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#2 卒業

 太陽が徐々に沈み始める下校の時刻、鷹崎と鷺宮はマウンド上で向かい合っていた。

「蒼天か」

 鷺宮が口を開いた。

「確かにあそこはお前の憧れの高校だったからな」

 ああ、と鷹崎は頷いた。

「俺の憧れていた高校だよ」

 あれはもう六年前のことだろうか。

 その年の夏の甲子園に熊本代表として出場したのは蒼天高校。久方ぶりで二回目の甲子園出場にも関わらずベスト4に残るなど県勢として大きく躍動した。

 堅い内野陣、破壊力の打撃陣が目に留まったが鷹崎にとって一番の衝撃だったのがマウンドで活躍するエースナンバーを背負ったその男だった。身長180も行かなければ横幅がある訳ではない、言ってしまえば全体的に華奢な印象を受けかねないそのエースは躍動感のあるフォームから150km/hの直球をコーナーに投げ込み全国の強豪を抑えて勝ち上がっていった。

 そしてその投手は鷹崎と同じ小学校の出身だったのだ。これは当時地域の少年野球に入団して投手を始めた鷹崎にとっては衝撃的だった。

 自分と同じ学校に通った同じ地域の選手が全国の舞台で活躍するその姿は今でも鷹崎の瞳にはしっかりと映っている。そして投手に憧れた鷹崎はその投手よりも凄い投手になる、という目標の元やがて熊本の世代最強の投手として成長していくことになった。



「正直望月からの推薦が来たときはかなり迷った。もっと上のステージで野球をしてみたい。もっとレベルの高い奴らと鎬を削りたいって思った」

 でもな、と続ける。

「俺が鎬を削りたいと思ったのは剣伍、お前なんだよ。一緒に望月に行ってまた同じチームで今度は甲子園を目指して戦うのも良い。でも俺は打者としてのお前と勝負してみたいと思った。甲子園を一緒に目指すんじゃなくてマウンドとボックス、最高の力を出せる場所で甲子園を賭けてな」

「京矢……」

 これまで彼にとって鷹崎京矢という男は一人の頼れるエースという印象を抱き続けてきた。少年野球の頃から同じチームで鷹崎がエース、鷺宮が四番で一緒に戦ってきた。自分が打って鷹崎が抑えればどこまでも勝ち上がれると本気で思っていた。それが甲子園であっても考えは変えていなかっただろう。

 しかし鷹崎はそう思ってはいなかったようだ。彼にとって鷺宮は良いチームメイトであると同時にライバルだったのだ。いや彼にとってチームメイトは仲間でありライバルなのだろう。

「悪いな、だから俺はお前とは同じ高校には行けない。俺は蒼天で、ガキの頃に憧れたユニフォームを着て甲子園のマウンドに立つ」

 鷹崎の言葉には迷いなど微塵も感じられなかった。彼も彼なりに十分に悩み考え抜いた結果選んだ答えなのだろう。

 だからといってはいそうですかと鷺宮も認めるわけにはいかなかった。

「京矢お前の意志はよく分かった。でもな、俺はお前と一緒に望月に行きたい。だから俺と賭けをしろ」

「賭けだって?」

 ああ、鷺宮が頷いた。

「簡単な賭けだ。というか勝負だ。俺が打席に立つからお前が投げろ。勝負は一打席、ヒットなら俺の勝ち、抑えられたらお前の勝ち。シンプルだろ?」

「シンプルで良いけど賭けの対象は何なんだよ?」

 鷹崎が首を傾げた。勝負には乗るがその目的が何なのかは気になる。とは言えおおよそどんな答えが返ってくるのかは分かっているのだが。

「賭けの対象か。分かっているかもしれないが一応言っておくか」

「勿体つけるなよ」

「ああ、そうだな。じゃあ分かりやすく言うぞ。俺が勝ったらお前は俺と一緒に望月に来い!それが賭けの対象だ」

 鷹崎にとってはどうせそうだろうと言ったところだった。

「だろうな。どうせそういうことだろうと思ったぜ」

「シンプルで分かりやすいだろ?」

 ふん、と鷹崎が鼻を鳴らす。

「シンプル過ぎるぜ。で、俺が勝ったらどうなるんだよ?」

 えっ?と鷺宮は呆気に取られる。

「まさか考えてなかったなんて言うなよ?」

 恐らく考えていなかったのだろう、鷺宮の目は泳いでいて焦点が合っていない。

「まあ、それは勝負の後に考えよう」

 鷺宮はやはり何処かずれていた。

(こいつ絶対考えなかったんだろうな……)

