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エルフと盆踊り

「あの……き、聞きたいことがあって……」

「ああ、何かな?」


 ここは東京都八王子市の外れ、こじゃれたアパート「しじむら荘」。


 ――の入居希望者を募ってくれている婆ちゃんがやってる駅前の小さな不動産屋だ。俺はそこで、しじむら荘に入居希望の客と机を挟んで営業スマイルを浮かべている。


「そのぉ……ふへっ」


 客は、ボサボサ髪で身長が低くてちょっと太い、いや結構太い女で――


 耳が長い。エルフだ。耳が長いから多分そう、絶対そう。


 名前はルーヴォナ。


 うん、エルフだな。


 またかよ、と思わないこともない。どういうわけかあの婆ちゃんはエルフの女ばかり紹介してくる。


 別に俺は大家業を通してハーレムを作りたいわけじゃない。不労所得で悠々自適の生活をするため、家賃を滞納せず周囲に迷惑をかけない優良な店子に入居してほしいだけなのだ。


 ……まあ、その観点でいうと今のところ全員その要件はそこそこクリアしているから……婆ちゃんに文句を言うのも筋違いだと思うが……俺がエルフ好きの変態だと思われていることが不服なんだ。


 いや、エルフは好きだ。好きだよ。高貴なる種族、自然を愛し自然と共に暮らす神秘なる一族。細身でスラッとしていて美しくて……そういうエルフなら。


 ガサツだとか胸が無駄にあるとかガジェットマニアだとか脳天気だとか人妻だとか礼儀正しいけど服装が礼儀正しくないだとかは……エルフとは認めたくない。


 その点で言うとこの客もエルフらしくはなかった。というか見た目はドワーフだよな。うん。言わんが。


「入居前に疑問点は解消しておいたほうがお互いのためだからな。何でも聞いてくれていいぞ」

「おっほ、ハイぃ。そのぉ、ですね。そちらのアパートは、騒音問題とか……ありますか?」

「……ちょっと足音の騒がしいやつが一人いるが、今空いている部屋は全部そいつからは離れているから大丈夫だと思う」


 カラニアの部屋は俺の部屋の上なので、被害を受けているのは俺一人だけだ。


「とはいえ集合住宅だからな。ある程度、常識的な範囲での騒音は受け入れてほしい。例えば子供の泣き声がうるさい、とか言われてもそれは対応しない。お互い様だ、我慢してくれ」


 今のところいないけどな、子供。子供みたいなやつはいるが。俺の部屋の上に。


「あっそのぉ、逆でしてぇ……騒音に敏感な人がいないかな、と……ふへっ」

「今のところそういう話は聞かないが……受験生がいるからそこら辺は配慮してほしいな」


 ティヌーとエキルが今年受験らしいし。


「あっ、そうですよねぇ……じゃあやっぱりアレが必要かぁ……。んっふ……あのぉ」


 太いエルフ……ルーヴォナは目にかかった髪の奥から見上げてくる。


「そちらのアパートに、防音室って……入れられますかねぇ……?」



 ◇ ◇ ◇



「朝から騒がしかったけど、何やってたの、しじ兄さん」

「ああ、いたのか」


 うだるような暑さの昼過ぎ。アパートの住民の一人、大学生のガウが眠そうな顔で部屋を訪れてきた。トレードマークのデカいキャスケット帽を枕のように握りしめている。


「前に言っただろ。お前の部屋の隣に入居者が来たんだよ。今日が引っ越しだったんだ」

「そういえば、ついに一階が埋まると聞いていた」


 そう。今回の入居者……ルーヴォナが入ることによって、しじむら荘の一階はついに全室が入居済みになった。


「それにしても大変騒がしかった」

「悪いな。デカブツの設置に手間取ってさ」

「デカブツ?」

「防音室を入れたんだよ」


 アパートの一室に後付けで防音室なんか作れるわけ無いだろ、と思ったのだが、世の中は広い。部屋の中に持ち込んで設置できる防音室なんてものが売っているのだ。


 ちなみに業者に頼むと設置工事費がかなり高かったので、俺が代わりに請け負うことにした。アパートのリフォームと比べたら簡単なもんだ。ルーヴォナは費用が削減でき、俺は収入が増える。Win-Winってやつだな。


