#2.9 最高の相棒
春風が高く舞っている。この前まで冬だったのが信じられないと思いつつ鷹崎京矢は天を仰いだ。四月の陽光が全身に降り注ぎ体の芯まで体温が上昇するのを感じる。
「おーいもう一球行くぞ」
右手に持ったボールを高く掲げながら烏丸都登に告げた。彼は軽く頷いて構える。
鷹崎は大きく振りかぶりいつものように流れるような投球動作から渾身の直球をミットに投げ込んだ。
「まあ、こんなもんで良いんじゃない?」
鷹崎の放った直球を三十球ほど受け止めて烏丸は言った。
「あんまやってると学校遅れるからな。入学式から遅刻したんじゃアホらしいからな」
だな、と投げ返されたボールを捕りつつ鷹崎が頷いた。
「悪いな都登。お前も暇じゃないのにこんな朝から付き合わせて」
「別に気にするな。どうせうちの入学式は明日なんだから今日までは暇だよ」
高校入学を機に新たに買った硬式用の捕手ミットを軽く叩きながら烏丸は笑う。
「どうせ俺もこいつを早く慣れさせたかったからな」
場所は近所の河原、程良く砂利と土が混ざったこの場所で中学を卒業して春休みに入ってからほぼ毎日二人はここで練習していた。「高校入る前に硬式の感覚を完璧に掴んどきたい」という鷹崎の言葉に恋女房の烏丸が「俺も慣れておきたい」と言い春休みの二週間練習に励んだ。
練習メニューは体力トレを中心にしつつ、毎日最後に30~40球程度の投げ込みをしていた。9つのポジションで最もボールに触れる回数の多い投手と捕手を守る二人にとっては一日でも早く硬式の感触や感覚に慣れる必要があったからだ。
だがその自主練も今日で終わりだ。4月7日、この日鷹崎は蒼天高校に入学し、その翌日烏丸は隈本工業大学付属に入学する。互いに歩む道を変えていく二人にとっては今日が最後の練習だった。
「さて、じゃあ俺はそろそろ帰って入学式の準備でもするかな」
ストレッチを終えた鷹崎は持参した道具をバックに詰めていく。
「京矢」
不意に烏丸が呼んだ。
「なんだよ?どうかしたか」
作業を中断して烏丸に目を向ける。
「ああ、いや。大したことじゃないんだ。最後に一言言いたいことがあってな」
おっ、どうした?と鷹崎が首を傾げる。
「中学の三年間、お前とバッテリーを組めて楽しかったぜ」
ポツポツと烏丸は語りだす。春の陽光が眩しく目を開けるも辛いほどだ。
「お前は俺の自慢の相棒で滅茶苦茶スゲエピッチャーだ。俺が高校に入ってからどんな凄いピッチャーと組むことになってもこれから先にどんな野球人生が待ち受けてもそれは絶対に変わらねえ」
「都登……」
「まあ、戦う時は倒すけどな」
ニヤッと笑う。烏丸にしては珍しい表情だ。
「迷わず進めよ。それがどんな楽な道でもどんな困難な茨道でもお前の右腕ならどんな局面でも乗り切れる。最後にそれだけ言っておこうかと思ってな」
鷹崎の前に拳を突き出す。
「ああ、当然だろ」
鷹崎は迷うことなく拳を突き合わせた。
「だからと言ってお前に負けるつもりは無い」
「望むところだね」
もう一度拳を突き合わせ二人は高く笑った。
とある年の4月7日、有り触れた河原で春の陽光が刺す中二人はいつまでも笑っていた。そしてこれから数時間後、鷹崎は蒼天高校の門をくぐることになる……
前回はちょっと色々あって休載してしまってほんっとすいませんでした。大学三年のこの時期は自分的には滅茶苦茶忙しかったです。朝一で大学行って帰るのは8時ぐらい、中々にハードですね(白目)
まあそれが休載の言い訳にはならないわけなんですがね。
というわけで高校編のスタート!と行きたかったんですが今回は急遽中学編のエピローグを持ってきました。ホントはこの話次回更新予定の3話高校編の開幕に入れたかったんですけど思いの外量割いたし、なんかこれだけで一つの話完結してね?と思い、鷹崎と烏丸バッテリーの関係のエピローグってことで書かせてもらいました。
一応今回の話には参考にした元ネタがあって多分知ってる人は知ってる気が……野球漫画じゃないんですけどね。
正直前回の話じゃバッテリーの別れってのがあまりにも淡白って言う感じがしたんで今回の話は書けて良かったなぁと。それに鷹崎にとって最高の捕手が烏丸だってのは構想の中ではずっと変わっていないんでそれをどうにかして伝えたかったし、そういう意味では良い締め方だったんではないか、と。まあ、前回の中学編完結とか盛大に銘打って盛大に嘘次回予告になったっちゃたのは申し訳ないなぁ、と思います……正直作者自身高校編のスタートはどう行くか迷ってるんですよね、未だに。まあでもそれは次回まで何とかしたいです。
さて野球といえば最近まぁ色々ありましたね。野球賭博やら投手イチローやら、ヤクルト優勝やら、中畑、和田辞任とか。それをゆっくり熱く語りたいんですがそれはまた追々。とりあえず野球賭博ってなんだよ?って結構キレてます。贔屓チームの投手がそんな屑みたいなことしてますからね、仮にも野球選手が野球で賭ける?ほんと失礼な話です。
そんなわけで次回予告
鷹「いよいよ高校編開幕!今度は嘘じゃないっす」
次回、(今度こそ)鷹崎の覗き