エルフはミナミノーゼ
ここは東京都八王子市の外れ、こじゃれたアパート「しじむら荘」。
爺ちゃんの遺産で譲り受けたボロアパートを、この手で若者向けにリフォームしたんだから、こじゃれているのは間違いない。
現に空き部屋は残り3つ。これが埋まれば大きく黒字になって、不労所得によるスローライフが成立する見通しだ。
部屋が埋まり、収入が増える。これぞ大家の醍醐味──
「あたし、ミナミノーゼになりたい」
「──は?」
金髪の駄エルフが、けぷ、と恥ずかしげもなくゲップをし、腹をさすりながら何か言った。
「……な、何だって?」
「え? だから、ミナミノーゼになりたいって」
「あ、いいわねー」
ミナミノーゼ。
それは──八王子市で最も新しい街、『みなみ野シティ』に住む住民たちを、あこがれを持って呼ぶ名称。あのおしゃれで割と地価も高くて便利な街──
「……ゆ、許さん! ミナミノーゼになるなんて許さんぞ!」
「は? 急に何よ?」
「大家くん?」
立ち上がって言うと、ミステルとナナエルさんが見上げてくる。目が冷たい。だが、引くわけにはいかない。
「だって、引っ越しするってことだろ!? そんなの認められるか!」
2人も店子に抜けられたら、収入がヤバい!
「………」
二人は顔を見合わせると──なぜか急にゲラゲラと笑い出した。
「あっはっは、何よ、必死になっちゃって」
「大家くん、そんなにわたしたちと一緒に住みたいんだ~?」
「なッ……は、はぁ~? そんなんじゃねーし!」
「だってあんた必死な顔して、ックフフフ」
二人はまた笑いだす。ていくか机をバンバン叩くな、食器が落ちる。
「べ~つ~に、あんたが心配してるようなことじゃないわよ。引っ越しなんて面倒くさいし、そもそも他のところは家賃が高いじゃない」
「うんうん~。ここじゃないと家計が回らないわよね~」
「だ、だってお前ら、ミナミノーゼになりたいって……」
「だーかーらー」
ミステルはバカにしたように手のひらをヒラヒラと振る。
「なんか、そういうオシャレ? 憧れ? みたいな呼ばれ方をしたいわよね、って意味よ」
「ミナミノーゼ、格好いいよね~」
……そ、そう、なのか。ふん。
「ミナミノーゼねえ。あの呼び方は、不動産会社が流行らせた感じがあるけどな」
「そうなの?」
「不動産会社の看板で流行ったんだよ。つーかそれまで聞いたことねえし。30年ぐらい前までほぼ山だったらしいぞ」
駅前の不動産屋の婆ちゃんとか、田舎って呼んでたし。
「ま、ブランド化したわけだよな。ミナミノーゼって名前を付けて」
「あ、それよそれ」
「ん?」
「ないならつければいいのよ、名前」
ミステルはドン、と胸を叩いてドヤ顔をした。
「ブランドになりましょ!」
◇ ◇ ◇
「第一回! しじむら荘をブランドにしよう選手権~!」
青空の下、ミステルがコールし、アパートの前の空き地に集まった住民たちは拍手する。
「なんなんだこれは……」
「はいはい、説明するわよ~、ちゃんと聞いてね」
俺の呟きを無視してミステルが進行する。
「このアパートの入居者がなかなか増えないのは、きっとミナミノーゼ、みたいなブランドがないからなのよ。というわけで、赤字に苦しんでいるこいつのために、あたしたちで広告メッセージを考えてあげようって話よ!」
「頼んでないんだが……」
「採用者には、こいつから金一封!」
「出ねえよ!?」
「なんでよ、出しなさいよ!? わざわざ考えてあげるのよ!?」
こ、こいつぅ……。
「……その広告で入居を決めた、って人物が出てきたら、敷金から何割か出してもいい。インセンティブってやつだ」
「聞いたわねみんな! がっぽりもぎとってやりましょ!」
オオーッ、と住民たちが手を上げる。……そんな簡単にできるもんかとは思うが……まあ本当に入居者が来るなら、宣伝費だと割り切ればいいか。
「それじゃあ、あたしから行くわよ」
俺の部屋の隣に住む、金髪の女。ミステルがいつの間にか用意されていたフリップに書き込んで、それを見せる。
「『素敵なエルフの住む家、しじむら荘』」
「却下却下却下却下!」
「えぇー。なんでよ?」
「なんでよ、じゃなくて!」
なんで! 言うの!