 鷹崎は呆れざるを得ない。

「でもまあ、考える必要なんて無いんじゃないか?だって俺が負けるとは思えないからな」

 鷺宮はあくまで強気だった。先程まで焦点の合ってなかった深く吸い込まれそうな瞳が鷹崎を捉えて離さない。

「俺が勝負を挑んだ以上、俺の勝利は絶対だ」

 ここまで言われると鷹崎も我慢ならない。

「おいおい剣伍ちゃんよ?お前相手誰だと思ってんだよ?今年の甲子園の胴上げ投手予定だぞ?」

「ああ、予定で終わらないことを祈りたいね」

 鷹崎は感情が高ぶり体を揺らしている。恐らく怒りから来ているのだろう。対する鷺宮はやはり余裕の表情だった。

「上等だよ……決着は夏の決勝で着けてやろうと思ってたけど今ここでお前を叩き潰してやらあ!」

 かくして二人の勝負が決まった。



 勝負の内容は単純明快なもので鷹崎の投げたボールを鷺宮が打ち返す、ヒットなら鷺宮の勝ち、アウトなら鷹崎の勝ちというものだった。

「しかしホントに良いのかよ。まだ真冬だぜ?アップだって完璧じゃねえのに」

 マウンドで恋女房の烏丸が不安そうに囁いた。

「気にすんな。体は丈夫だ」

「いやそういう問題じゃなくてな」

 烏丸は下校しようとしていた所を鷹崎に捕まえられ今ここに捕手役としている。大方の事情は鷹崎に聞かされた。

「とにかく全力で投げる。リードも何もいらねえ。直球しか投げねえ、お前は構えとけ。あいつは俺の渾身の直球で息の根止めてやる」

 鷹崎は感情の高ぶりを抑えきれていなかった。元々気は長くないどころかむしろ短い方なのだが今回は特にそれが際立っている。

「ところでボール、これで良かったのかよ」

 鷹崎が手に持っていたのは軟式のB球、中学軟式野球の公式球だ。

「もう高校で野球やるって決めてるなら硬式球でやっても良かったんじゃないか?」

 烏丸が提案するが鷹崎は首を振った。

「いやこれで良い。これは高校入る前の中学最後の俺とあいつの勝負だ。中学野球の決着はこれでつけたいからな」

 握った軟式をより強く握る。

「これであいつを完膚なきまでに叩きのめして俺に勝てないって証明してやんよ」

 ふつふつとした怒りを感じる。先程の言葉がよほど癪に障ったのだろう。

(短気は損気って言うからな……不安だ。激しく不安だ)

 烏丸がマウンドから戻ったのを確認してザッザっとスパイクの裏でマウンドの土を軽く均していく。

(見てろよ剣伍ぉ……打ち取って息の根止めてやる)

 標的の鷺宮は18.44m先で素振りをしている。いつみても惚れ惚れするようなスイングだ。右足を高く上げ踏み込むと同時に一気に振り切るそのスイングで何本もHRを打ってきた。

 ふぅ、と一息吐いて臨戦態勢に入る。

(怒りも高ぶりを全て落ち着かせろ。最高の直球を投げ込む。そして剣伍を抑える。今はそれだけ考えろ)

 心を落ち着かせるよう自分に言い聞かせる。そして落ち着いた頃に顔を上げ視線の先に鷺宮を捉える。

「行くぞ!剣伍!」

「来い!京矢!」

 鷹崎は大きく振りかぶった。

 その初球、まずは鷺宮の足元内角低めの直球が決まった。烏丸の判定はストライクだ。

(まずは直球、低めに決めてきたか)

