魔王城 G
次の日。空は快晴だ。ハイキングにはいい天気だろう。
カルマは朝食を終え、旅の準備をする。一通り私物をまとめ、カルマは食堂の裏手へと向かった。
「おらおら、急げ急げ!麦一粒落とすんじゃねぇぞ!」
「わかってらい!口動かさずに手動かせ」
「おめぇ!持ち方が雑なんだよ!麻袋が破けるぞ!」
「あん?んなもんこの程度で敗れる麻袋が悪いんだよ」
そこで荷馬車に群がっているのは子鬼だった。彼らは食糧庫から荷物をせっせと運びこんでいた。畑作業とか調度品の修理とかは一切手伝ってくれないのに、単純な力仕事なら喜んでやるのが鬼という種族だ。体の小さな子鬼が麦の束を次々と荷台に乗せ、大きい南瓜なんかの野菜は大鬼が担ぎこんでいた。
子鬼、大鬼と呼び分けているが、二つの種族は本来同じものである。子鬼は長い時間の鍛錬と成長の繰り返しにより大鬼へと成長していく。その間に中鬼という世代があるのだが、うちの城にはいなかった。
「キッキッキ、カルマ。荷物の運び込みはだいたい終わってるぞ」
そう声をかけてきたのはカルマと特に仲の良いゴブリンのボルドーだ。
「ボルドー、鎧はちゃんとしまっただろうな」
「しまったぜ!お蔭で大目玉だ!」
「あたりまえだ。喧嘩するなら鎧脱いでからやれよ」
「んだよそれ、ビッグドンに喧嘩売って鎧無しでどうやってやるんだよ!」
「俺が知るか」
その時、城の食糧庫の中から大きな樽を片手でつかんで片目の巨人が姿を見せた。彼はカルマを見つけるとその小さな頭を伏せた。
「・・・カルマ・・・昨日はごめん」
「いいよ、ビックドン。反省してるんならさ。その代わり、今度埋め合わせしてくれよ」
「・・・わかった・・・農作業手伝う」
ビッグドンと呼ばれる単眼の巨人。この城での最大質量を持つ魔族といえば彼である。
「ビッグドン!俺はまだ許してないからな!」
彼の足元でボルドーが吠えた。
「なぜ・・・怒っている?」
「なぜって・・・えと・・・なんだっけ?」
「昨日の・・・カルマの話か?」
唐突に自分の名前が出てきて、カルマはビッグドンを見上げる。
「俺の話?」
「ああ・・・昨日・・・おれ、カルマを褒めた」
「俺を?」
「褒めてねぇだろ!思い出した!おめぇはカルマを『金ばっかの男』って言ったんだ!」
「ちがう・・・金を集めてくれて・・・助かると言った」
「また言いやがったな!カルマは金だけの男じゃねぇ!」
ああ、これで喧嘩になったのか。
カルマは駆け出そうとするボルドーの足を引っ掛けて転ばせる。ボルドーは豚みたいな悲鳴をあげてすっころんだ。
カルマはそれを無視してビッグドンを見上げた。
「カルマ・・・今日も・・・ありがとう」
「・・・いいよ。これも仕事なんだからさ」
高い位置にあるビッグドンの一つ目が少し悲しげに細められた。
「なにか・・・あったか?」
カルマの胸ポケットの内側には魔王様にもらった指輪が縫い付けられていた。
「いいや。何でもないさ」
気づかうような言葉が今は胸にしみる。カルマは感謝を込めて掌で彼の太ももの辺りを叩いた。固い皮膚の下の筋肉質な身体がいい音をたてた。
「さてと、積荷のチェックしないとな」
カルマはビッグドンの腰に手を伸ばして彼の持っていた帳簿を借りる。
ビッグドンが大きな手で書いたとは思えない程に丁寧な字だ。そこには積荷の品が事細かに記載されていた。
容姿とゆっくりした喋り方で勘違いされやすいが、ビッグドンは決して頭が悪いわけではない。むしろ鬼よりも数段上だ。カルマよりも計算が速いと感じる時すらある。
「なぁ、ビッグ」
「なんだ?」
樽を荷台に固定しているビッグドンにカルマは問いかけた。
「・・・金は・・・必要だよな」
「・・・必要だろう・・・おれは・・・冬も肉が喰いたい」
「ははは、わかりやすい理屈だ」
魔族の意見もいろいろある。とはいえ、大多数の奴が・・・