「エルフが住む、なんてアピールする必要、ないだろ!」
ミステルは、エルフである。
高尾山から来た、らしい。
そしてこの場にいる女性は──全員、エルフだった。耳が長いので、誰が見てもエルフだ。
「えー、でも安心しない?」
「頭がおかしいと思われるだろうが!」
エルフはおとぎ話、創作の中の生き物だ。ネットで検索しても、図書館で調べてもそう書かれている。
……なんでか、ここに7人もいるけれども。とにかく、公的にエルフが認められているという形跡は、今のところ見つけられていない。なのにエルフアピールしたら、『頭おかしいのかな?』としか思われないだろうが。
「だいたい俺は別にエルフだけを住まわせたいわけじゃない!」
こうなったのはたまたまなんだ。常識的で家賃を滞納しない住人が増えてくれれば、それでいいんだ。
「文句ばっかりよねー。まあいいわ、じゃ、次、ナナエルさん」
「はぁ~い」
ふわふわした桃色の髪。外だからいつもの下着姿ではなく、なんか露出の高い服を着たエルフのお姉さんが、ゆさっと胸を揺らしながら手を上げ、フリップを見せる。
「『大家くんがやさしいアパート。頼っちゃお♥』」
「なんか微妙に俺の立場が危うくなってませんか?」
めちゃくちゃ無理難題を押し付けられそう。そんなずうずうしい住人が来ても困る。
「つーかブランドはどうしたんだよ、ブランドは……」
「しじ兄さん、任せて」
親指を立てて。大きなキャスケット帽をかぶった紫髪の小柄な、そして完璧なエルフ胸をした少女──ガウが前に出てフリップを回す。
「『シジミノーゼになりた~い』」
「パクリじゃねーか! 嫌だよシジミノーゼって、シジミ汁か何かかよ!」
「しじむら荘自体がダサいから、これが限界」
「うるせーよ爺ちゃんのセンスだよ!」
遺言で、アパート名の改名だけは許されなかったんだよな。別にこだわってなかったからいいんだけど。
「はいはい!」
次に出てきたのは、スポーティな恰好をした赤髪の元気エルフ娘。カラニアが、フリップを回す。
「『ボクと一緒に住もう?』、どう、オーヤ?」
「お前の同居人を探す話じゃないぞ」
「オーヤがボクと一緒に住んだら、ボクの家賃かからないんじゃないかな? って最近気づいたんだけど」
「折半どころか全部俺持ちかよ!? 収入が減るから却下だ却下!」
入居者を増やして不労収入を増やしたいんだよ!
「ワガママねぇ。じゃ、次、アイシエルさん」
「は、はい。がんばって考えてきました」
ふわり、と。長い緑色の髪をなびかせて、エプロン姿のエルフが前に出る。可憐だ。そして愛らしい。だが──
「私が考えてきたのは、こちらです」
フリップを回す。
「『勇者様と大家様が守るアパート』……どうでしょう?」
照れたような困ったような笑顔。守りたい。だが──人妻だ。勇者様、とは、アイシエルさんの夫のことだ。今ここにはいない。ちなみに勇者はエルフじゃない。人間だ。羨ましすぎる。
「……安心感はありますね」
アイシエルさんはパッと顔を輝かせる。素敵だ。しかし、勇者様なんてのはエルフとどっこいでヤバいやつ扱いされるだろうな。ていうか勇者様が先なんだよな……うん……夫だし当然だよな……。
「じゃ、オレたちが最後だな!」
「ですね」
黒と白。黒い肌に金髪ショートのエルフ娘と、黒い髪を前髪ぱっつんショートにした清楚なエルフ娘が前に出てくる。名前はティヌーとエキル。学校上がりだから、制服姿だ。そして制服がめちゃくちゃミニでヤバい。なぜ下着が見えないのか不思議だ。いや、別に見ないが!?
「私たちが考えてきたのは……」
「コレだ!」
フリップがひっくり返される。
「『みんないいひと。住もう、素敵なしじむら荘』」
「うッ……」
「え、ど、どうした? ナンかダメだったか?」
「オーさん、泣いて……?」
「ち、ちがわァ」
ストレートにさぁ、いいこと書くからさぁ! ほんと二人とも見た目はビッチなのに真面目でいい子なのよな……お兄さん、学校で誤解されていないか心配だよ……ていうかそういう服着るのやめない? ──とは、言い出せない俺であった。だって見た目ビッチでちょっと怖いから。
「はい、はい優勝! ティヌーとエキルのペアのを採用! 以上、終わり!」
「ええー! なんでよ、あたしのも似たようなもんじゃない!?」
「大違いだろうが!?」
「素敵な、ってつけたじゃないの」
「アパートの方にかかってないだろ!?」
ミステルがブーたれるが、知ったことか。
「よし、ティヌー、エキル。お前たちの広告を見た、という入居者が出たら、ちゃんと分け前をやるからな」
「あ、いえ……それは、大丈夫です。ねえ、ティーちゃん」
「ああ。ま、オーさんには普段から世話になってっしさ。これぐらいの協力どってことねーよ」
「マジ天使!」
ダメだわ涙が抑えられない。ゴシゴシと腕で拭う。
「これだよ! お前らもこの二人を見習ってだなあ!」
俺は涙を払って振り返り──
「あーあ、ダメか~」
「残念ね~」
「お腹すいたー! なんか食べない?」
「肉がいい」
──ぞろぞろとアパートに引き返していく4人の背中に打ちのめされて固まった。
ティヌーとエキルが、そんな俺にお辞儀をしてアパートに向かい、最後にアイシエルさんがペコペコとお辞儀をしながら部屋に戻って……。
「……次の入居者は、人間だといいな……」
呟きが、空き地の風に運ばれて消えていくのだった。