エルフはスタバる
「ありっしたー」
夜の闇に去っていく客の背中に、投げやりに挨拶を投げかける。
ここは東京都八王子市の外れ、こじゃれたアパート「しじむら荘」──からほどちかいコンビニ。
しじむら荘の大家たる俺は──ここでバイトをしていた。
不労所得。
魅力的な言葉に見えたものだ。
爺ちゃんの遺産のボロアパートを譲り受けて、一年と少し。
この春まで入居者はあらわれず、少ない貯金は底をつき、銀行に金を借り──
ようやく入居者が増えたものの、まだまだ部屋はガラガラで、こうして深夜のコンビニでバイトして借金を返す日々は続きそうだった。
──いや、まあ、正確には返せてないんだが。
で、でも、トントンには──!
「兄さん。しじ兄さん」
ぽそっ。
小さな声とともに、俺の服のすそがひっぱられる。
目を向けると──大きなキャスケット帽をかぶって眼鏡をかけた、紫色の髪の、小さな少女が──
「あそこの棚、補充して」
俺に目も向けもせず、スマホを凝視したまま棚を指さした。
確かに空になっていた。補充しないといけない──が。
「気づいたならお前がやったらどうだ、ガウ」
いちおう、言う。言うが──
「誰が家賃を払ってると思う?」
「はい、やってきます!」
逆らえなかった。分かっていたことだ。俺は涙をのんだ。
ガウ。吠えているわけじゃない、そういう名前だ。実際はもっと長いらしいが教えてくれない。
ともかく、ガウは俺のアパートの住人だ。
数少ない家賃を滞納しない優良顧客であり──
帽子の下から覗く耳からもわかるとおり、エルフだ。
高尾山から来た。
──高尾山から来た。衝撃的な言葉なので反芻した。
なんでも都内の学校に通うために、山から下りてきたらしい。
そして昼は学校に通い、夜はこうしてバイトをしている。
しじ兄さんというのは──あだ名だ。「しじむら荘」の兄さん、ということだ。
そんなガウにバイト先を相談されて、うっかり同じ職場を紹介したのがよくなかった。
家賃を人質に取られ、今や俺はガウに言われるがまま働くしかないのだった。
「はー、終わったぞ……」
「ご苦労」
ぽそっ、と言う。スマホからは片時も目を離さない。
「なあ、前から言ってるけど、勤務中にスマホはどうかと思うんだが」
「仕事はしている。──しじ兄さんが」
「してるよ! 仕事だから!」
「それで間に合ってる。そうじゃない?」
間に合ってる。
八王子の外れの深夜のコンビニだ。人がそんなに来るわけじゃない。
二人のシフトになっているのも、店長が「ワンオペって噂されたら恥ずかしいし」という理由というところが大きい。
「それとも、クビにする?」
ガウは首をかしげる──スマホも傾く。
「──それは──勘弁してください」
ガウの給料は、いずれ家賃として俺に収められる。
つまりガウがここをクビになると、俺の収入元が断たれるのだ。
いかん。──それは、絶対、いかんことですよ。
「だいたい、私だって我慢してる」
「我慢──?」
いったい何をだ。
「スマホなんかで我慢してる。ほんとなら、ラップトップを使いたい」
「らっぷ……」
「ノートパソコンのこと」
「し、知ってらぁ!」
なんでラップトップって言うんだ?
「の──ラップトップなんか持ってたんだな。いつもスマホ使ってるところしか見ないけど」
「移動中か、バイトのときだけ。学校とかスタバではラップトップ」
スタバかよ。
エルフが──エルフがスタバでダークモカチップクリームフラペチーノエキストラホイップキャラメルソースしながらノートパソコン叩いてるのかよ。
「……ちがうだろ」
「?」
「エルフは、ちがうだろ!」
俺は──声をあげた。世の中のエルフのために。
「エルフは、ITに強くちゃダメだ!」
俺は自分のスマホをレジに叩きつける。
「正しいエルフなら、スマホどころか電話もしらなくて、スマホから音がしたら魔法かと疑い、テレビを見たら中に人がいるんだと疑うべきなんだ!」
森に住む神秘的な種族、エルフ族は、世俗から離れた暮らしをしていて、電気なんて使わない。
原始的な暮らしに魔法がミックスされた、独自のライフスタイルを築き上げて──
「高尾山にも、ネットぐらい引かれてるし」
「──………」
「テレビだってずっと前からある。父さんが力道山の試合をリアルタイムで見たって自慢してた」
「……町に下りてきたとかじゃなくて?」
「里にテレビ買ってきたって」
まじかよ。当時のテレビってすごい高価だったんだろ。金持ちか。ていうか電波届くのか。届くかな、高尾山だし、高いし……。
「しじ兄さん。里も町と文明レベルは変わらないから」
「ぐっ……うう……」
エルフ──エルフとは、いったい──
「しじ兄さん。共闘出た。早く参加して」
「あっ、はい」
俺はスマホのロックを解除した。ゲームを起動して、ガウとパーティを組む。
「ランキング狙うから、集中して」
「了解」
ここは八王子の外れの、深夜のコンビニ。
俺は高尾山から来たエルフの少女に言われるがままに、最新のスマホゲームで、ぽちぽちと支援をするのだった。




