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魔王城 H

カルマが城の正門で待っていると、弓やら短刀を持った子鬼の一団に囲まれた。


「さて、行くか」

「おおぅ!」


一斉に返事があり、カルマは手綱をうつ。

二人の頭の無い馬がゆっくり歩きだす。城の中の道は多少舗装されているが、城門をくぐった先は獣道に近い荒れた道路が続いている。


城門で見張りをしていた『半獣』の犬頭とトカゲ頭の二人に敬礼をして脇を通り過ぎる。

目の前にあるのはボロボロの城門だった。


戦争なんかなくても、形あるものはいつか崩れゆく。ろくに整備もしていない城門はツタ植物に絡みつかれ、風雨に晒され続けて、そのあちこちにヒビが入っていた。


下をくぐる時にカルマが上を見上げるのは天井が落ちてこないことを祈る意味合いが大きかった。


そんな城門に差し掛かった時、ふと首筋に悪寒が走った。

背筋に氷でも滑り込まされたかのような感覚。身の毛のよだつ程の怖気が全身を駆け巡った。


「ひっ!」


一瞬だけ自分の呼吸が止まった。心臓を鷲掴みにされたように胸が一際大きく跳ねる。


殺気や魔障などに疎い俺にもわかる。


明確な殺意と圧倒的恐怖。全身から一気に冷や汗が噴き出ていた。


振り返る。


城の正面。


一番高い塔の上に黒い影が見えた。


「・・・・・・・ったく」


カルマは安堵の息を吐き出した。

カルマの視線の先には魔王様がたたずんでいた。

その不機嫌そうな表情がここからでもよく見える。


「見送るならもう少しなんかあんだろ。殺気で人を振り向かせるか普通」


こぼれ落ちた独り言がため息の中に掻き消える。

大きな声を出したり、手を振ったりしろとは言わない。はしたない行動をするには矜持が邪魔というのはわかっている。


だからといって他に手段がないわけじゃあるましい。


カルマはここから全力で文句を言ってやりたかった。だが、それと同時にどことなく安堵感が広がっているのもまた事実であった。

あんなマリーでも魔王は魔王だ。

その彼女に見送られるのは神様の言葉や神官の祝福なんかより、よっぽど安心感があった。


「・・・・・・・」


ずっとカルマを見ているマリー。その視線は目尻に随分と力が入っている。

この視線がカルマの心臓を一気に冷やしたのだ。彼の胸の奥ではさっきから強い拍動が続いている。


激しい胸の高鳴りと、締め付けられるような痛み。ともすれば恋心のような言葉になってしまうが、生憎とそこにあるのは殺意への恐怖だけだった。


しかし、いつまで睨み付け続ける気だろうか。


カルマは彼女なら眼力だけで自分の心臓ぐらい軽く潰せると思っていた。何かの拍子にこのまま壊されてはたまらない。カルマは仕方なしと、片手をあげて軽く手を振った。


それを見たマリーの手が一瞬上がってピタリと止まる。そしてその手で髪を払い尊大なポーズへと変わった。


手を振り返そうとして止めて、そのままごまかしたのだ。


「・・・・ガキか、あの魔王は」


最後の最後までどうにも締まらない。殺気で人を振り向かせるのはまあいいとしても、魔王としての態度を貫き通せていない。


「どうかしたか、カルマ」


振り返ったまま荷馬車を止またカルマを案じて、ボルドーが声をかけてきた。


「なんでもねぇよ」

 

カルマは仄かに頬をほころばせながら前を向いた。その途端、胸を締め付けていたような力が霧散する。


とんでもない餞別だった。


でも、それが自分にだけ与えられたと思うと、やはり嬉しいものがあった。

カルマはちょっとした優越感に浸りながら、城を後にした。


城門を抜けると道は土と砂利のものに変わる。道の左右には畑が並んでいた。森を切り開き、土を耕して作った畑だ。今はまだ作業している者はいない。収穫も終わり、掘り返された土のみが残る畑。

