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エルフの自由研究(前)

 ここは東京都八王子市のはずれ、こじゃれたアパート「しじむら荘」。


 リフォームしたての若者向けのオシャレな内装が売りだ。

 だが、インターホンとクーラーはない。


 夕方が近づいてきても一向に気温が下がる傾向がなく、部屋で古い扇風機になでられながらしのいでいた俺の耳に、コンコン、と礼儀正しいノックが聞こえてきた。


 ミステルじゃないな。あいつはもっと粗暴だ。カラニアは大声がセットだし、ガウはスマホで呼び出してくる。

 つまり──この礼儀正しさ、アイシエルさんか!


 俺ははりきって身なりを整えてドアを開けた。


「こんばんは」

「こんな時間にすいません」


 ぺこり、と頭を下げてきたのは──金髪黒肌のほうがティヌー、黒髪のほうがエキル。

 限界ギリギリのスカートと広く胸元を開けたシャツといういかにもビッチな感じだが、しっかりした若者二人組だ。


「実はお願いがあって」


 女子高生二人が見上げてくる──潤んだ瞳と暑さで上気した頬と無防備な胸元が──

 いかん。食われる。


「なッ……ンン。なんだ?」

「裏の山に入る許可が欲しくて」


 アパートの表には空き地がある。これは俺の土地じゃない。近所の頑固ジジイの土地なので、使うことはできない。

 対して、アパートの裏は実はかなりの範囲において俺の土地だったりする。まあ元は爺ちゃんの土地だが、それをそのまま相続した。

 ──のだが、ほぼ林と山だ。ザ・自然だ。整地して駐車場にしようと考えたこともあるのだが、見積もりだけとって断念した。特に手入れもしていない。


「いいけど、なんでだ?」

「実は転入先の学校の夏休みの課題で、自由研究があって」


 エキルが説明する。


「テーマが自然環境だから、まずは昆虫を採取したいんです」


 高校になっても自由研究があるのか、大変だな。俺の高校ではなかったが……。

 それにしても感心なことだ、地主に許可を取りに来るとは。勝手に入っていく小学生に見習わせてやりたい──いや格好が刺激的すぎるから、やっぱいいか。


「そういうことなら構わないぞ。別に虫を育ててるわけでもないしな」

「ありがとうございます!」


 パッと笑顔になって、頭を下げてくる。

 これが本当にJKなのか。駅の周辺でスマホいじって睨みつけてくるヤツらと同じ生物とは思えん。


「ではさっそく入らせてもらいますね」

「おう」


 ティヌーとエキルが手を振りながら裏山に向かっていき、俺も心をよくそれを見送って──ちょっと待て。


「待て待て、そのままいくつもりか?」

「? はい」

「その格好で?」

「そうですけど……?」


 ……ダメだ。俺はため息を吐いてから、心を決めた。


「二人で入るのはナシだ、俺が保護者としてついてってやる。……とりあえず、ジャージかなんか着てこい。そのかっこじゃ足切るぞ」


 ◇ ◇ ◇


 ジャージに着替えてきたティヌーとエキルと共に、裏山に入る。

 手には着替えの間に作ってやった虫取り網と、虫かご代わりのネットの袋だ。


「助かります。私たち、昆虫採集ってしたことがなくて」

「ああ、だろうな、そうだと思ったよ、うん」

「すいません……」


 恐縮するエキルの脇を、ティヌーがつつく。


「だから言ったじゃんか、頼もうぜってさァ」

「ティーちゃんっ」

「あ……すみません」


 ティヌーが口を押さえてこちらを見て、しゅん、と縮む。

 ……沈黙が重い。


「あー……何がだ?」

「大人のひとの目の前で、乱暴な口をきいて……」


 え、そんなことで?

 と思ったが、どうやら二人にとっては重大なことのようだ。こちらの様子を伺って、ビクビクしている。

 ──なんか知らんが、やりづらい。そもそも最初に会った時は砕けた感じだったんだが、何かあったんだろうか?


