エルフは回す
ここは東京都八王子市の外れ、こじゃれたアパート「しじむら荘」。
──から、少し離れた場所にある寂れたコインランドリーだ。
夏だというのに雨が数日続き、さすがに男の一人暮らしでも洗濯物がたまってしまった。
洗濯機は自前のがあるが、さすがに乾燥機までは買えない。
そんなとき出番になるのが、ここだ。
アパートから近いし、空いているのがいい。車を出せばもう少し安いところはあるのだが──
とにかく、今日はここがよかった。
誰もいない店内で、ひとつしかないベンチを独占する。
雨音をBGMに、スマホを取り出して時間つぶしを──
「ゲッ」
自動ドアが開いたとたん、開けた人物は口をひん曲げた。
涼やかな声音で汚い発音──聞き間違えるはずもない。
うちのアパートの住人、ミステル。高尾山から来たとのたまう駄エルフだ。
「なによ、あんたも洗濯? 洗うほど服あるの?」
「うるせーな、あるんだよ」
「フーン。まあいいけど……ちょっと、こっち見ないでよね! 変態!」
「見てねえよ」
抱えている洗濯籠から乾燥機に中身を移しつつ俺を批判するミステルに、俺は強く主張した。
「そもそも、服とか下着とか、ただの布だろ。布に興奮するヤツの気が知れないな」
実家住まいの頃から家事は一通りやっている。もちろん、女物の下着だって洗濯した。
よって見慣れているし、見たからといってドキドキしたりはしない。
世界で一番、下着泥棒の気持ちの分からない男だと自負している。
「……ああ、そう」
なのになぜ、引き気味に反応されなければいけないのか。
乾燥機のスイッチを入れたミステルは、ベンチの端のほうに座る。
「ここまで来るのも面倒なのよね。アパートに共用設備で乾燥機置いてくれない?」
「この機械高いんだよ」
検討したことはある。初期投資にかかる金額はめまいがするレベルだった。
正直アパート外の人間にも使わせないと回収できないだろうし、そうなると治安の問題も出てくる。もろもろ考えた結果、そこまで優先度は高くない──ということで断念した。
「そうなの? 家電売り場で見たときはそこまでじゃなかったと思うけど」
「業務用だからな。桁が違う。つーか、そこまでじゃないなら自分で買え」
「イヤよ、そんな余裕ないし」
「俺もだよ」
沈黙が訪れ、雨音が大きくなる。
──やがて、乾燥機がピーピーと音を立てた。
「あんたの終わったみたいよ」
「……そうだな」
「出さないの?」
「いや、今……いいとこなんだ」
俺はスマホから目を離さない。
「ああ、ゲーム? ガウとやってるやつ?」
「そうだ」
俺はスマホから目を離さない。
ミステルも、特に何も言わずに自分のスマホに目を戻した。
雨音が大きくなり──さらに大きくなる。
「ちょっと」
「……なんだよ?」
「なんだよじゃないわよ、お客さん来たじゃない」
来たな。扉が開いて、籠を抱えたおばさんが一人入ってきた。
「それがなにか?」
「ハァ? なにか? じゃないわよ、さっさと開けてきなさいよ、あんたの。他は全部埋まってるんだから。困ってるじゃない」
確かに、乾燥機は全て埋まっていた。
「止まってるヤツは他にもあるだろ。止まってるのは開けて出していいルールになってるんだから、俺のところをやらなくたって……今、手が離せないし……」
「何言ってんのよ。すいません、今開けますから!」
「ウッ」
ミステルはおせっかいにも手を上げて立ち上がり、こっそり俺の足を蹴った。
「ほらっ、はやくしなさいよ! 後ろがつかえてんのよ!」
「う、ぐぐ」
「あーもう。どこ? それ? これ? これね。開けるわよ」
「あ、ちょ」
ガチャリ
乾燥機の扉が開き、顔を突っ込んだミステルは──能面のような表情でこちらを振り向いた。
「なにこれ」
「いや──」
俺は──何も悪くない。だから、説明すれば、わかってもらえるはずだ。
「ランドリーに行こうと思ったら、ナナエルさんと鉢合わせして、金は半分出すから一緒に回してくれって」
「ヘェ──」
「ばっ、こ、断ったし! 金は自分持ちで二つ回そうと──でも空きがなくて、他に人が来たら──しかたなく──」
ミステルはにこりと笑った。
表情だけは。
「下着に興味はない、んじゃなかったっけ?」
「お、おお」
「じゃあなんで動揺してるのかしら? 人に見つからないようにするのかしら?」
ソレハ。
ダッテ、アンナ下着、実家ジャミナカッタカラ──
◇ ◇ ◇
ナナエルさんの洗濯物は、ミステルに回収されていった。
俺と俺の洗濯物は──心に突き立った棘が抜けるまで、ランドリーの隅で丸くなっていた。