 恐らく烏丸はサインを出していないから鷹崎の組み立てだろう。烏丸の変化球を立てつつの直球で仕留めるリードと対照的に鷹崎本人は直球のゴリ押しで来るタイプだから直球主体なのは間違いないだろう。

(京矢の直球はMAX140km/hぐらいだが手元で伸びるから実際はそれ以上出ているはず)

 バットを二三回フラフラと膝元で揺らして構え直す。

(変化球織り交ぜられたら一打席で仕留めるは少し難しいが京矢の性格から今回の勝負で変化球はない。まっすぐだけならいくら速くても俺なら捉えられる)

 鷹崎が振りかぶってからの二球目、高めに外れてボールになる。

(ふぅ、外しちまった。一瞬剣伍の威圧感に圧倒されちまったよ)

 鷺宮と真剣に勝負するのは何度目だろうか。いやひょっとしてこれが初めてかもしれない。紅白戦なら何度か対戦したがあれは練習でしかない。勿論練習の時であろうと真剣に勝負するが練習と実践の勝負はやはり緊迫感と空気が違う。

 そしてその独特の空気を鷹崎は肌で感じ取っていた。

(堪らねえこの独特の緊迫感……一球の失投で全てが終わるこの感覚)

 ヒリヒリと指先が熱くなる。体中の血液が循環し、指先まで伝わっているのだ。

 振りかぶっての三球目、鷹崎は高く上げた脚が地面を踏みしめ、それに直結するように動く右腕から放たれた渾身の直球が鷺宮に向かっていく。

 それは弾丸のような軌道を描き全てを無視したかのように一直線に迫って来る。

(速い。だが……)

 ――打てる。

 スパーン、と烏丸のミットが鷹崎の直球を掴んだ。鷺宮が捉えたと思った直球は彼の手元で大きく伸びバットは空を切ったのだ。

「凄い伸びたな」手元のボールをマウンドに投げ返しつつ烏丸が呟いた。「今まで受けた中で一番のまっすぐだった」

「ああ、そうだろうな」

 鷺宮は頷きながら振り抜いたバットを下ろした。

「俺も見た中では今までで一番速い直球だったな」

 完璧に仕留めたつもりだった。内角の直球、細かいことは考えずに素直に振り抜いた。木製バットの真芯で捉えたはずだった。だが捉えたと思ったその瞬間に直球は想像以上の伸びを見せ彼のバットは空を切った。

 熊本大会でも九州大会でもこれまでの直球を投げた投手とは当たったことはない。

 ふふ、と鷺宮の口元が珍しく緩んだ。

「どうしたんだよ剣伍。お前が笑うなんて珍しい」

「そうか?俺は常に笑顔を絶やさないけど」

 ガラにもない冗談に烏丸は苦笑してしまう。

「お前が冗談言うなんて明日は雪だな」

「何言っているんだ?今は冬だから雪が降ってもおかしくないだろ?」

 皮肉をそのまま受け取った真顔の鷺宮に烏丸は思わず吹き出してしまう。

「お前相変わらず面白いな」

 鷺宮は思わずキョトンとなり烏丸を凝視する。

「どういうことだ?」

 意味を分かっていない鷺宮に烏丸はもう一度吹き出す。

「ほら、構えろよ。まだ冬だからな、さっさと終わらせないと京の肩に響くだろ」

 ああ、そうだな、と頷いて鷺宮は打席で構える。

「次で終わりにしてやるよ」

 鷺宮は不敵に笑い、構え直す。

「勿論勝つのは俺だけどな」



 我ながら良いまっすぐだった、と鷹崎は思った。肩も良く振れていたし、指先のかかりも文句なしだった。

(しっかし剣伍の奴見事に空振ったな。そんだけさっきのまっすぐが伸びてたってことだよな)

 ロージンに手を伸ばしつつそんなことを思った。自分にはこれだけの力があるのか、いや相手が強ければ強くなるほど実力は上がっていくのか。

(やっぱり俺は剣伍とは仲間より敵同士の方が合ってるのかもしれねえな)

 助け合う仲間より対峙する敵として、そして自分の考えが間違っていないと分かるために次の一球を投げ込む。

(多分次が最後の一球だ。小細工はいらねえ。真ん中にまっすぐ、俺の一番得意な球で剣伍の息の根止めてやる)

 腹は据わった。負ける気もない。覚悟を決めて鷹崎は腕を高く上げて振りかぶった。そしてその動きに呼応するように左足を大きく上げてその足で地面に大きく踏み込んだ。

「行くぞ剣伍ぉぉ!!」

 振り上げる右手は留まらず勢いを上げ一気に振り抜いた。

 全てを貫くような直球が烏丸のミットめがけて猛進する。それは一切の減速をせずミットが近付くにつれなお勢いを増しているかのように感じる。

(さっきのより速い……でも俺に打てなかったボールは無い!)

