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#0 プレイボール

 マウンド上の黒に染まった土をスパイクで均しながら鷹崎京矢は空を見上げた。海のように澄んだ蒼い空に雲がぽつりぽつりと浮かんでは流れそして消えていく。昔から蒼く澄んだ空を見上げると心が落ち着いた。

ふぅと一息吐いて慣れたように振りかぶって投球練習を始めた。視線の先にあるキャッチャーの構えるミットに直球を投げ込む。指のかかりから今日は調子が良いのがハッキリ分かる。

 朝の予報では昼過ぎから暑くなるとは聞いていたがそれはどうやら間違いだったらしい。時計の針が午後0時指す正午の時点で照り付けるような暑さが体を直撃している。

 試合は県大会決勝、勝てば九州大会へと駒を進めることが出来る。だが逆にこの試合に負ければ3年生である鷹崎は引退することになる。まさに絶対に負けられない試合だった。

 高まる心を鎮めようとふぅと一息ついて深呼吸する。息を吸うと体の隅々まで酸素が流れ込み体中の細胞が活性化するような感覚がしてくる。行ける。今日の俺は絶好調だ。そう確信を持って18.44m先にある相棒のミットを見る。

 審判がプレイボールを告げると同時に相手側三塁ベンチの応援席が一気に活気づき、トランペットや生徒たちの大きな声が耳入って来た。

 だが鷹崎はそれに動じることなく大きく振りかぶった。


 

 県大会決勝で強豪校同士の激突として接戦になることが期待された試合は大方の予想通り両チームエース同士の好投で4回まで無得点のままゲームが進んだ。

相手投手は塁には出すものの要所をしっかりと抑えてホームベースを踏ませない。対する鷹崎はノビのある直球やキレのある変化球を駆使することで相手打者に付け入る隙を与えず二塁すら踏ませていなかった。

「ストライクバッターアウト!」

 この回スリーアウト目を三振で奪い取り鷹崎は意気揚々とベンチに戻っていった。

「ナイスピッチ。肩振れてるな京矢」

 声をかけた監督に軽く頷きベンチに下がった。座る場所はいつも決めているベンチの一番隅だ。

「調子良いみたいだな。京矢」

 三年間バッテリーを組んできた恋女房の烏丸都登がドリンクをもって声をかけてきた。

 ああ、と鷹崎がそれに頷いて烏丸からドリンクを受け取る。体力には自信があるし、まだまだ余裕で投げられるがこの暑さだ。水分を取っておいて損をすることはないだろう。

「今までで一番腕が振れてる気がするな。これだったら剣伍も余裕で抑えられそうだ」

 軽口を叩く鷹崎を横から話の中心になった鷺宮剣伍が叩いた。

「京矢、そういうのは抑えてからいうもんだ」

「そういうお前も打ってから物は言えよな」

 からかう様な口調に鷺宮は顔をしかめつつ「分かっている」と返した。

「勝つのは俺たちだからな」

 その一言にベンチの面々も頷いた。互角の展開になっているとは言え総合力を見る限りこちらの方が優勢で負けるつもりはさらさらないようだ。

「しっかし相手も強いよな。準決の相手は何処だったんだ?」

「準決は勝風中だよ。ほら、壱岐煌雪って左投手がいただろ?」

「ああ、あの妙にスマートな投手か」

「いやスマートかどうかは知らないけどさ」

 壱岐煌雪は勝風中のエースだった男だ。左投手ながら常時130km/hを超える速球にキレのある変化球を武器に活躍した鷹崎達の世代で屈指の投手だった。鷹崎たちの黒須中とも一度だけ試合をし、勝ちはしたものの2対1と接戦だった。

「あの投手相手にして勝ち上がって来るんだからその実力も本物なんだろうな」

 その後も両チームの均衡も中々崩れず終盤6回を迎えることになった。中学野球は体にかかる負担などを考慮して7回制となっている。高校やプロと異なり、延長となる8回以降はタイブレークと呼ばれる無死満塁の状況から試合が再開されるのだ。

