにふざけたいじめを吊るしあげており、すでに様々な人から恐れられていた。そんな印象をあのようなグループを追い払うのに利用していたアタシはラブレターなんて書くキャラじゃないと、結局渡せなかった。そんな過去がある。
彼女はまだ、心の中に捨てたはずのしわくちゃに丸まった紙を持っているのだ。同じようになってほしくなかったなんて、それこそアタシのエゴだ。そう思って誰もいない教室で一人鋼鉄の女はため息を吐くのだった。
彼女が心の中のしわくちゃの紙を広げて心のままに動く、そんな日が来て周囲の学園がまた騒がしくなるのだが……それはまた別のお話。
最後の方を書き直したい。
いらないと思うけど解説として一番最初の人は便せんガールではなく鉄川波見さんです。彼女の後悔とそれに対する動きが出来ていたら満足です。