「気にするなよ、暴言ってわけでもねえし。っていうかさっきのが素なんだろ? 堅苦しくしなくていいんだぞ」

「え、でも……」

「いいっつってんの。ていうか、そうしてくれ。でないと勝手に割り込んで礼儀を強制してる大人みてえで、こっちが恥ずかしいわ」


 二人は顔を見合わせる。


「ティヌー、だったよな。さっきの口調のほうが感情も出てたし、好感持てたぜ。肩肘張った態度じゃなくて、自然にしてくれよ。俺たち──」


 ──いや友達でもないし、ただの大家と店子だな。えーと。


「……今は、虫取り仲間だろ!?」


 自分で言っててなんだそれは、という感じだったが。


「……だってさ、いいじゃん、エーちゃん」

「そう、だね。ここでなら、いいかな」


 言いたいことは伝わったらしい。助かった。これで無視されたら恥ずかしくて死ぬところだった。


「じゃ、あらためてよろしくな、オーさん」

「お……!?」


 おっさん、だと……?


「大家だからオーさん、いいだろ? オレのこともティーちゃんでいいからさ」


 ニコニコとしながらひどいあだ名をティヌーは口にする。

 というか、だいぶガサツだな、おい。


「じゃあ私も……オーさん、今日はあらためてお願いします。エーちゃんでいいですよ」


 エキルはまだまだ丁寧な口調だった。まだ緊張しているのかもしれないが。


「……呼び方は置いといて、だ。本題な、昆虫採集するんだろ」


 さすがに恥ずかしくて呼べやしない。さっさと始めよう。


「とりあえず、手当たり次第、種類を集めていけばいいか? それとも狙ってる虫とかあるのか?」

「あ、はい。セミを捕まえようと思って」

「それもたくさんな」


 ふむ。テーマは自然環境だったか。なるほど、セミの数で環境の変化を見るのか。

 捕まえやすい虫だしな、いつも騒音を出しているやつらをこらしめるいい機会だ。


「あとは、セミの幼虫もですね」

「たくさんな」


 これも数量調査か。羽化の観察もやるのか?


「よし、まかせておけ。成虫は網が届くところからバンバン採っていこう。幼虫は足元注意な、この時間だとそろそろ這い出してきて、地面を歩いてたり、木を登ったりし始めているから」

「わかったよ、オーさん」


 始めはおっかなびっくりだった二人だが、何度か手伝ってやると慣れてきたようで、素手で虫に触るのも躊躇しなくなった。

 裏山を奥へと進んでいきながら、セミを採ることしばし。


「おっ……!」


 木の幹に、夕日を受けて輝く黒い光。俺はすばやく手を伸ばして掴むと、女子高生二人に自慢した。


「どうだ、こんなのもいたぞ! カブトムシだ!」


 立派な角をもったそれを、高々と掲げる。

 ──が、二人の反応は微妙だった。顔を見合わせている。


「──あー……、セミだけ採らないといけなかったか?」

「いえ、そんなことはないですけど……」

「すげえな、オーさん……」


 腰の引けるエキルとは対照に、ティヌーはなぜかひどく感心していた。


「オレにはそんな度胸はねえよ」

「そ、そうか? まあ女子にはハードル高かったかもな」

「じゃ、オーさん用ってことで、ネットに入れといてくれよ」

「おう」


 俺用?

 よく分からないが、とりあえず戦利品をネットへ。と、だいぶセミでいっぱいになっていた。


「まだ採るのか?」

「そうですね……初めてだし、これぐらいにしましょう」


 日も落ちて暗くなってきたこともあるし、俺たちはアパートに引き返すことになった。


「さー、こっからが本番だな、エーちゃん!」

「そうだね」


 エキルが神妙な顔をしてうなずく。


「オーさんも、最後まで付き合ってくれるよな?」

「おう、乗りかかった船だからな。手伝うぐらいするよ」


 集計とかそんなものだろう。


「頼むぜ」


 ティヌーはニコニコと笑う。


「これだけあれば、お腹いっぱいになるだろーしな」


 ──は?

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