「しかし、あんな一畳ちょいの防音室なんか入れてどうすんのかね。ダイニングのど真ん中に設置したけど、おかげでまともに部屋が使えないぞ」


 これまで明言したことがなかったと思うが、しじむら荘は1DKだ。ただ、爺ちゃん時代の間取りから風呂を広げトイレを設置し、脱衣所に洗濯機置場まで用意したので、「1」部分の和室はかなり狭い。

 ドアを開けてすぐのダイニングキッチンは見栄えを重視して広くしてあるんだが……そこを防音室が占拠すると、かなり圧迫感がある。


「しじ兄さんは、遅れてる。防音室は最近のトレンド」

「……そうなのか?」


 全室リフォームが終わったので、最近の流行りの間取りなんかは気にしてなかったのだが……。


「あんな狭いの何に使うんだ?」

「楽器や歌の録音。でも最近の流行りは」


 ガウは眼鏡を光らせてピースサインをする。


「ブイチューバー」

「……ぶい?」

「YouTubeで動画や配信活動を、架空のキャラクターとして行う人達のこと」

「良く分からん」

「見たらわかる。しじ兄さんが興味ありそうなのは……」


 ガウはゴツいスマホを操作して、画面を見せてくる。


「これ。清楚お嬢様ハイエルフVTuber、アルエンちゃん。最近デビューした新人」

「ほう」


 画面には、美しいエルフのキャラクターがいた。金髪で、線が細くて、清楚で可憐で神秘的で……うむ。良い。まさしくエルフだな!


「最近伸びてるし、次のコミケでは相当同人誌が出ると予想してる」

「ほほう」


 それは知らなかった。最近は王道エルフモノの創作が減って寂しい思いをしていたのだが、こんなところに新天地があったとはな。


「ちょうどライブ配信してるから、見よう」


 そう言ってガウがスマホを操作して動画を再生する。


『皆様こんにちは。聖なる森に住まうハイエルフのアルエンですわ〜』

「ほう、声もいいな」


 なんか最近聞いたような声質の気がするが……まあ気のせいか。


『今日ようやく引っ越しが終わりまして、配信活動が再開できますわ。ええ、それに防音室を設置しましたので、これでもうホラーゲーム配信で怒られることもないのですわ。無敵になってしまった……のですわ』

「おお、本当に防音室って流行ってるんだな」

「ホラーゲームで事件性のある悲鳴を上げると、周囲とトラブルになる」

「なるほどなぁ……」


 ハイエルフのアルエン様は、常連のリスナーたちと雑談を続ける。ふむ、しかし……ハイエルフ、か……。


「なあ、ガウ」

「なに、しじ兄さん」

「お前らって、エルフだよな」

「そう」


 ガウもエルフだ。耳が長い。


「エルフ的に……ハイエルフって設定はどうなんだ?」


 ハイエルフ。上のエルフともいう。大体の創作ではエルフの上位種族として設定されているが……。


 ダークエルフが避けたほうがいいワードだとパルウェンから教えられているし、ハイエルフがどうなのかわからん。そもそも、ハイエルフというのが現実に存在するのか?


 ……いや普通、現実にはハイでもローでもエルフなんていないはずなんだけどさあ……。


「ハイエルフなんて名乗って、エルフに怒られたりしないか?」

「別に怒ったりしない」

「そうか?」

「人間……この子が言っている分には、単に苦笑するだけ」


 微妙な表現ではあるのか。


『大家さんが防音室の設置をしてくれまして、おかげで費用も浮いて助かりましたわ〜』

「俺と似たようなことしてる大家もいるのか。偶然だなぁ」

「流行っているということ」


 なるほどなぁ、と話しながら、俺はなんとなく流れでガウとお菓子をつまみながらアルエンの配信を観ることになった。

 雑談配信なんてファンじゃないと楽しめないのでは? と思ったのだが、これがなかなかどうして話が上手くて面白い。リスナーとのやりとりも清楚だし文明への疎さもエルフ味を感じる。


