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引っ越し当日。萌香は先行して真田の家に着いていた。
昨年実家に戻った際に家財はほとんど処分していたので、荷物としては身の回りのものや衣類など段ボール箱2、3箱程度のもので父が車で真田の家まで届けてくれることになった。
真田は萌香の荷物を入れる為にクロゼットを整理して場所を開けてくれていたので、父が届けてくれた段ボール箱を開けてクロゼットに手際よく収納していく。
空いた段ボール箱は父がつぶし持って帰ることになった。
帰り際、父が少し寂しそうに言う。
「じゃ、帰るからな」
「ありがとう」
「お父さん、ありがとうございました」
父は黙って手を挙げると玄関を出る。萌香は車まで父を送って行った。
「おかえり、萌香」
「ただいま、明日香さん」
当たり前のやり取りがこんなにも嬉しい。萌香は背伸びをして真田の首に腕を回すとそっと唇を重ねた。
真田はそんな萌香をぎゅっと抱きしめる。
「今日は外食にしようか。引っ越しで疲れたろ」
「大丈夫。簡単なもの作るから。お母さんが色々持たせてくれたし」
「今日は引っ越し祝いってことでちょっと呑みたいな」
「いいね。じゃ、お酒の肴になるようなもの用意するね」
「じゃ、俺、酒買ってくるわ。何呑みたい?」
「うーん、そうだな。ランブルスコの白がいい」
「了解」
ランブルスコは微発泡のワインで飲み口が軽く飲みやすいので、ワインが苦手な萌香でもこれだけは好きだった。
真田が近所のセイコーマートに行っている間に萌香は酒の肴を作る。
美味しいバゲットとトマト、モッツァレラチーズを母が持たせてくれたので、カプレーゼとブルスケッタを用意する。調味料などは萌香が真田の家に度々遊びに行くようになってから揃えてあった。
ブルスケッタも、ベーシックなトマトのブルスケッタのほかにいくつか変わり種を用意して目先を変える。
そのほかにも何かできないかと台所を探索したところたこ焼き器を発見したので、それを使ってアヒージョも作ることにした。
玄関の開く音がして真田の声がする。
「ただいま」
「おかえりなさい」
エプロン姿のまま迎えると真田が若干照れたように笑う。萌香は小首を傾げて目顔で問う。
「この場で押し倒したいくらい可愛い」
「やだ、もう」
萌香は顔が上気するのがわかる。照れ隠しに俯いたまま真田の胸を軽く叩くと台所に逃げ込んだ。
テーブルに肴を並べると真田が目を丸くする。
「豪華だね」
「お祝いだもの」
真田が二人のグラスにランブルスコを注ぐ。
「乾杯」
グラスを合わせてワインを口に含むと目線で笑み交わす。
たこ焼き器で煮えているアヒージョを見て真田が「これ何?」と訊く。
「アヒージョ。端的に言うとオリーブオイルとにんにくで煮た料理」
感心したようにたこ焼き器の中で煮えているプチトマトを口に放り込む。
「熱いから気を付けて」
忠告は遅かったようだ。真田はプチトマトを噛んだ瞬間に大慌てする。
冷えたワインでなんとか飲み下すと苦笑して見せる。
「もうね、口の中が大混乱。でも美味しいよ」
「嬉しい」
二人とも引っ越し当日とその翌日とで二連休を取っていたので、思う存分ワインとおしゃべりを楽しんだ。
「そうだ、いつか妙も呼んで三人でごはん食べようね」
「呑むんじゃなくて?」
「妙は酒癖悪いからアルコールなしで」
真田が苦笑しながら頷く。
それぞれシャワーを浴びるとベッドに入る。真田の腕枕に包まれると安堵感で胸がいっぱいになる。
真田は萌香の項に顔を埋めると胸いっぱいに萌香のにおいを吸い込んで、キスをした。
そのまま二人は安らかな眠りに落ちていった。
拙作をお読み下さりありがとうございます。
今後も気が向けばまた更新するかもしれません、どうぞよろしくお願いいたします。




