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エルフはエルフを笑う

 光が弾けてキラキラと零れ落ちるかのような金の髪。

 頬に差した朱が薔薇のように咲く、白い肌。

 夏の初めの若葉のような緑の瞳に、涙をたたえて。

 桜色の唇を開いて、彼女は言った。


「『ああ、なんということ。神聖なる森の木々を傷つけるなんて』」


 髪の間から顔を出す、長い耳を震わせ。

 涼やかに、透き通るような声で──


「『エルフではないあなたには分からないのね。悲鳴を上げている木々たちの声が……』……プッ」



「ぶふっ」



「なーッハッハッハッハッハッハ!」

「でゃーはっはっはっはっは!」



 ──神秘的な雰囲気は、下品な笑いの二重奏でかき消えた。


「ないっ、ないわぁ!」


 金の髪の女が、先ほどまでの上品さをかなぐり捨ててゲラゲラ笑う。


「ほんとねー、どこのババァかってかんじねー」


 そしてもう一人──桃色の髪をした女も、口の端からよだれを垂らしながら笑っていた。


「今時ねえ!」

「ねえ、いまどき」

「今時、自然を大事にとか、木を大切にとか、ないわー! 誰が言うってのよ、いっひっひっひ!」


 バンバン、と、金の髪の女が手に持った本を叩く。

 さすがにそれは見過ごせなくて──俺はようやく声をあげた。


「言うんだよ!」


 この世の理不尽にあらがうため──声を張り上げた。


「言うんだよ──エルフってのは、そういうもんだろ!?」



 ………。



「古い」

「前時代的」


 女二人はあきれたように言う。

 その長い耳を、ぴこぴこさせながら。


「だっ──だから、エルフは、自然を大切にして、神秘的で、おとなしくて、清楚で可憐で」


「うっさいわね!」


 ダンッ、と金髪の女がちゃぶ台を叩く。


「エルフのあたしらが言ってるんだから、いい加減認めなさいよね!」

「うっ──」


 そうだ。


 そうなのだ。


 狭いアパートの一室で、小さなちゃぶ台を囲んでいるこの女二人は、人間じゃない。

 ファンタジーによく出てくるアレ──森に住む神秘的な種族、エルフなのだ。


 エルフが俺の部屋で、片やジャージ、片や紫のネグリジェというだらしないやらはしたないやらの格好をして存在している。

 そして先ほどから、俺が隠していた薄い本の批評を勝手に始めたのだ。


「こーんな古臭いこと言うエルフなんて、どこにもいないわよ。現実味がないわね、考察不足じゃない? ていうか、都合よすぎじゃないこの女。どんな猫かぶりよ」


 金髪ジャージのほう──ミステルが鼻を鳴らす。


「うっ、うるせー! ファンタジーなんだから、いいんだよ!」

「でもでもー、この子ムネも小さいし、ステレオタイプすぎなーい?」


 紫下着のほう──ナナエルが本を開いて言う。


「ミッちゃんだってもっとあるし──わたしだったら、ほら」


 ゆさっ……と抱えられた胸に目が──いや、いやいや!


「こッ──この作者さんは古き良き正しいエルフを描いてくれる貴重な人なんだよ! 俺にとっての神なんだツ、批判は許さないッ!」


 エルフという名のまがいものばかりが跳梁跋扈する創作界に差す一条の光を、否定されるわけにはいかない。


「このッ、この本に描かれるようなエルフこそ本物! お前たちなんて、お前たちなんて──」

「あによ、どっからどう見てもエルフでしょうが」

「そうよねー」

「じゃあ言ってみろよ! お前らどっから来たんだ!?」


 ミステルはナナエルと顔を見合わせて──不思議そうに言った。


「前も言ったけど──忘れたの?」

「忘れてねーけどっ! 言えっ! 大家命令だっ!」

「大げさねえ」


 ミステルはなんかバカにしたような目をしたあと──言った。



「高尾山からよ」



「高尾山出身のエルフなんていてたまるかーっ!!」


 俺は吠えた。

 だっておかしいだろ──高尾山? 東京都心から電車で一本一時間半で到着し、山頂付近までケーブルカーが整備されている、高尾山に?


 ──エルフが?


「いるんだから、いい加減認めなさいよね」

「もぉ四ヶ月ぐらい経ったのにねー」


 こんな──こんな神秘の欠片もない、ずうずうしくてはしたなくて清楚のせの字もない──


「あんまりうるさいと、食わせないわよ、肉」


「あ、はい、すいません」


 俺はおとなしく座った。


「今日はナナエルさんが用意してくれたんだから、ありがたく思いなさいよね」

「なんでお前が威張るんだよ」

「あ? 何か言った?」

「ミステル、ナナエルさん、ありがとうございます!」


 今日はすき焼きだった。

 しばらくまともな飯を食ってない男子にとって、これ以上の抑止力はなかった。


「うーん、肉の煮えるいい匂い」

「ねー、わたし赤身好きだなー」


 エルフたちがエルフらしくないことを言っているが、俺は黙って耐えた。すき焼きのために。


 ──ここは東京都八王子市の外れ。こじゃれたアパート「しじむら荘」。

 爺ちゃんの遺産で引き継いだこのアパートで、大家業を始めて一年と少し。


 自分の手でリフォームを重ね、広告を出し、ようやくこの春入居した初めての客。


 それは──高尾山からやってきたエルフだった。

ナナエルさんの髪色をピンクに訂正。

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