この城の主食であるライ麦はそろそろ種まきの季節だ。


城の中で何人が協力してくれるのかを考えると、またカルマの気が重くなってくる。


カルマは溜息をなんとか飲み込む。畑の景色が過ぎると馬車はすぐに森に入った。木々が立ち並ぶ深い森。砂利道は終わり、草が踏み固められただけの獣道に変わる。馬車の乗り心地と速度が格段に低下した。


こんな森の奥まで道を辿ってくる連中などいない。だからこそ、この道は人の足で踏み固められることもなく、平然と自然が浸食して、下草が生え放題になっている。定期的に誰かが来てくれれば、ここはもう少しまともな道であっただろう。


例えば、討伐対とか。


カルマの口からため息がまた漏れそうになる。


なんとかそれを押しとどめることには成功したが、子鬼達はカルマの口の中の百万語を聞きつけたのか、注意をしてきた。


「カルマ、あんまり音たてるなよ」

「こっから先は特にな!」


首なしの馬に襲いかかってくるような無謀な生物はそういないはずだ。

それはカルマも知っている。


だが、それでもこの近辺では少々やっかいな生き物がいた。


「狼達と最近険悪なんだ。俺らから離れんなよ!」


例え魔物に属する子鬼達にも勝てない野生生物は当然存在する。

筋肉量だけなら大鬼に匹敵するグリズリー。滅多に姿を見ないが、凶悪な存在であるトラなどがそれにあたる。


その中でも、森という狩場を共有している狼達はその中でも最たる存在だった。


この森を縄張りとしている狼の一団と子鬼達は獲物を取り合い、縄張りをめぐって長年戦っていた。ただ、お互い殺すまで戦わないのが、仲良く喧嘩する鉄則らしい。


周囲を警戒する子鬼達を見ながら、カルマの頭には疑問符が浮かんでいた。


「ちょっと前まではお互いの縄張りを守ってたんじゃなかったのか?」

「そんなのは狼達に言え!最近、こっちの縄張りにまで勢力広げてきやがってよ」

「そうなのか・・・」

「カルマ、帰ってくるときは森の入り口で狼煙を焚くのを忘れるなよ。安全な場所まで俺達が迎えに行くからな」


護衛はありがたいが、あんまり村の近くまでこいつらを連れていくわけにもいかない。あの村の猟師もこの森に入っているんだ。誰かにこのゴブリン達と一緒にいられるところを見られるのはカルマとしてはちょっとまずかった。


その後、しばらく会話も無く、荷車の車輪が転がる音と子鬼達の足音だけが森の中に聞こえる。


いやに静かだが、子鬼の集団に囲まれながらの移動ならばこういうものである。

狼の唸り声どころか鳥のさえずりさえ一度も聞くことなく、カルマ達は夜を迎えた。


「よぉし、ここまで来ればいいだろう!」

「俺達は狩りじゃああああ」

「狩りじゃああああ」


血気盛んな子鬼達。


カルマは小さなたき火をつくりながら、森に消えていく子鬼達を見送った。彼らの雄叫びは最初だけ。すぐに彼らの声も気配も音も消えた。


カルマは荷馬車からバイとセルを解放してやる。彼等に頭は無いが、頭は良い。自分の役目を理解しているし、今の状況も理解している。護身用の短剣しかもっていないカルマなんかよりもよっぽど強い。これでも魔族なのだ。


周囲を伺っていた二人はすぐにカルマの傍で膝を折って体を地面に横たえた。つまり、ここは安全だということだ。


カルマはそんな二人の身体を軽く撫でる。


「さて・・・と」

 

