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エルフはベーコン

 ここは東京都八王子市の外れ、こじゃれたアパート「しじむら荘」。


 俺はその大家で、家賃収入という不労所得でスローライフを送る──ことを夢見る者だ。

 残念ながらまだ夢は途上だ。

 爺ちゃんの遺産で譲り受けたぼろアパートをここまで修繕するのにかなりの金がかかったし、まだまだかかる予定だ。


 立地条件や築年数を考えてもかなり安めに家賃を設定したため、部屋のほぼすべてに入居してもらわないと借金が返せないのだが──空き室は多く、入居者が増える予定は今のところない。


 そんなわけでせめてもの節約に、夏の昼間は動かずに過ごしたいんだが──


 ──めっちゃ、焦げ臭い。


 火事ではないはずだ。全室火災検知器は入れてある。それが作動してないんだから、部屋からじゃない。


 だから無視したい。


 ──でも、万が一、検知器が作動していないだけだったら?


「くそっ……」


 結局、俺は寝床から這い出すことにした。


 ◇ ◇ ◇


 ──扉を開けた瞬間、俺は起きたのを後悔した。


「──何、やってるんだ、お前ら」


 アパートの前の空き地に集まっている女集団に声をかけると、金髪の女が振り向いた。


「見てわかんないの?」

「わかんねーから訊いたんだよ」


 女どもは段ボール箱を……なんだ、燻していた。煙いのはこいつらのせいだったわけだ。


「少しは自分で考えたらいいじゃない」


 金髪の女──ミステルは冷笑する。ムカつくなほんと。


「ミッちゃんは、大家くんに冷たいわねー」


 桃色の髪のナナエルさんは、何が楽しいのかニッタニッタ笑っている。

 さすがに外では下着姿ではないが──肩が出たり腿が出たり、そのうえ薄着だったりで、直視しづらい。


「あのねあのね、オーヤ! ベーコン作ってるんだよ!」


 飛び跳ねながらこちらに近づいてきて、ぐいぐいと腕を引っ張るのは、赤毛のカラニアだ。


「ベーコン? ってあのベーコンか? こんなもんで作れるのか?」

「大丈夫、問題ない」


 涼しい声で言ったのは、ガウ。この暑いのにでかいキャスケット帽はかぶったままだ。

 そして、スマホをいじっている。屋外でも。


「カラニアが豚バラ肉を冷凍庫につっこんだままダメにしそうだったから、ベーコンにすることにしたのよ。いいアイディアでしょう?」


 ミステルが得意げに鼻を鳴らす。


 だが。


「お前ら、前々から言ってるけどな──ここは俺んとこの土地じゃないんだから、勝手に使うなよ!」


 しじむら荘の前には、空き地がある。

 草も刈ってあって人や車が立ち入っても何の問題もない──物理的には。


 権利的には、そこはしじむら荘の、俺の土地ではなく、少し離れたところに住んでいる頑固ジジイの土地である。

 駐車場代わりに車を止めようものなら、激怒して怒鳴り込んでくるようなジジイの、だ。

 火を使っているなんて知れたら、何て言われるか分かったものじゃない。


「大丈夫」


 俺が続けて段ボールを撤去するように言おうとした──ところを、ガウに後ろから服の裾をつかまれた。


「許可なら取った」


 そう言ってスマホの画面を見せてくる。


「──バカな」


 俺は絶句した。


 ──めっちゃかわいいスタンプと共に、頑固ジジイの自撮り付きで使用を許可する旨のメッセージが送られていた。


「あのジジイに、スマホが使える……!?」

「私が教えた」

「まじかよ……いつの間に……」


 あの年代のジジイにスマホを教え込むとか、どんだけ仲良しなんだ。


「そういうわけだから、文句を言うのはやめてもらえる?」


 ミステルが得意気に──って、お前じゃないだろ許可取ったのは。


「そうよー、大家くんも、一緒にできあがるの待とう? いい匂いがしてるよー?」

「……確かに、なんか煙自体がいい匂いがしてるような」

「それは桜のスモークチップの匂い」

「桜の」


 ガウは頷く。


「ベーコンは香りも重要」

「いい匂いよね、もっと燃やしとく?」

「にーく! にーく!」

「にっへへ、よだれでちゃうわねー」


 ………。


「違うだろ──」

「は? 何がよ?」

「何もかもだ」


 俺は段ボールを囲む四人に指を突きつけた。


「お前らは何だよ!」


 女どもは顔を見合わせる。


「何って──あんたのとこの住人?」

「違う、もっと大きなくくりで!」

「──エルフだけど」


 長い耳がそれを証明している。こいつらはエルフだ。

 高尾山から来た。


「そのエルフが、木を燃やして肉を調理するって──違うだろ!? 自然を愛する菜食主義のエルフが!?」

「あぁ──まーたあんたの理想のエルフの話か」

「理想じゃない! 一般的な! オーソドックスな!」

「フィクションの話でしょーが。漫画とかラノベの」


 ミステルは、やれやれ……といった感じで頭をふると、自らの首もとに手をやった。


「よく見なさいよ。どこからどう見たってあんたが好きな小説の挿し絵とそっくりでしょうが。ま、あたしの方がより美人だけど?」


「いや全然違う」

「ハア!?」

「中身も違うが、容姿も違う、全然違う」


 断言する。


「理想のエルフといえば! 金髪でスレンダーで、主人公よりちょっと背が高い──それがヒロインというものだ!」

「なによ、全部あたしに当てはまるじゃない」

「駄目だ。──胸が太すぎる」

「ハ、ふ、太ォ!? 立派なBカップでしょうが!」

「ふざけんな! 駄肉を削ぎ落とせ! AA以下じゃなきゃ認めねえ!」

「んなもんヒロインじゃなくてヒョロインじゃないの!」

「うるせえ、こんなかじゃガウ以外は全員ヒロイン失格だっ!」


 カラニアもけっこうあるからな。胸元ぱっつんって感じだ。


「しじ兄さん。私は喜ぶか怒るか、どっちをしたらいい?」

「誇れ、お前の胸こそエルフ・オブ・エルフだ。理想のサイズ、まさに黄金比だ」

「あんた、んなこと言っても、いっつもナナエルさんの胸見てるじゃない!」


 だっ……。


「どーせそんなこと言っても大きい方がいいんでしょ? ハッ、主義主張の一貫しない男ね」

「そうよねー、いつも見てるねー」

「ち……違う! エルフとしてはガウこそ理想! だが!」


 だがッ!


「女としては胸がでかい方が好きだという、何も矛盾しない、ごく一般的な男の気持ちだ!」


「うわぁ……」


 ミステルが汚物を見るような視線を向けてくる。

 ガウは帽子に隠れて顔が見えない。

 ナナエルさんはなぜか機嫌よさそうにニヘニヘ笑っていた。


 ……わかってる。大声で言うような話じゃなかったって、自分だってわかってる。

 だから──だから──


「オーヤぁ」


 じっと段ボールを見つめて黙っていたカラニアが、ポツリと口を開いた。


「それで、オーヤはベーコンいらないってことでいいの?」


「すみませんでした」


 俺は土下座した。


「ほえ?」

「どんな大きさでも文句をいうようじゃ、男として情けないですよね」

「よくわかんないけど──」


 カラニアは、ニカッと笑った。


「じゃあ、オーヤは端っこのほうでいいね、ベーコン」


 こうして俺は、ひと欠片のベーコンを手に入れたのだった。

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