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エルフは数える

「ボクさあ……数えられないんだよね、数」

「──数を」

「うん」


 俺はガウと顔を見合わせた。

 そうか、そうだったのか、カラニア……さすがにそこまでではないだろうと思っていたのだが。

 そうか……数が数えられないほど、頭が……。


「ッ!? ち、ちがう、ちがうよ! そーじゃないよ!」

「いや……大丈夫だ、そんなことで付き合い方を変えたりなんかしないぞ」

「そうじゃないんだよ、オーヤぁ!」


 ◇ ◇ ◇


 ここは東京都八王子市のはずれ。こじゃれたアパート「しじむら壮」──から車で半時間程度の場所にあるスポーツクラブ。

 そのプールサイドで、俺とガウはカラニアから相談を受けていた。


「そうじゃないんだよ……」


 カラニアは膝を抱えて座る。競泳用の水着から、健康的に日焼けした肌がのぞいていた。


「算数ぐらいできるよ、ひどいよ」

「確かにひどい」


 ガウがその肩を叩いてなぐさめる──お前、さっき俺と同じ意見だったろうが。

 ちなみにガウはビキニスタイルだ。平坦な体にヘソのラインがとてもエルフらしくてよい。


「数えられないのは、子供のことなんだよ」


 相談があると言われ、俺とガウはここにきていた。

 今日も八王子は真夏日。そんな日にプールに誘われたら行きたくなるものだ──決して水着が見たかったわけではない。

 ほら、おごってくれるって言われたし、相談だし、そういうことだ、うん。


「子供の数を数えないといけないんだけど、ちょこちょこ動くから、数えている間に数を忘れちゃうんだよ!」


 カラニアはこのクラブでインストラクターとして働いている。

 ──働いている。

 言動はどうみてもガウより子供っぽいのだが、働いている。

 意外に思うかもしれないが──


「しつこいよ!」

「悪い悪い」


 本来は水泳が担当ではないのだが、夏の間は子供のプール教室に借り出されるのだそうだ。

 で、悩みというのが。


「受け持ちのクラスがそろったかどうか確認しないといけないんだけど、ぜんぜんできなくって」


 ということだそうだ。


「そんなの、指折り確認すればいいじゃないか」

「ダメだよ、オーヤ。いちクラスに三十人なんだよ。両手を使っても数えられないよ!」

「多いなおい」

「でしょー? だからどうしたらいいかなって……」


 確かにちょろちょろ動く子供を数えるのは大変だろう。

 水着だと区別もつきづらいだろうしな。だが。


「いい方法があるぞ」

「なになに!?」


 俺はうなずいた。


「指を折って数えるんだ」


 カラニアは目を丸くした。


「オーヤ、指三十本あるの!?」

「ねえよ! 十本だよ!」


 どんな怪物だ。


「じゃあ三十人も数えられないじゃん。オーヤのうそつき」

「嘘じゃねえって。片手で三十一まで数えられるぞ」

「片手じゃ五までじゃん!」

「まあ見てろよ」


 俺は片手を挙げ──高速で指を折り曲げる!


「イチニサンシゴロクシチハチキュー………ニジュキュサンジュサンジュイチ!」

「……ほえ?」


 理解できていない。まあそうだろう。俺はもう一度、今度はゆっくりと解説付きでやる。


「いいか、これがゼロだ」


 全ての指を立てる。


「これがイチ」


 親指を折る。


「これが、ニ」


 親指を立て、人差し指を折る。


「サン」


 親指を折る。


「シ」


 親指と人差し指を立て、中指を折る。


「どうだ?」

「え、何が?」

「いやだから──」

「カーラ、しじ兄さんは、二進数の話をしている」


 ガウが眼鏡を直しながら間に入ってきた。


「親指が1、人差し指が2、中指が4、薬指が8、小指が16をあらわす。だから五本全部の指で三十一まで数えられる」

「その通りだ」


 これを高速でできるのが、俺の隠れた特技でもある。


「さすがしじ兄さん、入門編は完璧」

「──入門?」

「初級編は片手で511」

「……お前、片手に指が511本も?」

「そうじゃないから」


 ガウは全ての指を立てて手を開く。


「これがゼロ」

「ああ」

「これが32」


 ガウは、親指と人差し指をぴたりとくっつける。


「これが64」


 親指と人差し指を離し、人差し指と中指をぴたりとくっつける。


「と、指の折り曲げに加えて、指と指の間がくっついているか離れているかで数える」


 なるほど、薬指と小指をくっつけた状態が256ということか。


「──て、それできるのかよ。めっちゃくちゃ指痛いだろ。333とかいったい何の変化球投げるんだって感じなんだが……」

「333」


 やべえ、できてる。


「334、335、336、337……」

「わ、わかった、わかったからやめろ、見ててこっちの指が痛くなる」

「じゃあ次は中級編……これは片手で4095」


 そう言うと、ガウは全ての指を立てた状態から──


「イチ」

「ひいっ!」


 人差し指の、第一間接だけを曲げた。


「ニィ」


 人差し指の第二間接だけを曲げ──


「サン、シ、ゴ、ロク、ナナ……」


 コキコキと人差し指がうごめいて、七で全ての間接が折り曲げられ──


「ハチ」

「ひぃぃっ!?」


 中指の第一間接だけが曲がった。


「と、このように間接を曲げる曲げないを二進数として、4095まで数えられる」

「わかった! わかったからやめてくれ! 背筋が──」

「じゃあ最後に1048575まで数える上級編を……」

「大丈夫! そもそもそんなに数えないもんな! なっ、カラニア! 入門で十分だよな!」


「ん? あ、うん、そうだね」


 カラニアは、ニカッと笑った。


「勘でなんとかするよ!」


 ◇ ◇ ◇


「ところで、しじ兄さんは泳がないの」

「俺は泳げないんだ。──そういうお前はどうなんだ」

「浮き輪が禁止とは聞いてなかった」

「──そうか」

「うん」

「そういうプール、今度行くか」

「気が向いたら」

「そうだな」


 カラニアは泳ぐ。すべてを忘れて水しぶきを上げて。

 それをプールサイドで並んで座って見ながら、俺たちはぼんやりと過ごすのだった。

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