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インセイン  作者: 夏目泪
2/22

02

「萌、あんたクリスマスどうすんの?」

いつも通り会社のランチで一緒になった岡村が訊く。

「ん?普通に仕事」

「色気ないなー」

「そういうあんたは?」

「仕事」

「そうだよねー」

お互い弁当をつつきながら微妙にテンションが下がる。

「私24日が早番で25日が休み。シフト組んだヤツ気遣ったつもりかっての」

「私も同じだ。どっか食べに行ってもカップルばっかだし、うち来る?」

「そうすっかな」

「豪勢に手料理でも振る舞いますか」

「肉食べたい。ローストビーフがいい」

「割り勘だよ?」

「う。いや、でもローストビーフが食べたい」

「了解。他にリクエストは?」

「バーニャカウダ!」

「あんた、食べきれる量で考えてよね。勿論デザートだって食べるんでしょ?」

「ローストビーフはほら、余ったらお持ち帰りで」

「そだね。じゃ、当日仕事上がったら休憩室待ち合わせで一緒に帰ろ」

「はーい」

簡単に打ち合わせてランチを終えそれぞれ業務に戻る。どうやらローストビーフで岡村のテンションは復活したようだ。


24日、当日。

「もーえー、腹減ったお」

「妙、キャラが違う」

「早くローストビーフ食べたいの」

「はいはい」

今日の岡村は完全に駄々っ子だ。一緒に地下鉄に乗っている間もローストビーフ食べたいと呪文のように繰り返している。

「ほら、食材買うよ」

地下鉄を降りると駅直近の大手スーパーに岡村を引っ張っていく。牛ロースの塊肉以外、野菜類は萌香の自宅にあるもので間に合うだろう。

「今夜は呑むよ」

岡村が宣言してお酒のコーナーに向かう。萌香は下戸だが岡村はザルだ。

「妙、肉は私奢るからお酒はあんた呑みたいの自分で買って」

「はーい」

適当にビールやワインを籠に入れていき、各自レジに並ぶ。

会計を済ませるとスーパー内にある洋菓子店でそれぞれケーキやプリン、シュークリームなどを選ぶ。

「あれ?萌、エクレア好きじゃなかった?」

「あー、いや、今はそうでもない」

エクレアは嫌な記憶をつつくので、最近は食べなくなっていた。

「ふーん。ま、とりあえず今日はダイエットなんて無視してデザートは一人二つね」

「はいはい、いつでもダイエットは明日からでしょ」

無言で岡村が萌香の頭を小突く。

「ローストビーフ作るのやめるよ?」

「あ、ごめんなさいごめんなさいローストビーフ食べたいから許して」

お互いに顔を見合わせて笑い合う。

お酒と肉を岡村が、ケーキ類を萌香が持ち萌香の自宅に向かう。

「そういえば付き合い長いけど萌香のうち行くの初めてだね」

「そういえばそうだね」


鍵を開けて灯りを点け岡村を招じ入れる。

「へー、青ばっかり」

青が好きな萌香の部屋はカーテンもラグも、ソファカバーも色の濃淡の差こそあれ全部青だ。

萌香の好きな札幌のインディーズバンドの名前もAoと書いてアオと読む。そのAoのCDをかけながら調理を開始する。

「意外だなー、こういう激しいの聴くんだ」

「結構こういうの好きだよ」


塊肉に塩と胡椒を擦り込んだ後、小さい切り込みを入れてニンニクのスライスとローズマリーを差し込むとジッパーバッグにその肉を入れて湯を張った炊飯器に入れスイッチを入れる。