 延長戦になると後攻めの方が何かと有利になる展開が多いので先攻めの鷹崎たちとしては延長に突入する前に何が何でも勝負は決めておきたかった。

 しかし6回表の攻撃は先頭打者の五番烏丸こそ出塁したものの後続が抑えられ無得点のままチェンジとなった。そして迎えた裏の攻撃、序盤から飛ばしてきた影響か呼吸が微かに荒くなった鷹崎を攻め立てるかのように相手は畳み掛けてきた。

 先頭打者が粘りに粘って四球を獲得。迎えた次の打者には三球目に送りバントを決められ、一死走者二塁の局面を迎えた。

「どうする京矢。塁埋めるか?」

 烏丸はマウンドに駆け寄りそう提案した。次迎える打者は四番だ。鷹崎のボールにタイミングこそあっていないが強打者であることに変わりはない。

「一死二塁より一死一二塁の方が守備も守りやすいだろ」

 烏丸の提案は最もであった。敬遠をして塁を埋めることでフォースアウトが成立するようになると守備側としては走者を封殺出来るし、何よりダブルプレーが取りやすくなる。

 だがその提案に鷹崎は首を振った。

「冗談じゃねえ。なんでわざわざ相手に一つ塁を与えてやる必要があるんだよ。ここは何が何でも抑える場面だろ。そうすれば相手の勢いも封じられる」

 その一言を聞いて烏丸は笑った。

「そりゃそうだな、おまえらしい」

 何年も組んでいるだけあって烏丸には鷹崎の考えていることが大体わかっている。相手の四番を完璧に抑えてこのピンチを乗り切る算段だろう。

「エースが大事な場面で打たれんなよ?」

 任せとけ、と鷹崎は答えたのを聞いて烏丸はマウンドから離れた。

 四番が一礼し右打席に入る。左足を外に開く独特なオープンスタンスで構える。体が開いている分ボールが見やすいし、体の開きも抑えられる。

(でもそれじゃ外角は打てないだろ)

 左足を開いている分踏み込んで打つ外角には対応し辛い。メリットが多いオープンスタンスだが唯一の欠点が外角を捉え難いことだった。

 そのことを重々承知していた烏丸は四番への配球は徹底して外角攻めだった。一打席目は外角に変化球を三球続けて最後に内角の直球で仕留めた。二打席目は外角の直球を当てられはしたがセカンドゴロに抑えた。

 烏丸は真ん中低めに構え直球を要求した。それに鷹崎は頷いてモーションに入った鷹崎から直球が投じられた。

低めに決まった直球に四番のバットは空を切った。恐らく今日の最速だっただろう。

 続く二球目はカーブがミットに収まった。追い込んだ。

 一球ごとに球場の空気が張りつめていくのを鷹崎は肌で感じた。ここで打たれることはつまり追い込まれるということだった。

 クイックモーションからの三球目、四番の振り抜いたバットが鷹崎のスライダーを捉えた。鋭い金属音が響くとともに打球はレフトへと消えていった。

 追い込まれてからも四番は自分のスイングを徹している。

 鷹崎の口元が微かに緩んだ。こんな状況だが楽しいと思ってしまう。

 体中の細胞が躍動し、血液が沸騰する。熱気も情熱も全てが重なり合っていく。

(ったくマウンドで表情出すなっていつも言ってるんだけどな)

 楽しそうな鷹崎の表情にマスク越しに烏丸は思わず呆れてしまう。鷹崎はマウンドでの感情を表に出すタイプだ。相手が強ければ強いほど燃える、鷹崎京矢はそういう男だった。 

 一球外してからの勝負の五球目、左足を高く上げて踏み込む。その際の力を指先に集約させ、投球と同時に一気に爆発させる。そこから投じられた一球はこの日一番の快速球だった。

 カキーン!

