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魔王城 F

書類仕事というのはひたすらに手間と時間がかかる作業だ。


一つ一つの計算をしながら、皮算用をせずに事実だけを記していく。時には帳簿の上の量と実際の倉庫の中に存在する量を照らし合わせることもする。そうやって計算を終えても一度の計算では信頼ができない。もう一度最初から計算しやりなおし、ミスが無いかを確認。ここで数字が合わなかった時の絶望感は窓の外に羊皮紙やペンを全て投げだしたくなるほどだ。わずかな誤差なら気にしないが、これが麦数十束の誤差となると話が変わってくる。それだけでこの城の住人が何日過ごせると思っているのだ。


冬を越し、次の収穫までの日数を逆算し、削れるだけの食費を削って城を維持しているこの状況下。一日分の食料差は果てしなく大きい。


カルマは慎重に慎重を重ね、ようやく3回目の計算を終えようとしていた。


カルマの部屋は城の中でも最も高い場所にあった。つまり、尖塔のてっぺん、更にその上の屋根裏部屋だ。蝋燭の油がもったいなくて、月や星の明りがもっともよく入るこの部屋を選んだのはカルマ自身だ。


部屋にこもり、黒板に石灰で計算を繰り返す。正確に、慎重に。一手一手、自分の字を確かめながら、カルマは黙々と計算を続ける。

最後の計算を終え、今までの計算と今回はじき出した数字を見比べる。


「ふぅ・・・・・・」


数字が全部合っていることに心の底から安堵した。羊皮紙に最終計算を記し、どうだと言わんばかりに下線を引く。ようやく羽ペンを置いたのは月が西の空へ半分程傾いた頃合いだった。朝まであと三時間もないだろう。


明日は近くの村に野菜や麦を売りに行く日だ。少しでも眠っておかなければならないのに、目は妙に冴えていた。

夜更かしにはおあつらえ向きの満月が机の隅に転がる指輪を照らす。仄かな明かりを反射して指輪の宝石が揺らめくように光っている。


宝石の内側に炎が灯っているような独特のきらめき。魔力に侵された宝石の特徴だった。


この美しさに惹かれる好事家は多いと聞くが、カルマからしてみればどうでもいい。問題は高く売れるかそうでないかだ。


「はぁ・・・」


カルマはため息を吐き、木の椅子に体重を預けた。


「おっと!」


背もたれが不穏な音を立てて慌てて身を引く。

今、椅子が壊れても修理することができない。


「釘が無くなってきたからな・・・」


魔族共が喧嘩の度に調度品を壊すので、うちの城では不足しやすい。


「どうしてこう出費ばかりが嵩むのかね・・・」


羊皮紙に堂々と書いた計算結果を眺め、カルマはもう一度ため息を吐く。


この城の住人は総勢150強。兵士が100、使用人が20、後は魔王様と魔神が数人。主食である小麦とライ麦はなんとか今回の収穫で余剰を出すことができた。売りに出せるだけの量もある。だが、圧倒的に塩と調味料が足りない。これでは冬の中頃には肉や野菜の貯蓄が尽きる。


そして、やはり痛いのは卵の供給である。食料が慢性的に不足する冬の中でも定期的に入る卵はやはり大きい。その鶏の半数を失ってしまった今、城の存続すら既に危うい状況にある。しかも、うちの連中はあろうことか、繁殖用の雄鶏から先に潰している。


『卵を出さないから食用だと思った』


小鬼どものその言い草にカルマは手近にあった斧に手を伸ばしたのも記憶に新しい。


だがそれも、この冬を乗り切れたら、良い冗談話になるだろう。乗り切れたら、だが。

食事係のアルから渡された一日の食事の消費量に目を通してカルマは再びため息を吐き出した。


「どうあっても足りないな・・・」


気分を変えようと勢いよく椅子から立ち上がり、窓を開け放つ。

もう冬の気配が迫っている夜風。冷たくも澄んでいる空気が部屋の中へと吹き込む。

それを肺の中に一気に吸い込み、濁った空気をため息とともに吐き出した。


「やっぱり指輪を売るしかないか・・・」


気が重い。ひたすらに気が重い。

カルマの頭の中にはずっと最悪のシナリオが浮かんでいた。

この指輪のせいで軍隊が集まる。彼らは次々と規模を拡大し、この城に迫ってくる。この尖塔から見える全てが人間の軍隊で埋まるのだ。


俺たちが耕した畑は踏み荒らされ、子鬼達が狩場にしている森は焼き払われ、俺が昔遊んでいた城壁は次々と打ち壊されていく。火矢が放たれ、投石が放物線を描き、人間がなだれ込む。


子鬼達は悲鳴をあげて逃げまわり、大鬼が立ち向かって串刺しにされていく姿を想像し、カルマはそこでやめた。


気が付けば握りしめた拳が震えている。


「・・・・・・くそっ・・・」


戦争は勝てる見込みがなければやるべきではない。それは先代に教わったことだった。

あれだけボルドーに『働け』だの『戦え』だの言っておきながら、戦争を起こす気がないのは俺も同じだった。


「俺は・・・口先だけの卑怯者だ・・・」


そう呟かずにはいられなかった。


カルマは怖いのだ。魔族達が傷つくのを見るのがたまらなく怖い。

魔族達はきっと覚悟などできているのだろう。普段から戦いを本分としている者達だ。きっと戦いになれば皆率先して前衛に行きたがるに違いない。


きっとそうなれば彼らは傷つくだろう、死ぬだろう。


それでもカルマにはもうやるしかない。


城に余裕はない。宝物庫に手を出すことは魔王様に禁じられた。冬を越して来年につなげるためには指輪を少しでも高く売って資金を調達するしかないのだ

振り返れば、指輪はずっとそこにある。宝石が黒く光っているように見えるのはカルマの幻視だろう。


「はぁ・・・・・・」


いつからか癖になってしまったため息をもう一度吐き出して、カルマは窓を閉じる。そしてそのまま疲れ果てた体をベッドにうずめた。

途端に冷たい季節とは無縁のぬくもりがカルマを包みこむ。


「・・・この毛布は売れるんだよな・・・」


羊毛をふんだんに使っているこの毛布はきっと高く売れる。


だが、これもまた魔王様に頂いた品だった。


『えっ!屋根裏部屋でいいって、カルマは先代から役職を指定されてるのよ!しかも魔神級の待遇も与えてもらってるし!そんなあなたがそんな貧相な場所で・・・でも・・・もう・・・そこまで言う?・・・わかった!だったらせめて、居心地のいい場所にしなさい!命令だからね!魔王として、あなたに最初に下す命令よ!そのために必要なものはなにかしら?・・・』


今更ながらに昔のことを思い出した。


あの頃はこの城も少しは余裕があって、今ほど神経すり減らした毎日じゃなかったな・・・


だが、いくら考えても過去は帰ってこない。明日の飯を食うために今は寝ることにした。

 

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