 なんというか……イイな。本当に現実にエルフがいて配信をしているような気分になる。……いや本物はすぐ隣にいるんだが……。


『最近暑いですわね〜。夏といえば? 海、良いですわね〜。山は……結構ですわ〜。山より断然海ですわ〜。えっ水着衣装? それはちょっとお恥ずかしいですわ……ああ、お祭り、盆踊り! いいですわね〜』


 アルエンは上体をゆらゆら揺らしてリズムを取る。


『わたくしは体が弱いので参加したことはないのですが……盆踊りの曲って、なぜか体が動いてしまいますわよね〜』

「分かるわ。なんでだろな?」

「日本人だから?」

「アルエン様はハイエルフだぞ?」

「しじ兄さんもだいぶVの者が理解(わか)ってきた」


 アルエン様のグッズないかな。


『ふふふ〜んふふ〜んふふ〜ん……ふふふんふ〜ん』


 ヨヨイのヨイ。


 俺とガウは無意識にアルエン様の鼻歌に合わせて踊った。


 ――そして次の瞬間、衝撃が訪れる。


上位チャット:鼻歌かわいい〜

上位チャット:盆踊り感ある鼻歌、うるわしい

上位チャット:太陽おどりで草

上位チャット:?

上位チャット:太陽おどり……?

上位チャット:なにそれ?


『えっ?』


上位チャット:太陽踊り?

上位チャット:?

上位チャット:「太陽おどり 新八王子音頭」っていう御当地音頭

上位チャット:八王子?


『えっ……!? 太陽おどりって全国区じゃないの……!?』

「え!?」

「……!」


 なん……だと!? あの夏祭りの定番盆踊りソング、太陽おどりが、御当地音頭……!?


「……! そ、そうか……ガキの頃から踊ってたから気づかなかったが……よく考えたら歌詞に八王子って入ってるな……!?」

「盲点……」


 ドラえもん音頭とかそういう、アニメ系の立ち位置かと思っていたが、よく考えたら全然違った。


上位チャット:えっ、てことはアルエン様、八王子市民……?

上位チャット:ハイエルフ、八王子にいたのか

上位チャット:親しみ湧くわ〜

上位チャット:そんな……青山に住んでいるって話は嘘だったんですか……


『あ、いや、ちがっ……お、終わりっ、今日は終わりですわ〜ッ!』


 配信が終わった。


「どうしたんだ一体」

「しじ兄さん。身バレはVTuberのご法度」

「別にいいだろ……八王子市民でも……」


 まあ八王子にハイエルフのお嬢様が住んでいるかといわれると、イメージとは違うと思うが……。


「うわァァァー……!」

「ん?」


 ガタンバタンとドアの開く音、そして悲鳴がする。


「なんだなんだ?」

「確認して、しじ兄さん」


 ガウに背中を押されて、警戒しながらドアを開けると――


「やらかした……! 出身バレしたぁ……! ああああああ〜!」


 アパートの前の空き地で、頭を抱えながら空を仰いで叫んでいる下着姿の女が……今日引っ越してきたばかりのエルフ、ルーヴォナがいた。


「……何やってるんだ」

「あ、ひぃっ、大家さん……いやそのぉ……ふ、ふへ……」

「しじ兄さん。私気づいてしまった」


 草むらにへたり込みながら愛想笑いを浮かべる寸胴エルフ……ルーヴォナに近づきながら、ガウは言う。


「彼女がVTuberのアルエン。状況証拠的に間違いない」

「ホゲエェー!? 身バレまでしたァー!?」


 悲鳴を上げながらルーヴォナはガウの方を振り向き……。


「ヒェ!?」


 息を呑んで目を見張る。


「なっ、が、ガウグウェン姫――」

「フンッ!」

「オウフ!?」


 何か言いかけたルーヴォナのみぞおちを、ガウは容赦なく正拳突きした。悶絶するルーヴォナ。突然の暴力に反応できない俺。


「……が、ガウ?」

「着替えさせたら連れて行くから、しじ兄さんは部屋で待ってて」

「お、おう」


 ……まあ、炎天下に下着姿のままというわけにはいかないよな。うん。



 ◇ ◇ ◇



「先程は失礼しました……へ、へへ……」

「いやまあ……住民の奇行にはある程度慣れてるから構わないが……」


 ジャージを着てきたルーヴォナを部屋に迎え、ガウと俺とで話を聞く体勢になる。


「そのぉ、実は自分、VTuberという活動をしていましてぇ……」

「ああ。清楚お嬢様ハイエルフの」

「フゥ……」


 ガウが小さくため息を吐くと、ルーヴォナは身を縮めた。……ハイエルフ事情、触れない方がいいような気がするな?