「なに言ってんだ!肉よりも戦うための武器だ!それと城の堅牢さだ!塩買うより、さっさと城壁の修繕をしろぉ!魔王城は見た目が大事なんだぁ!」
「うっせぇ、今は黙ってろ。頭が痛くなる」
カルマはボルドーを足蹴にして追い払う。
「ひでぇ、ひでぇよ!親友で幼馴染の俺を!」
「だぁもぅ!うっせぇんだよ!こっちは今忙しいんだ」
足の踏み場もない荷台の上からカルマは怒鳴る。ビッグドンの記載を信じないわけではないが、最後は必ず自分の目で確かめておく。
それでもなお荷台の傍をうろつくボルドー。その脳天に鋭い拳骨が落ちた。
「ぎゃふん」
「ボルドー!カルマに迷惑をかけるな!」
いい悲鳴が聞こえた。ボルドーに拳を振り下ろしたのは一体の大鬼だ。体格はビッグドンに及ばない。だが、それでも人間からしてみれば十分な巨体だ。他の子鬼もボルドーを見て笑っていた。
「ちくしょう・・・」
「ばーか」
「うっせうっせ!」
ボルドーは捨て台詞を言って食糧庫に入っていった。
数量を確認している間にも荷物が次々と運ばれる。しばらくして、荷台の上が一杯になった。帳簿に記された内容と同数であることを二度確認する。荷物の上から固い布をかぶせ、ロープで固定すれば準備完了だった。
「さてと、後は馬だな」
「・・・来たぞ」
ビッグドンが高い位置から教えてくれた。
黒いマントに身を包んだ男に引かれてきたのは頭の無い黒毛の馬だった。ちなみにそれを連れてきた黒いマントの男も首から上が無かった。その男の首はというと馬の鞍の上に載っていた。金髪をなびかせ、なぜか薔薇を咥えていた。
「やぁやぁやぁ!待たせたな!!」
「おお、よく来たな」
カルマは荷台から飛び降り、馬に駆け寄る。
「待たせたね!君らは!この僕を!待っていたんだろ!」
言葉を一回一回区切り、その間にポーズを取る黒マント。キレキレの動きの合間に手綱を渡そうとしてくる。カルマはその脇を素通りして頭の無い馬の首筋に手を伸ばした。
「今日もよろしく頼むぞ、二人とも」
頭が無いのでこちらが見えているのかは疑問だが、二人は甘えるように首を摺り寄せてきた。この城の馬は彼等二頭だけだ。名前はバイとセル、共に女性である。
ちなみに、カルマは魔族である相手は全て男性、女性というように呼び、一人、二人と数える。決して『雄雌』などとは呼称しないし、一匹、二匹とも数えない。それは彼らを対等な一個人として見ているからだ。
例え首なしの馬であっても、彼女たちは決して家畜などではない。
「本当にいつもありがとうな」
彼女らはカルマが遠出する時はいつも馬車や荷車を引いてくれる。それだけじゃなく、農耕の時に畑を耕すのを手伝ってくれたり、城の修理の為に石を引いてくれたりとカルマをいつも助けてくれていた。カルマにとって数少ない城の良心だ。
誇り高き魔族の彼女らに馬車馬の代わりをさせるのは正直申し訳ないと思っている。だが、彼女らは気にしていないようなので今は素直に甘えていた。
いつか首のついた馬を買って、彼女らに楽をさせてあげたいとカルマは考えていた。
「さぁ、我が愛馬よ!カルマの力となりて、その全てを捧げよ」
鞍の上で金髪がまだ喋っていた。いい加減にうっとうしい。
「なんだ、おまえまだいたの?」
「ちょっ、カルマ、俺はさっきから喋ってたでしょうが!」
「黙れ、穀潰し」
「ひどい!ひどすぎる!」
「うるせぇ!!」
カルマは乱暴に金髪の首を地面に落とした。
「ぎゃぁああ!いったぁあ!よくも俺の顔に土をつけたな!」
憤慨する仕草を見せる金髪。カルマの隣に立っていた彼の首以外の身体が剣に手をかけた。
「ゆるさんぞぉ!騎士に誇りにかけて、貴様を討つ!」
その瞬間、ビッグドンの大きな手が伸びてきて彼の足を掴んた。そのまま彼を持ち上げ、彼の身体だけが宙吊りになる。
「のぁぁああああああ!や、やめろビッグドン!そんなことしちゃいけない!」