ルマは荷物の中から保存食として持たされた燻製肉を取り出した。手にした肉の薄っぺらさに涙を覚えつつ、節約の為に仕方なしと腹の虫を抑え込んだ。

塩を揉み込み、木片を燃やした煙で燻った鹿の燻製肉。

城で冬に向けて作っている保存食の試作品だ。そして、試作品は往々にして失敗しやすい。これもまた、燻す時間を間違えたのか、それとも温度を間違えたのか。手にした肉の表面は焦げたように真っ黒になっていた。

うちの厨房を預かる料理人のアルの料理は美味い。だが、加工は下手だった。本人の腕ではなく、単純に興味がわかないとのこと。料理屋にはなれても肉屋や魚屋にはなれない性質である。


「食べる時に、削れって言われたけど・・・」


例え一欠片でも肉は肉だ。腹の虫を抑える為ならば多少は我慢して喰うべきだ。カルマはこれを持たせてくれた料理人に謝罪をしつつ、そのまま串に突き刺した。

腹の虫を収めるためにも一刻も早く口の中に放り込みたかったが、それをぐっとこらえて串の先をたき火に向けた。


串を石で固定して火で表面を炙って温める。いくら熱しても、干からびた肉が脂ぎった肉に変わることはない。焦げて黒くなった表面がもとに戻ったりもしない。ただ、保存食のように長時間放置していた食い物をそのまま腹に入れてはならないのだ。食い物の表面には目に見えない悪魔が取り付いていて、そいつらが腹で悪さをすると先代はよく言っていた。


魔族を前に悪魔や神を恐れるのも馬鹿らしいが、カルマはそれで二度程痛い目にあっている。厨房でつまみ食いした時と空腹の度が過ぎて道端の山菜を食べた時だ。二回とも腹痛と下痢でやつれ果てて死にかけた。その二回の失敗以降、どんな食い物でもカルマは必ず火を通すようにしている。


適度に炙った燻製肉を炎から取り出し、カルマは串の先の肉を口に入れた。


一気に強烈な塩味が舌を駆け抜ける。頭を殴りつけられたような塩気だ。それは唾液を犯して口の中に広がった。だが、身体が疲れている時はその塩分が壺一杯の水よりも心地いい。

カルマは口の中でもそもそと肉を舐った。すぐには飲み込まず、唾液で柔らかくなるまで口の中を転がす。硬い肉なので、唾液で柔らかくしないと噛み切ることもできないのだ。


村や町に出ればもっと質の良い燻製肉もあるが、生憎とカルマはそんな肉など数える程しか食べたことがない。燻製肉はシチューや葡萄酒なんかに漬けてふやかして食べることも多いが、今回の持ち物にそんな汁物は存在しない。バターやミルクといった乳製品も無しだ。これもまた城の欠如品だった。家畜と呼べるものが鶏しかいない。乳製品が圧倒的に足りないのだ。牛や羊を飼いたいところだが、一頭買う為の値段がうちの城の3年分の食事代だと考えると、手が出る出ない以前の問題だ。


しかも、牛や羊は一頭では乳を出さない。番にして、孕ませてやらないといけない。最低でも二頭。それに家畜の食事代も考えだすと、どれだけの経費がかかるのかは考えたくもない。


一応計算したこともあったが、初期投資で城の3年分の食費より多くなりそうだったので途中でやめてしまった。


借りるという選択肢もあることにはある。


ただ、そういう場合は大概は飼う場所を視察されたり、保証人が必要だったりする。魔王城では土台無理な話だった。

 

結局のところ、すぐに家畜を充実させるのは不可能なのだ。

それに、牛や馬を飼うにあたって我が城にはもう一つの問題がある。


うちの兵士共は体重の半分が肉として食える生き物は全て食卓にあげる為にあると考えている節があるのだ。そんな中に牛や羊を入れれば三日も経たずに全てが骨になり、7日で食い尽くされる様子がありありと浮かんだ。