 鋭い金属音がした。今日一番の直球を四番は芯で捉え弾き返したのだ。

「くっ!」

 鷹崎は迫ってきた打球をグラブで何とか止める。だが勢いが強く掴み切れなかった。彼を嘲笑うかのように転々とボールは転がっていった。

「京矢!後ろだ!」

 打球を見失った鷹崎に鷺宮が声をかけたがその時にはもう打者は一塁に到達していた。

 一死一塁三塁。

 続く五番打者にウェストしたボールをスクイズされたのはほんの二分後だった。



 先取点を奪われた後の六番を意地の直球で三球三振に仕留めチェンジとなり守備陣がベンチに引き揚げていく。

「くそっ!」

 ベンチに戻るやいなや鷹崎は被っていた帽子をベンチに叩き付ける。

「落ち着け鷹崎、まだ終わったわけじゃねえ」

 鷹崎を慰めるためにそうは言うものの状況としてはかなり厳しいと言っても過言ではなかった。

 これまで好投を続ける相手投手からヒットや四球などでランナーこそ出るものの打たせて取る投球によって要所で併殺を食らっていた。さらに相手チームの鍛え上げられた内野陣に守備のミスは殆どありえないと言っても良かった。

 いつもならたった一点、だがそのたった一点が今では果てしなく遠かった。

(くそっ!こんなところで終わらせてたまるかっ!)