「お前さんもいい加減黙ったらどうだ」
そう言ったのは大鬼の中でも最も大きな体躯を持つ女性だった。胸当ての部分がわずかに膨らんでいる。鬼という種族は非常に判別しにくいが、この大鬼は女性だ。名前はアネカである。ちなみにボルドーも女性だったりする。
「アネカさん、よろしく」
「あいよ!」
カルマに気のいい返事をして、アカネはその大きな手でデュラハンの髪を鷲掴みにした。
「のぁああああああ、ぼ、僕の髪を掴むなぁ!」
「じゃぁあかしい!騎士を名乗るんなら、毎日きちんと修練場にこんかぁああ!」
ものすごい怒声だった。
鬼という種族は総じて女性の方が力が強く、体も大きい。アネカはその中でも特に体躯が大きく、鬼達の実際のリーダーだった。彼女の子供もこの城には数多くいる。
カルマからすれば彼女はいわゆる『肝っ玉母さん』のような存在だった。
「ビッグ!そいつの両足を広げろぉおお!」
「あい・・・マム・・・」
デュラハンの両足が無様に広げられた。股というのは鎧でどうしても覆えない箇所の一つである。彼の股の間は無防備であった。
これから起こるであろう惨劇を想像してカルマは目を瞑った。今は、祈りをささげる神が欲しかった。
信仰する神の代わりに太陽に祈りをささげておく。
『旅の間、天気が崩れませんように』
カルマは荷馬車の上に自分の荷物を滑り込ませた。
「さて、準備するか」
カルマは手際よくバイとセルを荷馬車につなげた。
「ま、待て!アカネ殿!な、何をする気だ!!」
カルマの隣ではアカネが腕を大きく振りかぶった。
「おらぁぁああああああ」
「のぁああああああああ」
男の急所目がけてアネカが金髪の頭頂部を叩きつける。
「・・・・・・・・・・」
声にならない悶絶。男なら誰しもが経験したことがあるであろう急所。
そこに自分の頭を直撃させるという芸当は世界広しと言えど、この男にしかできないだろう。首と胴がわかれているデュラハンだからこその経験である。
まぁ、経験したいとは思わない。
今は彼の痛みを想像し、面白い見世物に出会えたことに感謝するだけである。
やはり、こういう不幸は片手間に眺めるに限る。
「さぁ、子鬼共はカルマに途中まで付いて行ってやんな!その足で狩りに行け!」
「アイ、マム!」
子鬼達から一斉に敬礼のようなものを受けるアネカ。子鬼達は皆兵舎へと駆けていった。
「それじゃあ、カルマ。子鬼達と共に出ろよ」
「アイ、マム」
残りの大鬼達もアネカに引かれて各々の仕事に帰って行った。
「カルマ・・・気を付けてな・・・」
「ありがとうよ、ビッグ。お前だけだよそんなこと言ってくれるのは」
「・・・ターニャは?」
「ああ、まぁ・・・言われなかったけど」
「あとは・・・魔王様」
「・・・・・・・・・」
カルマの顔が瞬時に真顔になる。ビッグドンはその表情でなにかを察したらしく、溜息を吐いた。
「また・・・喧嘩か?」
「ははは・・・」
確かに魔王様とはしょっちゅう喧嘩をしている。そう勘ぐられても仕方ないが、今回はそうじゃなかった
「仲直りはしたけどさ・・・意見が合っていないっていうか、会話がかみ合ってないというか・・・まぁ、そういう点では喧嘩と一緒かもな」
「・・・カルマ・・・それ・・・おれとボルドーと同じ」
それを言われてはカルマには返す言葉もなかった。
「まったくだな。ビッグのことなんにも言えねぇや」
カルマは御者台に腰かけて、手綱を引く。首の無い馬にカルマの指示が手綱を通して伝わる。
「じゃ、行ってくら」
「・・・・・・おう」
カルマはそのまま城の正門へと向かっていった。
「わ、私は・・・・・騎士・・・だぞ・・・高名な・・・騎士・・・名は・・・」
ビッグは未だに悶絶している首と胴体を抱えてその場を後にした。放置はさすがに可愛そうなので兵舎にでも放り込んでおくつもりだった。