それに比べて鶏は良い。一匹でも卵を産むし、単価も牛に比べればあまりに安い。

だが、それは比較対象があまりにも高いだけで、決して笑いごとで済まされる安さではない。


「はぁ・・・・・・」


肉一つ食べるだけで随分と考え込んでしまった。

ようやく柔らかくなった肉を噛みちぎって咀嚼する。何度も噛むと腹がふくれる気がするのは人間の特権だ。節約するのにとても役立つ。


粉々になっていった肉を飲み込みながらカルマはまた串に刺さった肉を口の中に突っ込んだ。


音を立てて舐るカルマ。


カルマは口で肉を柔らかくしながら懐を探った。


そして、取り出したのは銀色のナイフと目の細かい布だった。ナイフの柄には精巧な獅子の細工が施されている。銀でできているように見えるがそれは表面だけ。よく言えば鍍金、悪く言えば偽物である。それに、ナイフと言っても人を刺せるものでもなければ、果物を切る為のものでもない。小ぶりで薄く、せいぜい柔らかいパンに切れ込みを入れるか、焼あげた直後で脂のたんまりのった柔らかい牛肉を切ることが関の山だ。ただ、カルマは柔らかいパンも持ってないし、上質な肉もない。今のカルマには使いどころのないナイフだった。


カルマは肉を口に咥えながらそのナイフを磨き始めた。しばらくこすっていると、表面のくすみが取れていく。ナイフが輝きを取り戻し、たき火の炎を反射して輝きだす。


カルマは一度手を止めて、光にかざす。


この輝きは一時的なものである。この金属はくすみやすく、二三日経てばまたこの輝きも消えてしまう。じゃあ何をしてるのかと聞かれたら、カルマは『趣味だ』と返すだろう。


変わった趣向だとは自分でも思うが、こうやって食器を磨いている時間が割と好きなのだ。少しずつくすみが取れて、もとの輝きを取り戻していく様を見るのがたまらない。ナイフの表面に自分の顔が反射した瞬間の達成感に心を躍らせたのも一度や二度ではない。


時間つぶしと使用人達の手伝いを兼ねた趣味。いざとなれば売り払う時に色を付けてもらえるきっかけにすることもできる。まさに一石三鳥である。


カルマは時間をかけて丁寧にナイフを磨き続け、手持ちの食器が全て輝く頃には串にさしていた肉は全てかみ砕いてしまっていた。


カルマは串を口に咥え、自分の今日の磨きっぷりを確かめる。銅鏡程の反射はないが、まぁまぁの及第点である。


「さて・・・と・・・」


腹の虫もひとまず収まり、カルマは大きく伸びをした。

そろそろ俺も寝る準備をするとしよう。

その為には顔の包帯が暑苦しい。カルマの手が自分の後頭部へと伸びた。顔の右側を覆う包帯の結び目を解く。


星の灯りの下、たき火に照らされて、包帯の下からカルマの素顔が現れる。そこにあったのは醜く変色し、焼けただれた歪な顔だった。


皮膚は焦げたように黒ずみ、頬は固く変形したまま動かない。顔全体にミミズがのたくったような膨らみが何本も走っていた。瞼は力を無くして顔にぶらさがり、瞳は白く濁っている。その変化は頭部にまで及び、一部は髪が生えてない。


まるで、拷問でも受けたかのような有様だ。


だが、これは決して誰かにやられたものではない。


産まれた時からこうだったわけでもない。


魔物達に迫害されわけでは決してない。


これは、自分でやったのだ。


カルマは夜の空気に晒された顔の右半分に触れる。焦げたパンにでも触ったかのような感触が指に残る。蒸れて湿ってはいるが特に問題はない。


カルマはなんでもなかったかのようにたき火を消し、薄手の毛布にくるまる。

その両脇にバイとセルが寝そべってくれるのだから寒くもない。カルマは手を伸ばして二人の首筋を撫でた。


「おやすみ・・・・」


頼りになる護衛に見張りを任せ、カルマは静かに目を閉じたのだった。

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