 黒須中の最終回の攻撃は九番から始まった。逆転を願う一塁側の応援席は今日一番の声援を送りながら九番を送り出していく。

打席に入り構えた九番の懐に初球の直球が決まった。

「最終回になっても球威は相変わらずか」

 相手投手は鷹崎のような直球という明確な武器は持っていないが直球や制球力、変化球どれもバランスが取れており良い投手だ。

 1-2と追い込まれた九番は外のカーブを引っ掛けファーストゴロで抑えられた。

 あぁ、と一塁ベンチから溜息が漏れる。

「ったく。後二つもアウトカウント残ってるのに情けない」

一番のチーム一の俊足の長岡翼が左打席に入った。

 初球は内角にカーブが決まった。厳しいコースだったので長岡は手を出さずに見送った。

「落ち着いてけよ!」

 烏丸が叫んだ。長岡は俊足でなおかつ走塁技術はチーム随一だ。今日は出塁こそしていない際どい判定が幾つかあった。もし塁に出れば掻き回せるという期待が持てる。

 二球目は外角低めを狙った直球が外れた。カウントは1-1。

 投手はロージンに手を出したのを見計らって長岡も打席を離れてバットを数回振った。

 ワインドアップからの三球目、先ほどと同じ外角低めに直球が投げられた。

 コン、と長岡の出したバットに直球が当たって転がる。セーフティバントだ。

「走れぇ!翼!!」

 一塁ベンチの絶叫を背に長岡は一塁に向かって全力疾走する。

 サードが転がった打球を素早く処理し、一塁に送球する。長岡は一塁を駆け抜ける。

 ギリギリのタイミングだ。だが一塁塁審の手は横に出た。セーフだった。

「っしゃあ!」

 一塁ベンチの面々は拳を天へと突き上げた。

 このワンプレーでベンチだけでなく沈んでいた観客席も一気に盛り上がった。

 押せ押せムードの中で二番の藤原が打席に入る。

「つづけ!藤!!」

 クイックモーションからの一球目、高めに直球が外れた。

 一球ごとに一塁側のボルテージが上がっている。

 二球目、バントの構えをしていた藤原は内に決まるスライダーにバットを引いた。ストライクだ。

「今のコースはバントしても失敗する可能性が高かったな。見えてるぞ!」

 三球目は低めにスライダーが外れ、カウント2-1。

 バッター有利となっての四球目、投手はキャッチャーのサインを見て首を縦に振った。クイックモーションから直球が放たれる。

 バントの構えを崩さず藤原は確実にバットに当てて上手く殺した。絶妙な打球はサード前に転がる。

 送りバント成功となり二死ながらランナーを二塁へと進めた。

「っしゃあ!ナイスバント藤!」

 一塁ベンチが藤原を総出で迎え入れる。

「京矢!」藤原が叫んだ。

 なんだ?とネクストサークルから打席に向かう鷹崎が振り返った。

「後は打つだけだぞ」

「ああ、任せとけ。取られた分は取り返してやるよ」

 打席の方に向き直って再び歩き出す。

「京矢」

 またしても声をかけられた。

「ああ、もうなんだよ!今必死に集中してるんだぞ」

 しかし今声をかけたのは藤原では無い。鷹崎の次にネクストサークルに入った四番の鷺宮だった。

「京矢、細かいことは考えなくて良い。お前は塁に出ることだけ考えてくれ。その後はダイヤモンドを歩いて一周させるから」

「お前……」

「信じろよ。四番を」

 ああ、と鷹崎は打席に向かいながら頷いた。

「とっくに信じてるさ」

 鷺宮の言葉、それはつまり自分が出塁さえすれば後は四番に座る鷺宮剣伍が逆転アーチをスタンドに叩き込むということだ。

 いくら自分が四番で県下でも指折りのバッターとは言えそんな台詞は中々言えないものだ。彼自身の持って生まれた才能、日頃の努力、そして結果があるからこそ言える言葉なのだろう。

 依然追い込まれた状況に変わりはないが今の一言で幾分かは気が楽になった。無理して二塁走者を返さなくても自分が繋ぎさえすれば後は鷺宮を含む後続がどうにかしてくれる。自分に出来るのは絶対に出塁することと裏の投球を完璧にすることだけだ。

 一礼し右打席に入ってスパイクで土を均した。そしていつも通り自然体の構えで相手投手に視線を注ぐ。

(初球から狙う!)

 クイックモーションからの一球目は低めの直球だった。素直にバットは出たが弾き返した打球は三塁側ファールゾーンへ消えていった。

(ちょっとタイミングが早かったか)

 打席を外れて何度かバットを振り自身の脳内のイメージと現実の誤差を微調整する。

(打ち返すビジョンは出来た……!)

 打席に戻り再び構え直した。守備位置を確認するとショートがやや三塁側に寄っている。

(三遊間を固めてきたのか?だったら狙うは素直にセンター返しだな)

 二球目はカーブが大きく外れた。外に流れるカーブをキャッチャーが何とか体で後ろに逸れるのを防いだ。

(珍しいな。ここでカーブがあんなあからさまなボール球か……)

 最終回で優勝が懸かったこの局面で相手投手だってあがらない訳がない。

(勝負は次の一球……)