「それでそのォ、出身がバレてしまったので動揺して、ああいったことをしてしまいましてぇ……ふへ……」


 ……これがあのアルエン様をやっていた人物なのか? 清楚なお嬢様の? 声は確かに似ているが……信じられんな……。


「まあ……八王子は広いから大丈夫じゃないか? 高尾山とまでは特定されなかったし」

「ヒェ!? どうして自分が高尾山出身だと!?」

「……ここのアパートにいるエルフは、みんなそうなんでな」


 ガウもそうだ。高尾山から来た。……高尾山でエルフなんて見たことないが、こいつらいわく普通にいるらしい。


「はぁぁ……なるほど……ということは、ここはもしかしてイムラドリス」

「ルーヴォナ」

「もごもご」


 ガウが名を呼ぶと、ルーヴォナは手に口を突っ込んで言葉を止めた。なんなんだよ……まあ聞かれたくないことなんだろうが……。


「まあ……別に住民がどういう活動をしていようが、周りに迷惑をかけないなら気にしないから」

「はい……反省しております……」


 ルーヴォナは耳を垂らしてしょんぼりとする。


「はぁ……清楚なお嬢様のイメージをやってきたのに……今日一日で全部パァで……うぅ。あ、いや! 今からアーカイブを消せば!?」

「もう切り抜きが投稿されてる」

「駄目だぁ~!」


 ガウがスマホの画面を見せると、ルーヴォナは崩れ落ちる。


「う、うう……! 趣味で始めたVTuber活動……騒ぎすぎて親に家から追い出され……それなら収益化してVTuberで生きていくと決めたのに、スタートからつまづいてしまった……ふ、ふへっ……つ、詰みぃ……」

「八王子出身だとバレたのがそんなにダメなのか」

「イメージじゃないでしょぉぉ……? 都会指数ゼロのE組じゃあ台無しですよぉ……」


 ……うん。そうだな。高尾山から来てるやつらのせいで認識がおかしいわ。アルエン様は赤坂とか青山にいらっしゃる感じだわ。


「うっ……うぅ……これから自分、どうしたら……このまま八王子市民とバカにされてVTuber活動なんてぇ……ふ、へ……もうおしまいだぁ……」

「そんなことはない」


 キリッ、と。ガウが眼鏡に片手を添えて断言する。


「まだここから逆転の目はある」

「ほ、本当でっ?」

「私にプロデュースを任せてくれれば、完璧」

「それはっ、おう、ふへっ、ぜ、ぜひぃ、お願いしますぅぅ……!」


 ルーヴォナは土下座する。ガウは得意満面そうだが……。


「安請け合いしてないか? 大丈夫か?」


 何にせよ、ルーヴォナが収入を得てくれないと、俺に家賃として還元されないんだが。


「大丈夫。任せて、しじ兄さん。案はある」


 ガウは、しっかりと頷いた。


「この状況を、逆手に取る」



 ◇ ◇ ◇



 それから――ルーヴォナ、いや、アルエン様は『都会憧れエセお嬢様系VTuber』として再出発した。


 活動再開と同時に投稿した「【歌ってみた】太陽おどり 新八王子音頭」の動画は、そのやたらと高い歌唱力から大ヒットし、アルエン様の登録者数もうなぎ上りになったとか。


 ……なんで伝聞系かって? まあアルエン様の配信を見なくなったからだが。ほら……あんまり住民のプライバシーに踏み込むのはさ?


 それにさ。


 薄い本が使いづらくなるじゃん? ……な?

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