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短編小説集

彼岸の狭間で

作者: 大西洋子


 参道の脇に、無数の彼岸花がその茎を伸ばし、その花を咲かせる準備をしている。


 写真を趣味をする者らにとって絶好の撮影場所なのだが、まだ、夜が開けきっていないのもあって、未だ静寂に包まれている。


 そんな参道を、山根はゆっくりと歩いていた。山根の視線の端に、時折陰が動いていたが、視線で追うことはしなかった。


 やがて山根は参道脇の公園へと足を踏み入れた。そこには、すでに参道の先の神社の神主と、公園を挟んで立つ寺の住職が、山根の到着を待っていた。


「山根さん、どうですか?」

「住職の手紙のとおり、迷える魂がこの参道に集まっている。それもかなりの数で、ただ迷っているだけではないようだ。

 どうも、この参道に厄介なモノが紛れ込んでいるようだ。おいらはそれを探ってみよう」

「その間、我々は我々が出来ることをすればよいのだな」

 山根は神主の言葉にうなずいた。


 神社から祈祷が、寺からお経がそれぞれ聞こえ出した。それと同時に、参道脇の彼岸花の茎が紅に、蕾が翠に、空が金色に、石畳が漆黒に転換した。


 参道が、日常から彼岸の狭間に移行した証だ。


 山根は閉じていた眼を、ゆっくりと開けた。金色の虹彩の真ん中に針のように細い黒。それは猫の眼そのものだった。


 山根は右の人差し指を立てながら、参道の入口にある鳥居へと歩き、公園へと引き返す。そんな山根の動きに合わせて、いくつもの陰が珍しいものをみるかのように、遠巻きについてくる。


 山根はついてきたその陰に近づき、一つ一つ声をかける。だが、声をかけた陰の言葉は、どれも文としては未熟で、理解するのが困難だった。


 と、その陰らが、怯えだした。

 山根は立ちあがり、陰らの視線を追った。


 そこには、山根よりも一回り大きく、ねっとりとした物体をまとったモノがいた。


「おい、お前。ここに集めた魂は、俺様の獲物だ。邪魔をする気か?」 

「参道の異変の元凶はお前か」

 山根は怯える陰を背後に身構えた。

 身構えると同時に、山根の上半身が猫と虎を足して二で割ったような様に変貌し、巨大な陰に向かって繰り出す。

 鋭く伸びた爪が、確実に巨大な陰をとらえていく。


「まて、取引をしよう。お前はヒトの魂を喰らうアヤカシだろう? どうだ、ここに集めた魂の半分お前にくれてやろう。

 お前も魂を喰わねば、存在できないのだろう? だから、見逃せ」


「断る。確かにオイラはヒトの魂を喰らうアヤカシだ。だか、オイラが喰らうのは、お前のようなモノと決めているのでな」


 巨大な陰は身体を震わせると、細長い陰に変貌し、参道の外へと退散しようとする。

「逃がしはしない」

 山根の腕が細長く変貌した陰を捕らえ、鋭い歯で頭に見える部分を噛み砕いた。

 吐き気のするような感覚が、と同時に相反する甘い感覚が明るい笑い声と共に山根の内に広がった。

 それは刈った陰の、ヒトであったときの本人すら忘れてしまった記憶。

 山根は捕らえた陰の、明るい笑い声に包まれていた日々の記憶のカケラに涙をこぼし、捕らえた陰を全て口の中に押し込み、人の姿に戻った。


 遠くからそれを見守っていた陰達が、山根の側に集まってきた。


「彷徨う幼き魂よ、恐い目に合わせてしまってすまなかったな。だが、オイラができることはここまでだ」

 山根の言葉を合図に、参道はいつもの情景に戻り、陰達は蝶に変わり飛び去っていく。


 だが、その中の一つが山根の側から離れようとはしない。


「……ああキミはアレがヒトであった時に、捕らわれた子だね。アレに隠されたキミの身体、キミを探している人達に見つけやすくしてあげることしかできないが、それでいいか?」


 蝶は山根の身体を一周し、参道の外に向かって飛び出した。


 参道は朝の光を受けて、彼岸花が次々と咲きだした。


 神社の祈祷と寺のお経の終わりを告げる音が、静寂の中に染み入る。

 

 

 


 


 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

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