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 美しい森は、薄暗くどんよりとした重い影に覆われていた。鮮やかな色彩を持つであろう木々も、花も、暗雲が落とす影でくすんで見えた。

 同様に、私の記憶も黒い影に覆われているかのように思える。思い出そうにも、おぼろげな影に覆われて見えてこないのだ。

 かれこれ小一時間ほど立つが、一向に影は薄くならない。それどころか、余計に濃さを増した気さえする。

 「はぁ・・・。」

思わずため息を漏らし、そのままの勢いで、再び草むらに寝転がる。

 少し前、私はこの森のちょうどここで目覚めた。

 目覚めたときはひどいありさまだった。体の節々が悲鳴を上げ、目の前が霞んで見えていた。

 その時に比べれば、頭ははっきりしてきているものの、記憶は不明瞭のままだ。

 思い出せない。私は誰だ。ここは一体・・・私は・・・。

 起き上がろうとして草むらに手をついた・・・つもりが、ぶにゅっとした何かに手をついた。

 手をついた場所は、半透明のまるでゼリーのような・・・。

 そこまで考えたところで、私の思考は途絶えた。

 黄色いどこか無機質な目が私の目を覗き込んでいた。

 くりっとした目が二度、三度瞬かれる。わー・・・かわいー・・・。

 「きゃあぁぁぁぁぁぁあ!」

状況を理解した私は一目散に駆け出した。ぶにゅぶにゅはしばらくのち、私にならって駆け出し、後を追う。

 藪に足を取られながらも懸命に走り続ける。その半透明のぶにゅぶにゅも、液体のような体のくせにものすごい速度でこちらを追いかけてくる。どうやって動いているのだろう。

 息が上がり、足もふらふらしてきて倒れそうになる私に対し、そのぶにゅぶにゅは全く速度を緩めない。

 ぶにゅぶにゅとの距離が縮まってゆく。

 あと10メートル・・・8メートル・・・5メートル・・・その時、体力が限界に達した私はとうとう藪に足を取られ、そのままの勢いで体を地面にしたたか打ち付けてしまった。

 迫ってくるぶにゅぶにゅが、にたりとほくそえんだ気がした。

 呼吸が乱れて、胸がかっと熱くなり、焼ききれそうなほど痛い。手足に力が入らない。体を打ち付けてしまったからか、息もろくに出来ない。むなしく手が地面をひっかくばかりだ。

 記憶を覆う絶望が私の思考にまで影を落とす。

 目の前がどんどん暗くなり、不気味に笑うぶにゅぶにゅの無機質な目だけが光る。

 -・・・嘘、だよね。このまま死ぬなんて。こんなのは現実じゃないよね。

 自分に言い聞かせる。

 でも、これが現実だ。嘘でもないだろう?

 心の中で、影が答えた。

 ぞっとするノイズのような声に、思考がかき乱されていく。

 影が薄くなり閉ざされていた視界が再び現れ、巨大なぶにゅぶにゅと目が合う。

 お前は、弱いままだ。

 すがる私に、影は容赦なく現実を突きつけた。

 すー・・・と再び影に視界が閉ざされ、全身に冷たい影が落ち・・・。

 刹那、ひゅんっと風を切る音。続いて、触れるほどに迫っていたぶにゅぶにゅの体に大量の矢が突き刺さる。

 ざくっと私の目の前にこぼれ矢が突き刺さり、思わず短く悲鳴をあげる。

 体にこれでもかとばかりに大量の矢が突き刺さったぶにゅぶにゅ。ゆっくりと色が抜けていき、やがて跡形もなく消えてしまった。

 「生きてるか?何やってんだよお前。」

頭上からの声。見上げると、少年が無感情に私を見下ろしていた。

 私と目が合うと、目に何か感情が浮かんだ気がしたが、それが何かは分からなかった。

 体を起こすと、意識がはっきりしてきて、視界の影もすぅっと薄くなった。

 肩にかかった自分の髪・・・私は黒髪の様だ・・・を耳にかけ、改めて少年を見る。

 少年は金髪で、不思議な赤い瞳だった。

 先ほどの矢を射た弓は少年の髪の色と同じ金色で、白い羽がついていた。さながら、天使の弓といったところだ。

 その弓を片手に立つ少年も不思議な雰囲気で、天使ですと言われても素直に信じられそうであった。

 しかし、その容貌とは裏腹に、少年の放った矢はぶにゅぶにゅを瞬殺できるほどの破壊力を秘めていた。

 服装は、その弓や容貌の色の明るさに対し、見事なほどの黒ずくめ。黒い装束に裏地の赤い黒マント。

 この薄暗い森の中では、どこか浮いているように見えた。

 「何やってんだよ。」

「えっ・・・あっ。」

少年は私の答えを待っていたらしい。一向に応えない私に苛立ちを覚えたらしく、私を睨み付けた。

 「・・・追われていました。助けていただきありがとうございました。」

私がそう言うと、少年はため息をついて何かを言いかけた。しかし、それを言葉にすることなく黙り込む。

 沈黙が流れる。

 「えと・・・見ず知らずの私を助けていただきありがとうございました。貴方は命の恩人です。・・・じゃ、じゃあ・・・私はこれで失礼しますね」

沈黙に耐えかねて、私がそう言うと、少年はあからさまに驚いた。

 その様子に私の方が驚いてしまった。

 少年は先ほどの無表情っぷりからは打って変わって目に見えるほど動揺していて、何かを言おうとしているがうまく言葉にならないらしい。そのまま固まってしまった。

 何故だろう。私は何かおかしいことを言っただろうか。

 考えてみても、見当もつかなかった。

 またしばらくの沈黙。

 「えと、失礼します。」

再び沈黙を破ったのは私だった。そして、くるりと踵を返して歩き出した。

 「?・・・ど、どこ行くんだ?」

まだ驚きが冷めていないらしく、少年は詰まりながら私を呼び止めた。

 ・・・言われてみれば、どこかに行く当てもないのだった。

 立ち止まって少し考える。

 「・・・近くの村・・・に行きます。」

村などに行けば、私が誰か知っている人がいるかもしれない。そう考えて答えると、落ち着きを取り戻した少年が一言。

「村はあっちだ。」

指さされた方角を見ると、確かに村らしきものが少し先に見えていた。

 ・・・本当だ。思いっきり間違えてしまった・・・。恥ずかしさに顔を赤くしながらも、指さされた方角に向かって歩き出す。

 すたすたと少年の横を通り過ぎる。すれ違いざま、ちらっと少年の表情をうかがったが、顔を伏せられ、表情はよく読み取れなかった。

 この人は私を助けてくれたのだから、いい人には違いないが・・・なんか変な人だ。私も危うく矢で射られるところだったし。

 「おい待てよ。」

と、またもや呼び止められる。声はやはり少年のものだった。

 私が振り返ると、少年がいぶかしげに腕を組んでいるのが見えた。

 少しの間をあけて、少年は無言で町の方まで歩き出す。

 私とすれ違いざま、目が合った。

 私も少年について歩き出す。

 ・・・なんか一緒に行く感じになってる。

 この人はいい人だけど・・・やっぱり変な人なのかもしれない。


 

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