「え?ローストビーフなのに焼かないの?」

「うん、こうすると焦げないし簡単だししっとり仕上がるの」

「へー。さすが」

「じゃ、妙はバーニャカウダの野菜切って。私ソース作るから」

「はーい」

岡村の手つきは若干怪しいが目を瞑る。

ローストビーフが仕上がる頃にはバーニャカウダの用意も整った。

「一応ね、昨日作っておいたミネストローネもあるけど食べる?」

「うん!」

ローストビーフ、バーニャカウダ、ミネストローネを並べるとさほど大きくないビーンズテーブルの上はいっぱいいっぱいになった。

早速ローストビーフを切り分けると岡村と自分の皿によそう。

「いただきます!」

ローストビーフを岡村が子どものように頬張るとサムアップしてみせた。頷くと萌香もローストビーフを頬張る。なかなかの出来だ。

そのままの勢いで岡村は蝗の群れのようにテーブルを片付けていく。結局持ち帰る分は残らなかった。

一通り料理を平らげると続けてデザートに取りかかる。

萌香がコーヒーを淹れている間に岡村は自分の分の半分を食べ終えていた。

萌香は苦笑いしながらコーヒーを入れたマグカップを岡村に渡す。

「坂下のこと、リサーチ不足でごめんね」

急に岡村が改まった口調で言う。

「彼女がいるのにあんたに手ぇ出すとか最低だよ」

苦々しげに言う。

「もう、いいよ」

「でも」

「高校生の時も大学の時も男とは無縁だったからね。坂下君が初めてだったんだ」

岡村は驚いたような表情を見せる。どんな言葉をかけていいのか戸惑っているのがわかる。

「坂下君がどんなつもりだったのかはわからない。でもね、初めてちゃんとしたデートとか体験出来たし」

「そっか」

「私なんかじゃダメだったんだね」

困った顔で岡村が言う。

「...萌、前から思ってたんだけどさ。なんでそんなに自己評価低いの?」

驚きだった。言われてみれば確かにそうかもしれない。

「妙、誰にも言わないって約束してくれる?」

萌香の改まった口調に岡村は神妙な面持ちで頷く。

「今までね、誰にも言ったことなかったんだ」

「うん」

「私ね、四歳上の兄がいるの。私が中学生の頃ね、性的ないたずらっていうの?受けてたんだ。だから男の人って正直苦手でさ。もうね、あんまり詳しいことは覚えていないの。記憶が抜けている感じ。でも、汚されたって思ったのははっきり覚えている。全部思い出さないと自分が欠落したままな気がするけど、思い出したらきっと私が壊れちゃうんじゃないかって気がして。自己評価低いのって、これが原因かもね」

淡々と語る萌香に岡村はどんな言葉をかけていいのかわからないようだった。

「人に言ったの、初めてなんだ」

「そうか...言ってくれてありがとう」

しかし萌香はこれ以上のことは言えなかった。出会い系サイトで男を物色して知らない男に抱かれたなんて。

「ほら、呑みなおそ」

気持ちを引き立てるように萌香が言うと岡村が笑顔で応える。下戸の萌香も岡村に薄い酎ハイで付き合う。

そのまま岡村は萌香の部屋に泊まった。翌日二人とも酷い宿酔に襲われたのは言うまでもない。


*****


「萌、頭痛い」

「私も」

散々飲み明かしてそれぞれベッドとソファで沈没した二人は酷い宿酔で最悪な朝を迎えた。

「朝ご飯作るね」

「食欲ない」

「あんたから食欲取ったら何残るの、いいから食べる!」

「へーい」

萌香はベーコンエッグとトマト、グレープフルーツジュースをテーブルに並べる。

「グレープフルーツジュースって宿酔にいいらしいからいっぱい飲みなさいね」

「なんかお母さんみたい」

「あんたみたいな大きな子産んだ覚えないでーす」

軽口を叩きながら少しずつ朝食を口に運ぶ。

「コーヒー淹れるね」

岡村が食べ終わるのを確認して萌香はコーヒーをドリップする。いつもはブラックで飲むが、今朝は胃に配慮してミルクを入れる。

「あんがと」

マグカップを受け取り岡村がコーヒーを啜る。

「生き返るわー」

「今日って何か予定あるの?」

「なんもない」

「どっか遊びに行く?」

「無理。そんな元気ない」

「だよねー」

一緒にコーヒーを飲みながら朝の情報番組をなんとなく眺めて過ごす。

「そうだ、シャワー使う?」

「あー、使いたい。助かる」

タオルと着替えを渡して浴室の使い方を教える。

「天気いいからあんたの服も洗濯しちゃうね」

「あー、ほんとありがとう」

岡村がシャワーを使い始めたので、萌香はその間に部屋の掃除を開始した。掃除が終わったところで岡村が出てきたので入れ替わりでシャワーを使う。

「本とか適当に見てて」

「はーい」

萌香がシャワーを使い終わって出てくると岡村はまたソファで沈没していた。

「しょうがないな」

苦笑してタオルケットを岡村にかけてやり、洗濯を始める。洗濯が終わり物干しに洗濯物を提げおわる頃にようやく岡村が目を覚ました。

「少しは復活した?」

「うん、だいぶいい」

「じゃ、お昼ご飯作るね」

「至れり尽くせりだねー、私と結婚して」

「はいはい」

昼にはベーコンと長葱の和風パスタとまたトマトだ。

「あんたほんとトマト好きね」

「うん。リコピン摂取」

「リコピンって何に効くの?」

「知らない」

「ちょ」

岡村が吹き出す。

「いいじゃん、トマト美味しいんだから」

「まぁね」

他愛ない雑談をしつつ食事を終える。

「今度は私片付けるよ」

岡村が食器を洗い始める。

「ありがと」

その横でまた萌香はコーヒーを淹れる。

「それにしてもすごい量の本だね」

食器を洗い終えた岡村がコーヒーを飲みながら部屋を見回す。

「うん、一度買ったら何度も読み返したいからさ。処分出来なくて溜まっちゃった」

「本溜め込み過ぎて部屋の床抜けないようにね」

笑い半分本気半分で岡村が言うので苦笑して頷いてみせる。

午後はだらだらとドラマを観たり各々本を読んだりのんびりと和やかに過ぎていった。


「じゃ、そろそろ帰るわ」

もうすぐ夕食時というタイミングで岡村が腰を上げた。

「夕ご飯食べてけばいいのに」

「いやいや、さすがに甘えすぎでしょ。また今度ね」

乾いた洗濯物を取り込み岡村に服を渡すとすぐに着替える。

「借りた服、洗濯して返すよ」

岡村は貸した部屋着を畳んで持ち帰ろうとする。

「いや、べつにいいよ。代わりに明日なんかお菓子買って」

「へいへい」

にやにやと笑ってみせて岡村は玄関に向かう。

「駅までの道、分かる?」

「大丈夫。じゃ、また明日」

「はーい」

ひらひらと手を振る岡村の姿が階段から見えなくなるまで見送ってドアを閉める。


自室へ誰かを招き入れたのは岡村が二人目だった。

「こういうのも悪くないな」

萌香は呟いてそっと笑った。

拙作をお読みいただきありがとうございます。

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