表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/18

エルフは映画

 ここは東京都八王子市の外れ、こじゃれたアパート「しじむら荘」。


 大家たる俺は、学生とも一般の社会人とも違うスケジュールで一週間を過ごしている……と思われがちだ。もちろん、そういう面もある。内覧の予約とかは土日に入りやすいしな。

 しかし他の作業だってある。アパートのリフォーム作業はまあまあ騒音が出るので、人がいない間にやる必要があり、そうすると平日の昼間ぐらいしかやる時間がない。


 何が言いたいかというと、週末はなるべく寝ていたい。


 ──のだが、今俺は眠い目をこすりながら玄関に立っている。


「……朝から揃って何の用だ?」

「しじ兄さん」


 先頭に立っている、大きなキャスケット帽をかぶった紫髪の少女、ガウが俺を見上げて言う。


「映画館に連れて行ってほしい」


 ◇ ◇ ◇


「……いや、行けばいいだろ、映画館ぐらい」


 俺は眠いのだ。


「しじ兄さんは分かってない」

「何がだよ」

「八王子に、映画館はない」


 ………。


「……南大沢にあるだろ」

「あれは実質、多摩か相模原。八王子じゃない」

「いや八王子は八王子だろ……言わんとすることは分かるけどさ」


 いわゆる八王子駅を中心にした中心地域に、実は映画館は一つもない。八王子は広い面積にも関わらず、南大沢という端っこにある街にしか映画館はないのだ。


「いや、京王線使えばいいだろ。聖蹟桜ヶ丘とか調布とか、それこそ新宿まで出るとか」

「私は中央線ユーザー。京王線はティヌーとエキルしか使ってない」


 ガウの後ろにいた金髪黒ギャルのティヌーと、黒髪清楚ギャルのエキルがペコリとお辞儀する。今日は制服じゃないから……露出の高くないギャルだな。なんで制服があんなで私服がこれなんだ。


「あと、せいせきシネサイトは閉館した」

「マジかよ」


 知らなかった。


「ニュー八王子シネマが閉館したのは知ってたが……」

「あれは悲しい出来事。愛用していた」


 ニューと言いながらかなり古かったし、仕方ない。


「とにかく。路線が違うと、定期で行けない。だから、しじ兄さんの車で行こう」

「……まあ、お前ら学生だから、懐事情が寂しいのは分かるけどよ」


 ガウは大学生。ティヌーとエキルはJKだ。


「俺は土日だからって暇なわけじゃないんだよ。内覧の対応とかするし」

「別にいいじゃない。どーせ、予約は入ってないんでしょ?」

「ウッ……」


 あくびしながら言ったのは、ぼさぼさ金髪の駄エルフ、ミステル。就職浪人(だいがくせい)だ。


「た、確かにまだ入ってないが……急に! 来るかもしれないだろ!」

「そんな休日に『今から内覧行きます』なんて非常識な人、お断りすればいいじゃない」

「休日に車を出せって言う方もどっこいだよな!?」


 俺はお雇い運転手じゃないんだが?


「なあ、やっぱりわりィよ、やめとこうぜ」

「そうですよ。私たちのことはお構いなく……」


 俺とミステルがにらみ合っていると、ティヌーとエキルがそう言いだした。


「ん? 二人がどうかしたのか?」

「あ、その……映画を見に行こう、って話を出したのは私たちなんですけど……」

「オレとエーちゃんで、見たい映画が違ってさ。定期の範囲内だと一緒にやってる映画館がなくて」

「ああ、そうなのか……ちなみに何の映画で割れてんの?」


 ティヌーとエキルは顔を見合わせた。……? 何黙ってんだ?


