呪恨
真夜中の峠を一台の車が走っていた。
カーナビゲーションの液晶には、最近売り出し中のアイドルグループ【doll's】の姿が写し出されていた。
運転をしている男は、doll'sのファンであり、曲に合わせて下手な歌を歌いながら峠のカーブを抜けた。
「ん? 何だあれ?」
先に見えるトンネルの入口、その中央に座り込んで俯いている髪の長い女が居た。
スピードを出していた男が慌てて急ブレーキを掛ける。
ブレるバンドルを必死で抑えつけ、車は女の手前で何とか止まる。
慌てて女を見た男は、車のライトに照らされて未だに座り込んだまま動かない女の姿に事故を起こさずにすんだと安堵の溜め息をついた。
よく見れば女は、黒い着物を肩まではだけさせ白い肌をさらけ出している。
横顔は長い髪に隠されているが、男には少しだけ覗く輪郭から相当な美人に思えた。
下心が沸き上がる男は、心配をする素振りで車を降りて女の下へと歩み寄る。
「こんな山奥でどうしたんですか? 何か事件に巻き込まれたとか‥‥‥」
そう言いながら男は女の項を除きこみ、更に視線を開いている胸元の谷間へと移す。
混み上がる欲情に、下腹部への興奮が伝わる。
「兎に角こんな場所では危ない、麓の街まで送りますよ」
そう言って男は女の腕を掴み立たせる。
車へと連れていく時、不思議な匂いが男の鼻孔を擽る。
蠱惑的な抗いがたい匂いに、男の心臓は鼓動を早める。
「さ、乗ってください」
未だに何も喋らない女を助手席に座らせ車を走らせる。
時折、話し掛ける振りをして女の着物からはだける胸元や太股を見やる。
「でも、着物なんて今時古風ですね」
平静を装い男が前を見ながら話し掛ける。
その時、助手席で動く気配を感じた男が何と無しに横目を向ける。
・・・
そこには美しかったであろう女の顔があった。
その顔を見た男は余りの恐怖にバンドルを思いきり切ってしまう。
そのままガードレールを突き破り、車は崖下へと転落していった。
ーーーーー
『本日未明、現在逃亡中の連続婦女暴行犯と見られているーーーー容疑者がーー県の峠から転落して死亡している姿が発見されました、ーー容疑者の隣には、被害者宅から消えていた着物が発見され、犯行後に盗み出していた物と‥‥‥』