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エルフの年輪

 ここは東京都八王子市の外れ、こじゃれたアパート「しじむら荘」。


 道路から一番離れた一階の角部屋が、管理人室こと俺の住まいだ。

 角部屋だからと言って、別にいいものでもない。試作でリフォームした第一号室だからアラが目立つし、上の部屋には一番騒々しいやつが住んでいる。

 だがそのドタバタ主は朝早くからドタバタ出勤していったので、俺は優雅な二度寝を決め込むことができ──


「ナナエルさん! ちょっと! 起きて!!」


 なかった。

 隣に住むがさつエルフの怒鳴り声で、俺はすっかり目を覚まされる。


「ねえ! いるんでしょ! 起きてよ!!」


 じいちゃんの代からの建物だ。耐震診断には通っているが、防音性はそれほどない。

 いちおう気にしてリフォームはしているんだが、これ以上どうにかしようとすると間取りが狭くなるのであきらめた。

 そもそも、大声を出さなきゃそんなに問題はないのだ。


「お願いだから、ねえ、起きて!」


 ドンドコ壁を叩いたり、怒鳴ったりしなければ。


 ……しばらくして、ようやく静かになったと思ったら、今度は電話を始めたらしい。


「あ、カーラ? 今起きてる? 下に来てくれない──え、仕事場? あ、ううん、ならいいのよ、ごめんね」

「ガウ? あなた今どこにいるの? ──ああ、大学……。そうよね、ううん、なんでもないから」

「アイシエルさん、朝早くにすみません。ちょっと部屋まで来ていただけ──あ、いえ、そんな! 水を差してしまってすいません。大丈夫ですから! 旅行、楽しんでください」

「エキル? ちょっと部屋まで来て欲しいんだけど、いまどこに──そう、朝早くから関心ね。ううん、大したことないから、勉強がんばってね。大丈夫大丈夫! ほんとに大したことないから! じゃあね」


 沈黙。鳥の声が聞こえる。静かだ──


 ドスンドスン!


 俺の部屋の壁が叩かれる。


「いるでしょ」


 ドスの聞いた声。とてもエルフらしくない声だ。


「いるのはわかってるんだから」

「……なんだよ、いったい」


 俺はあきらめて返答した。どうせ答えなきゃ乗り込んでくるだろうし。


「ナナエルさん起こしてきて。今、すぐに」

「わーったよ」


 俺は仕方なくいとしのお布団に別れを告げると、ナナエルさんの部屋に向かった。


 ──そしてすぐ、ミステルの部屋の玄関扉に戻る。


「いなかったぞ」

「嘘」

「ほんとだって。聞いてただろ。鍵もかかってるし」


 いるときは鍵開けっ放しだしな、あの人。注意してるんだが。


「もういいか? バイト明けだしもう少し寝たいんだが」

「──い」


 扉の向こうから、ギリギリと歯軋りする音が聞こえる。何か言っているようだが、よくわからん。


「──もう、あんたでいい」

「は?」

「ドア開けて、入ってきて。ただし変なことしたら過剰防衛の末に通報するから」

「え、嫌だよ。帰って寝るわ」

「な・ん・で・よ!」


 ドタンバタン、と中であばれる音が聞こえる。


「普通、美少女からこんなこと言われたら、鼻の下を伸ばして入ってくるでしょうが!」

「いや、だって何されるかわかんねーし」


 過剰に防衛されるらしいし。


「──~~ッ! わかった、わかったわよ……穏便にするから」

「いや、でもなあ」


 眠たいし。


「……お願い、助けて欲しいのよ。今はもう、あんたしかいないの」


 まあ、全員出払ってるし、俺しかいないよな。最後の選択肢として。

 とはいえ、こいつから「お願い」をされるなんてめったにないことだ。「助けて」とまで言っているし、相当な事態なのだろう。──もしかしたら、怪我をしているかもしれない。


「しょうがねえな。入るけど、ホントに手荒なマネはするなよ?」


 ◇ ◇ ◇


 ──扉を開けると、そこにはリクルートスーツを着たミステルがいた。

 普段のだらしない格好とは違い、パリッとしている。元が気品のある顔立ちをしているから、なんかデキる秘書のような感じだ。


「……で、なんでケツを押さえてるんだ?」

「……て欲しいのよ」

「は?」


「スカートのファスナーをあげてって言ってんのよ!!」


 ミステルがくるり、と後ろを向く。スカートのファスナーは、道半ばで力尽きていた。

 ──なるほど、これは、女子の助けが欲しいわけだ。


「サイアクよ。面接があるってのに、なんでこんなことに……」

「他のはないのか? ちゃんとしたサイズの着ればいいだろ」

「これがちゃんとしたサイズよ! ぴったりなの!」

「いつ買ったやつだ?」

「……一年ちょっと前」

「つまりその間に太ったと」

「ッ、太ってない! 縮んだのよ、服が! いいから黙って上げて!」


 あんだけ肉肉言って食ってれば太ると思うけどな。

 とにかく、さっさと済ませるに限る。ファスナーをつまんで──って固いなこれ。


「おい、ちょっと腹を引っ込めろよ」

「できたら苦労してないわよ……! ちょっと、なにしてんの?」

「立ったままじゃ力が入らないんだよ」


 膝をついてファスナーの位置を目線と同じにする。


「ぬっ……この……!」

「ちょっと、あんまり乱暴にしないでよ。壊れちゃうじゃない」

「多少強引にいかないと無理だろ、これ……! いいからお前は腹に力込めてろ」

「ふぬぐぐぐ」

「ぐぐぐぐぐ──」


「──ミッちゃんも大家くんも何してるの?」

「うわあああああ!」

「ぐはッ」


 ナナエルさんがひょっこり玄関から顔を出し、ミステルの後ろ回し蹴りが俺の脇に入った。

 ビッ! と音を立ててファスナーが締まり、ミステルはたたらを踏みながら玄関から出て行く。


「じっ、時間無いからもう行くわ! 戸締りしなさいよ! あと、忘れなさい!」

「おま……」


 言うだけ言って、ミステルはヒールの音も高らかに出て行った。

 残されたのは、鈍痛に身動きが取れない俺と、ぽかん、としたナナエルさん。


「ミッちゃん、面接だったんだね~」

「……ナナエルさんは、何を……?」

「終電なくなったから仕事場に泊まってきちゃった。今帰ったトコ」


 車通勤してくれ。


 年季の入ったペーパードライバーに、俺は叶いそうにない願いを込めた。


 ◇ ◇ ◇


 ちなみに、ミステルは面接に落ちた。俺の苦労は何だったんだ。

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