 静かな闘志を燃やし鷹崎は構える。視線を投手から外さない。

 投手が頷いてセットポジションからの三球目。癖のないフォームから投じられたカーブは内角のボールからストライクゾーンに入ってくた。

 迷いはない、弾き返すのみ。鷹崎はそれに合わせるかのようにバットを振り抜いた。

 一閃、弾き返した打球は低い弾道で左中間に向かって飛んで行く。

「抜けろぉー!」

 枯れそうな声で叫んだ。

 その打球は通常の状況であったならアウトだったかもしれない。しかし二死二塁のこの状況でショートは通常より三塁側に寄っていたのだ。

「届けぇぇ!!」

 ショートが打球を掴もうと斜めに高く跳ぶ。

 それは紙一重だった。ショートが掲げたグラブのほんの僅か左を打球が抜けて行ったのだ。

「くそがぁぁ!!」

 ショートの上を抜けた打球は左中間に落ち転々と転がっていく。

「回れ!翼!!」

 三塁コーチャーは必死に叫でいた。腕を何度も力一杯回す。

「しゃあ!行くぜ!!」

コーチャーの想いに応えるかのように長岡は三塁ベースに到達すると同時にギアをもう一段回上げた。

「センター、バックホーム!!」

 センターが打球を処理するとともにキャッチャーが叫んだ。その指示通りセンターが中継を挟まずダイレクトでホームベースに向かって矢のような送球を披露する。

 タイミングは互角だった。だが長岡はキャッチャーのブロックを交わすかのようにホームへスライディングしてベースに足が触れた。

「セーフ!」

 一塁側観客席から割れんばかりの大歓声が響いた。トランペットの音色、絶叫、叫び声、様々な音が混ざりさっぱり聞き取れない。だが想いは伝わった。

「ふぅ、やっと掴めた」

 長岡はユニフォームに着いた土を払い落としつつ、ヘルメットを高く掲げベンチへと凱旋する。

「鷺宮、後は任せた」

 打席に向かう鷺宮に声をかけたが彼は何も言わない。だが打席に入る際に右手を閉じて親指を上げて応えた。

そして歓声に背中を押され四番鷺宮剣伍が愛用の木製バットを手に左打席に入った。鋭い視線で相手投手の一挙手一投足を捉える。

 一塁に逆転のランナーを置いての初球、外角に直球が外れた。続く二球目も高めに外れた。それを鷺宮は静止して見送った。

そしてそれを五番の烏丸はバッターズサークルで落ち着いて見ていた。

(冷静な判断だな)

 最終回でなおかつ同点のこの状況で相手チームの四番と勝負するなんてことはなるべく避けたい事態だ。とは言え逆転のランナーを一塁に置いたこの状況で鷺宮に歩かせるということはもう一人ランナーを背負うことになるし、得点圏にランナーを置くことになるから当然リスクは大きい。それを踏まえて相手バッテリーは勝負を避けながらギリギリのコースを攻めながら勝負しているのだろう。敬遠で上等、難しいコースに手を出して凡打に倒れてくれたらそれはそれで良し、そういった思惑があるのだろう。

(誰だってそうするし、俺が相手チームのキャッチャーだったら多分やるかもしれない。ああ、そういやうちのエースはそれに応じないんだったな)

 マウンド上で「俺の力でねじ伏せる。お前は俺を信じて真ん中に構えろ」というエースの姿を想像して思わずネクストサークルで苦笑してしまう。緊迫した状況なのに笑う余裕はあるようだ。

(後ろは任せろよ、剣伍)


 

 そんな思いは露知らず、鷺宮は集中力を極限まで高めていた。狙ったコースなんてない、来た球を迷わず弾き返す、それだけだ。

 勝負を避けているのは分かっている。だが相手も同じ人間だ、失投を投じないはずがない。鷺宮はその一球に全てを賭ける。

 セットポジションから三球目が投じられる。内角低め膝付近の直球だった。失投ではない最初から狙った難しいコースだった。だが鷺宮はそれを迷わず振り切る。

打撃音と共に白球がライトに高く舞っていく。

 強打者であることを警戒し、あらかじめ深く守っていたライトだったが打球の伸びを追いかける様にどんどん後ろに下がっていった。

 そして――――

 鷺宮の弾き返した白球はライトの頭上を越え、ライトスタンドにギリギリで吸い込まれていった。

白球の行方を追っていた観客席はどわぁぁぁ、と沸き上がった。優勝をかけた決勝戦の最終回二死という追い込まれた状況からの大逆転劇に盛り上がらないはずが無かった。

 鷹崎は一塁に回っていた鷺宮に目を向けつつダイヤモンドを回っていく。

(まさかホントに打つなんて)

 信じていなかったわけではないし、昔から有言実行な男ではあったがこの局面でもそれをやってのけるとは最早感心するしかない。

 鷹崎に続いて鷺宮もホームベースを踏んでこれで3-1、一点差と追い詰められた状況から二点のリードに変わった。

「ナイスバッティング剣伍!!」

 ベンチに戻りながら待ち構えていた烏丸とのハイタッチに応じる。

「俺も続くぜ」

 しかし五番の烏丸は二球目を打ち上げレフトフライに倒れスリーアウト。

「何が俺も続くだよ」

 先程聞いていたのであろう長岡がボソッと呟くと烏丸は赤面しながら蹴りを加えた。

「とっ、とにかく最終回締まっていくぞ!」

 おお!とベンチが沸き上がり散らばるように裏の守りに走っていった。

 マウンドに上がった鷹崎はふぅ、と息を吐いて正面を見据える。もう上がれないかもしれないと思っていたがもう一度だけ仲間にチャンスを与えられた。鷹崎に出来ることはこの回を完璧に抑え、チームメイトと優勝の喜びと栄光を手にすることだ。