「……えと、その……しんちゃん……」

「ドラえもん……」


 ──JKが、クレしんと、ドラえもん。


「──わかった。わかった、車を出してやる。出してやるから気にするな、な?」

「そうよ、デリカシーのないこいつが悪いのよ」

「お前は遠慮をしろよな!?」


 赤面する二人のかわいらしさに比べたら、この駄エルフはさあ。


「たく……んじゃ、なんだ、今からか? 橋本でいいんだな? それとも南大沢か?」

「どっちも違う」


 ガウは首を振る。


「は? 車で行ける範囲だとそれぐらいしかないぞ?」

「もう一つある」


 スマホを突きつけてくる。


「イオンシネマ日の出」

「……日の出か」


 八王子の北、西多摩にある町だ。ここからだとスムーズに行って30分ぐらいか?


「ここしか、みんなが見たい映画をそろってやっていない」

「……まあ行けないことはないからいいが……俺、あんま日の出って行ったことないぞ」

「Googleがナビしてくれる。大丈夫」


 便利になったもんだよな。ちなみに俺の車にナビは積んでない。……地元しか走らないし。


「わかったわかった。山越え川越え行ってやろうじゃねーか。で、何時出発?」

「しんちゃんが40分後。この一本を逃すと、もうない」

「ギリギリじゃねーかよ乗れ!」


 アパートの敷地内に置いている俺の車を急いで引っ張り出す。助手席にガウを突っ込み、ミステル、ティヌー、エキルを後部座席に乗せて出発!


「わりィな、オーさん」

「乗りかかった船だし、気にすんな。ガウ、ルートは?」

「こうなってる」

「そこ圏央道じゃねーか、有料道路は勘弁してくれ」

「じゃあ、こう」

「走ったことない道だな……まあいいか、行くぞ!」


 車を飛ばす。飛ばして……え、ん?


「え、これここ曲がるのか?」

「ナビはそう言ってる」

「知らない道なんでしょ、従っていきなさいよ」

「え、いやいやでも……ええ、行くけどさ。え、何これ? いいのここ? これ走っていいのか!? めっちゃ農地じゃねーか! え、狭! は!? 対向車!? え、これ人んちじゃないの!? 怖! めっちゃ見られてるんだけど!? 騙したなGoogle! 俺を騙したなァ!?」


 死ぬほど神経を使う道を走らされて。


 ……それでも、なんとかしんちゃんの開演時間には間に合った。巨大なショッピングモール、イオンモール日の出。


「もう嫌だ……あのルートは絶対使わねぇ……」

「お、お疲れ様です……」

「ワリィな、オーさん……」

「いや、いいって。いいから行ってきな」


 ぺこぺこと頭を下げながら映画館に向かうJKに手を振る。


「はぁ……」

「しじ兄さん。しじ兄さんは何を見る?」

「……まあ、せっかく来たし何か見てくか……お前らは何見るんだ?」

「私はこれ」


 ホラーかよ。ヤダよ俺、苦手だもん。


「ミステル、お前は?」


 そ~っと、黙って券を買いに行こうとしていたミステルが、びくりと反応する。


「べ、別にあたしが何見たっていいでしょ!」

「そりゃそうだが、別に教えてくれたっていいだろ。参考にしたいし」


 ミステルは──こちらに背を向けたまま、ぷるぷると震える腕を伸ばしてひとつのポスターを指した。


「……アレ」

「……そうか」


 バリバリの恋愛モノじゃねーか、とか、似合わねーな、とかそう言って煽るのはなんだか気の毒になった。無言でいると、ミステルは「フンッ」とか言ってずんずんとチケット売り場に進んで行った。


「……じゃあ、俺もドラえもんにしようかな。リメイクのやつ見たことないし。一緒に行ってもいいか?」

「あ、もちろんです。あの、ポップコーン大きいの頼んでもいいですか? ハーフ&ハーフにしたいんですけど、一人じゃ食べきれなくて……」

「ああ、あるよなそういうの。いいぞ」


 久しぶりに見たドラえもんは、疲れた心と体にだいぶ染みたとだけ記しておく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