 鷺宮のバットと鷹崎の直球が衝突する。

(くっ、重い!)

 鷺宮のバットは球威に押され差し込まれる。

(でも構うか振り切るんだ!)

 使える力全てを両腕に集中させ彼は強引にバットを振り切った。

 バキッ!

 木製バットの折れる音が聞こえる。

 カーン

 そして木製バット特有の打撃音が響いた。

 バシッ!

 そして最後に響いたのはグラブの捕球音だった。

「ピ、ピッチャーライナー……」

 マスクを外した烏丸が驚いた口調で呟く。

 単純な理屈だ。鷹崎の投じた渾身の一球を鷺宮は自身のバットを犠牲にしながらも完璧に弾き返した。

「ふぅ、あっぶねー」

 冷や汗を掻きながら鷹崎は自身の左手に収まった軟球を見やる。鷺宮の弾き返した打球は鷹崎の顔面ギリギリのところまで迫り、彼は咄嗟にそれに対して反応して左手を出すことで何とか捕球したのだ。驚くべき反射神経だった。

「当たったら死んでたかもな」

 顔面蒼白になりつつ鷹崎は立ち上がった。それに対して鷺宮は打席で立ち尽くしている。

「剣伍、終わったぞ」

 烏丸が声をかけても鷺宮は全く反応しない。まるで電池の切れた人形のようだ。

「剣伍!」

 体を揺すったことで剣伍は「ああ」と目が覚めた様に反応し、折れたバットの半分を手から放した。

「バット折っちまったな」

「そうだな」

 剣伍は気の抜けた様に答えた。

(完璧に捉えたつもりだったんだがな)

 残念そうに鷺宮は肩を落として折れたバットの破片を拾い始めた。



 結果的には抑えたことで勝ったということになったものの鷹崎としては納得がいかない。

(俺の直球を完璧に捉えやがって……)

 要は自分の一番のボールを弾き返されたのが納得いかないのだ。試合には勝ったが勝負には負けたという理屈だ。

「で、勝負はどっちの勝ちで良いんだ?」

 鷺宮と鷹崎の双方を見比べながら烏丸は訊いた。結果はピッチャーライナー、これだけ見れば鷹崎の勝ちなのだが抑えたこの男は納得のいかない表情で唇を噛み締めているし、抑えられたがその直球を弾き返した鷺宮もまた鷹崎とは異なるが納得のいかない悔しそうな顔だ。

 こういう状況が烏丸としては一番裁量に困る。というのもこの勝負が何かを奢るといった分かりやすい明確な賭けであったなら鷹崎の勝ちとなるだろう。だが事情はそうもいかない。この二人が賭けたのは自身の進路なのだ。

 鷹崎が勝てば彼は蒼天を諦め望月に行く、まさに鷹崎の今後に大きく関わっていたのだ。

(そういえば剣伍は自分が負けた時のことは結局考えていたのか?)

