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エルフは人気

 ここは東京都八王子市の外れ、し──


「しむらー、野球しようぜー」


 ドンドン、と扉が無遠慮に叩かれて、俺は目を覚ました。

 眠い目をこすりながら、叩かれ続ける扉を解放する。


「カラニア、何度も言うようだが俺の名前はシムラじゃない」


「わかってるよ」


 扉の前に立つ、赤髪をツンツンと跳ねさせた少女が、ニカッと笑う。


「シジムラ・オーヤだもんね」


 全部違うわ。


 ……こじゃれたアパート「しじむら荘」。俺はその大家で管理人をしている。

 本名と建物名は一切関係ない。


「どうでもいいから、早く車出してよ」


 後ろにいたあずきジャージの女──ミステルがあくびをしながら言う。


「なんだ、今日はお前も参加なのか」

「いいでしょ別に──カラニアに誘われたから、仕方なくよ」

「えっへへ、ミステル、ありがとね!」

「わっ、と」


 カラニアに無邪気に抱きつかれて、さすがのミステルも邪険に扱えないでいる。

 いいぞ、もっと困らせてやれ。


「ああもう、見てないでさっさと車! 出しなさいよね! あんたたちの付き合ってあげるって言ってるんだから!」


 ◇ ◇ ◇


 中古のワンボックスを走らせることしばらく。

 やってきたのは川沿いの野球場だ。駐車場に車を止めてグラウンドに向かうと、すでに先客がそろっていた。


「おー、来たかい、しじむらんとこの大家さん」

「おはようございます」


 草野球チームのおっさんに挨拶をする。


「よっ、カラニアちゃん、今日もかわいいね!」

「カラニアちゃんに会うために来たようなもんだよぉ」

「えっへへ、ありがとー!」


 カラニアは敵味方問わず声をかけられ、愛想を振りまいていた。


 この草野球の集まりに俺とカラニアは助っ人として参加している。

 俺ははじめは乗り気ではなかったのだが、参加したら資材を分けてくれるというので、遠慮なく乗り込んだ。おかげでいくらかアパートのリフォーム費用が浮いている。

 自営業の人間が多く、その日その日でいろいろな物がホームラン賞やら何やらの景品として出るので、それも狙いどころだ。


 ちなみに、カラニアはただ楽しいから参加しているだけだ。断言できる。


「おや、今日は美人さんも一緒だね」

「……?」


 ──ああ、ミステルのことか。そういえば黙ってれば美人なんだよな、アレは。

 ジャージ着てても、黙ってればな。


「美人さん、お名前は? どこから来たんだね? 野球はできるのかい?」

「名前はミステルよ」


 気をよくしたミステルが、フフンと髪をかき上げて名乗る。


「高尾山から来たわ」


 ………。


「ほう、そうかい、カラニアちゃんと同じだねえ」

「そうか、カラニアちゃんの地元の友達か」


 ツッコミは──なかった。


 ミステルとカラニア。二人は、エルフだ。高尾山から来た。


 正直、俺は困惑している。

 エルフはずっとフィクションの中の種族だと思ってきたし、どんな辞書を引いても、ネットで検索したって、エルフは創作の中にしかいない。


 そんなわけで初めてミステルと会ったとき、俺は異世界に移動したのかと思ったのだが、普通に八王子市にいた。


 混乱を避けるためにミステルを人間から隠すべく奮闘したこともあったが、まったくの無意味だった。

 どういうわけか、こうして普通に受け入れられるのだ。このエルフたちは。


 なのでもう、俺は気にしないことにした。


「で、野球はどうだい?」

「高尾山の王貞治といったらこのあたしのことよ。山越えアーチをいくつもぶっぱなしてきたわ」


 ほんとかよ。ていうか古いな、人物が。


「そりゃすごい。それじゃ今日のホームラン賞はミステルちゃんかねえ」

「今日の賞品はなんなんだ?」


 確認のため、俺は話に割って入る。

 モノによっては退屈な一日になるからな。返品待ち書籍セットの時なんてひどいもんだった。


「今日は牛虎の店長さんが来てるんだよ。だから賞品は肉さ」


 肉、だと。


 スーパー「牛虎」の店長の、ガタイのいい姿を探す。

 いた。こちらを見てクーラーボックスから出して見せた肉は──サーロインステーキ……!?


「こりゃあ、本気ださないわけにはいかないな」

「本気出したぐらいで、ホームラン打てるわけ?」


 ミステルが鼻で笑っている。


「おとなしくあたしの活躍を待ってなさいよ。肉はあたしがもらうから」

「ああ? 初参加の癖に大きく出たもんだな? だが吠え面かくのはお前の方だぜ。肉の匂いぐらいなら分けてやるから、今日はそれで白米をキメるんだな。はっはっは、今からその間抜け面が目に浮かぶようだぜ」

「べらべらと口は回るようだけど、後で恥ずかしい思いをしないといいわね?」


 こいつほんとに、人を見下した目で見るのがうまいな。ムカつくわ。


「なによ」

「なんだよ」


 にらみ合いになる──そこへ


「オーヤッ!」

「ぐぇっ」


 カラニアが助走をつけて飛び、首に手を回して抱きついてきた。


「聞いた聞いた? 肉だって! がんばろーね、オーヤ!」

「お、おう」


 ぐるぐると回る。目が回る。そんな状態でも、はっきりと分かった。


 男どもの視線が──すべてが敵になった瞬間が。


 ◇ ◇ ◇


 元甲子園球児のおっさんに七色の変化球を投げられ、俺は全打席凡退に終わった。

 ホームラン賞は──同じく凡打に終わったミステルではなく──カラニアが手に入れた。


「なあ、カラニア、肉さ、半分──」

「え、分けないよ? いくらオーヤでも、肉はダメだよ」


 カラニアの中で、肉は俺よりも上だった。

 ……わかっていたことだ。本当だぞ。本当だからな。

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