「行くぜぇ」

 静かな闘志を燃やし、大きく振りかぶった。



 先頭打者の七番を直球で押して三球三振で仕留める。

 どわぁぁ、と観客席が沸いている。

 鷹崎は額から出る汗を拭った。真夏の暑さに体力を奪われるがマウンドを降りる気はさらさらない。

 足元のロージンに手を伸ばした。うだるような熱さと膠着した試合展開のせいかスタミナ消耗が激しく、指の掛かりが悪くなってきたのが分かる。

「あと二人……」

 続く八番は選球眼が良く際どいコースには手を出してこなかった。

 開き直った鷹崎はど真ん中に直球を投げ込んだ。八番はそれをバットには当てることが出来たものの直球の威力に負けて差し込まれた。

「はい俺!」

 二塁手の藤原が前に出て打球を捌き一塁に送球し、これでツーアウト。

「ナイスセカン!」

「ナイスピー!」

 一塁側の観客席から歓声が飛んでいる。

 打席に入ったのは九番に変わっての代打が入った。大柄な体で大きく構えている。

 ワインドアップからの初球は内角に直球が決まった。バッターはピクリと反応しただけで手は出してこなかった。どうやら狙い球では無かったようだ。

 続く二球目は外角にスライダーが外れて並行カウント。代打で出るだけあって打撃には自信があるのだろう。際どいコースは見送る選球眼を持っている。

 三球目のサインを烏丸が出した。だがそれに鷹崎は首を横に振った。

(なんだよ、これか?)

 直球のサインに鷹崎は首を縦に振った。そして振りかぶる。

 ブン!と風を切るようなスイングと共にキャッチャーミットに直球が収まる。先ほど以上にキレのある速球だった。

あと一球だ。

 ふぅ、と鷹崎は息を吐いた。指先の感覚が直に伝わる。心臓の鼓動が高鳴るのが聞こえる。目の前が鮮明に映る。

 振りかぶっての五球目、流れるようなモーションと共に指先から渾身の一球が放たれた。目にも止まらぬ直球が風となりホームベース上を駆け抜ける。

 打者の振り抜いたバットは風を捉え切れず空を切り裂いた。風は烏丸のミットに吸い込まれていった。

「ストライク!バッターアウト!」

 悲鳴にも近い歓声が響き渡った。雄叫びを上げる守備陣がマウンドに駆け寄っていく。

その輪の中心で鷹崎は右手を高く上げて笑った。その手には烏丸から渡されたウィニングボールが硬く握られていた。


 前々から高校野球を舞台に作品を書きたいなと思いコツコツと形にしていったんですがようやくそれが陽の目を見ました。

 今回はプロローグという形で主人公の鷹崎とその仲間たちが栄光を掴むという言うなればエピソード0といった形です。なのでどうしても一話内に収めなければいけなかったので連載開始記念みたいな形の長文になってしまいました。次回からはもう少し減らしていきたいんですがさてどうなることやら。

 高校野球が舞台の物語なんですが主人公の鷹崎京矢とそのライバルの鷺宮剣伍の関係性を明確にしておきたいことや最初から二人の実力をある程度知って貰いたいという意図を込めて今回の話を最初に書かせてもらいました。だってそうしないと主人公の実力が分からないまま暫く物語が進みそうでしたから。

 次回からは物語の本格始動という形にはしているんですが次回も中学野球編です(苦笑)本格的に高校野球編が始まるのはあと数話ほど待ってもらうことになりますがどうか生暖かい目で見守ってください。

 それと野球を知らない人でも楽しく読める様にこれからはあとがきでちょいちょいルール解説や細かいプレーの説明も入れて行きたいと思います。

 ではまた次回。

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