 ふと思った疑問ではあったが結局考えていなかったのだろう。

「それでどうするんだ?」

 もう一度二人を見比べた。今度は二人ともさっきのように少し下を向いた角度から顔を上げている。

「「俺の負けだ」」

 見事に声が重なっていた。互いに互いの顔を見る。

「何言ってるんだよ京矢。俺はお前に抑えられたんだ。だから俺の負けだ」

「そっちこそ何を言ってんだよ!俺はお前に打たれたんだぞ!」

「バットを折られたけどな。初めてだよ軟球でバットを折られたのは」

 悔しそうに鷺宮は折れたバットに目をやる。

「完璧に捉えた感覚で打球はライトのフェンスを越えたイメージだった。でもお前の球威に最後の最後で負けた」

「それは俺も同じだ。俺だって三振に切ったつもりだった。でもお前は俺の……俺の生涯最高のまっすぐを弾き返しやがった!!」

 肩を震わせながら鷹崎は叫んだ。目からは一筋の涙が零れている。

「次は負けねえ!絶対にお前を抑えてやる!」

 鷺宮を指さして彼はそう宣言した。そしてそれに対し鷺宮も応える。

「望むところだ!」

 互いの心は燃え上っていった。

「えーっと、お取込み中のところ邪魔する形になるんですけど結果は……」

 恐る恐るそう尋ねると二人は頷いて

「「引き分けだ!決着は高校で着ける!」」

 それは冬空に響き渡るほどの大声であった。



 それから――

 野球部の三年は全員共に志望校に無事合格した。烏丸は工業大学の付属でなおかつ野球部も強豪の隈本工業大付属、藤原は県内屈指の進学校の静々黌に進学、全国制覇の経験もあるが今では古豪の枠に収まったこの高校で野球はゆっくりやっていくと言っている。鷺宮は県内外から多数の誘いを受けていたが当初の予定通り自身が志望していた望月学園に進むことになった。

 推薦を狙うと宣言し烏丸に呆れられていた長岡だったがまさかの推薦をゲットし、菊楠学院に進学が決まった。野球で進学することになったので今は必死に鈍った体を鍛え直しているのだという。

 そして鷹崎は憧れていた蒼天高校に無事合格することが出来た。

「しかしマジで翼に推薦が来るなんてな」

 烏丸はここ最近ずっとそのことしか言っていない。

「まあ俺の才能を見抜いた優秀なスカウトマンがいたってことだな」

 そうだな、と烏丸は頷く。

「お前を野に放ったら危険だって判断したんだから優秀なスカウトマンだよ」

 言うと同時に烏丸は体育館方向に向かって走り出した。それを長岡が追いかける。チーム一の俊足なだけあってすぐに捕まえて烏丸の腹に何発かパンチをお見舞いしているのが遠目で分かった。

「相変わらずだな、あの二人も」

 藤原がその光景を見ながら笑っている。

「藤、お前は良いのか野球は?静々黌も十分強いけどお前ならもっと上のところも狙えるだろうに」

 ああ、と藤原は鷹崎に対して頷いた。

「俺はもう十分に楽しんだよ。最後の夏に九州ベスト4なんて結果まで残せたしな。俺の今後の野球人生じゃ逆立ちしてもどうやってもあれ以上の成績は残せそうにないから満足しているよ。まあ、それはお前と鷺宮のお陰で俺はそんなに活躍してないけどな」

 藤原は自虐的に笑った。

「そんなことねえよ。お前がいなかったら誰が二塁守ってたんだよ。ピンチの時に何度お前の守備で救われたことか」

「そう言ってくれるのは嬉しいな。けどな京矢、人には向き不向きってのがあるんだよ。俺には野球の才能は無かった。でも幸いなことに勉強の才能は人よりあるらしい。俺はそれを活かしてこれから進んでいくよ」

「藤原……」

「おいおい、そんなしみったれた表情は止めてくれよ。折角の卒業式だから笑って卒業しようぜ。それに俺は野球を辞めるわけじゃない。高校でも続けるつもりだって言ったよな?だからそんな顔止めろよ。野球がある限り俺たちは繋がっている。そうだろ?」

「……そうだな」

 鷹崎と鷺宮が共に頷いた。

「……そうだ!その通りだ!」

「うお!?って翼!またお前は急に出てくるな……」

 藤原は呆れたように頭を抱える。

「藤、お前ホントに良いこと言うな。野球がある限り俺たちは繋がってるんだぜ!」

「人の台詞パクってんじゃねーよ」

「痛っつ!?」

 烏丸に後ろから蹴りを入れられて悶絶したように長岡は脚から崩れ落ちる。

「ったく、推薦貰えたからって調子に乗りやがって。でも藤原お前良いこと言ったぜ。高校では互いに敵同士になるけど俺たちは野球で繋がっている。今度会う時はグラウンドでな」

 ああ、と全員で頷く。悶絶している長岡もなんとか頭だけ動かしていた。

「京矢!今度からはお前の球を捕る側じゃなくて打つ側に変わるけど絶対に打って見せるからな」

「上等だよ。絶対に打ち取って甲子園に行ってやる」

「いや甲子園に行くのは俺だな」

 手を挙げて鷺宮は主張する。

「俺は絶対に一年の夏からスタメンに入って甲子園に出てやる。そこで大会記録を塗り替える活躍をして真紅の大優勝旗を熊本に持って帰る」

 高々と宣言した鷺宮には自信が溢れていた。迷いのない澄んだ瞳をしている。

「いーや、先に甲子園に行くのは俺だからな剣伍。一年の夏からエース張って全国の猛者をねじ伏せてやる」

 鷹崎は拳を強く握りそう言った。

 そんな鷹崎を見て鷺宮の口元は微かに緩んで笑みを浮かべる。

「そうか、ならその決着は夏につけるか」

「ああ、そうだな。望月だろうが何処だろうが全部倒して俺が甲子園に行ってやる!」

「しゃあ!じゃあ次会う時は甲子園を賭けたグラウンドだ!良いか剣伍!京矢!藤原!翼!」

「「「「ああ!俺が絶対に甲子園に行ってやる!」」」」

 高らかなその叫びは天まで届くかのようだった。



 こうして彼らの中学生活は終わりを告げた。だが終わりは新たな始まりである。そう、中学野球という舞台から彼らは別れを告げ、彼らの戦いは高校野球に舞台が移ったのだ。

 それは厳しくもあり切ない、だが最高に熱い戦いの舞台であった。

 はいどうも二話目でございます。やっと中学編が終わりました。作者的には一安心といったところです。

 中学編は何とか三話以内で完結させようと思いその三話目に当たった今回は今までの二話と違ってちょっと展開が急だったかなぁと思ったりもしてますが終盤は漫画で言うところのダイジェストみたいなものなんでまぁいっかな、と。

今回の話は鷹崎VS鷺宮の話に主軸を置きました。高校編を始める前にどうにかしてこの二人を一回戦わせないと鷺宮の出番が無いぞ、と危機感を焦った結果です。この勝負元々は鷺宮がライトに大飛球を飛ばしフェアかファールか分からず終わり結果は高校で、としてたんですけどそれだと何かイマイチだし勝敗もはっきりしなかったので今回のようなヒットと言えばヒット、アウトといえばアウトという絶妙にさじ加減の難しい終わり方にしてみました。個人的にこの二人の勝負は書いててノリノリでした。

 さて鷹崎達五人の今後ですがまあ鷹崎と鷺宮を除いた三人の出番は暫くなさそうですね……折角推薦貰ったのにごめんよ翼君。実は君の高校の校名はこの後書き書いてる時まで忘れててたからこの前言った場所をもじって付けたんだ。割と気に入ってるから良いけど。

 さて、分かっている人もいるかもですけどこの話の舞台は九州のとある県です。上でもなく下でもなく政令指定都市のあるあの県です。一部の校名があからさまですからね……まあ字が違うし良いかな?と勝手に思ってます。

 さてそのモデルになった県に先日のことですけどシルバーウィークを使って遊びに行ってきました。おじいちゃんとおばあちゃんの家がある母の実家ですんで。芝居見たり馬乗ったりいろいろして楽しかったです。まあ此処に書くことじゃないけどお気になさらず(苦笑)

 そして次回からいよいよ高校編が始まります。これから鷹崎はどうなるのか?果たして可愛いマネージャーは出るのか?などなど色々気にしながらお楽しみください。

そして何となく次回予告

鷹「今までお疲れっしたー!次回からは高校編だよー鷺宮たちは出ないよー」

鷺、長、烏、藤「えぇ……」

 次回、鷹崎の覗き

 後最後にお詫びを……今回の話はちょっと駆け足過ぎたことや執筆に余裕が無かったので一部訂正などでもしかしたら加筆修正するかもしれません……その時は厳しい目と一緒に生暖かい目で見守っていただけたら幸いです。

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