第八章 隠れ知的騎士少女逃走?
先生がチョークを走らせ、黒板に召喚魔術の魔法陣を書いていく。
その魔法陣の形、その形が持つ意味、その他色々と講義していく。
勿論そんな事一切理解出来ない美沙希は何のこっちゃである。
(な、何だ、この変な文字は、読めんっ)
ノートに写して、それを魔術テストの時に使うそうだが、文字も書けなければ、魔法陣そのものの形すらまともに書けない美沙希は、頭を押さえて唸るばかりだ。
「・・・・・・ミサキ、わかるか」
隣から青髪の少女が肘で突いてくる。
「サッパリだ、魔術って実技だけだと思ってたけど、筆記もあるんだな」
「基本は筆を走らせる事から始まる。実際にそれを試すのは後半だ」
コソコソと喋る美沙希とスズハ。
「・・・・・・あれ、お前眼鏡掛けてるんだな」
目が悪いのか、スズハは髪をいつもより下に結び、眼鏡を掛けていた。
いつもの堅物では無く、知的な先生のように見えた。
スズハらしくない格好にギャップを感じながらも、これもいいなと思う美沙希。
「まあ、形から入るのも大切かと思ってな」
「そっか、似合ってんぞ」
美沙希は軽く褒めた。
それに対しての反応もスズハらしくなかった。
「ば、バカ・・・・・・照れるではないか」
「っ」
スズハは顔を赤くし、人差し指で美沙希の二の腕を軽く突いた。
(な、何だ。か、可愛くなかったか?今)
これが、所謂ギャップ萌えというやつだろう、見事にそれを体現したスズハは中々だろう。
「はーい、スズハさんとミサキくん。恋人ごっこは午後にお願いね~?」
先生が気付き、早速ネタにして教室内を笑い声で包む。
「スズハさんも、優しくしてたら惚れられちゃうわよ?」
冗談交じりで先生が言うと、それを真に受けたスズハは、
「ほ、惚れるのかっ?」
小声でそんな事を言って来た。
「・・・・・・先生の冗談だから、気にすんなよ」
美沙希は、小っ恥ずかしい空気を消し去る努力をした。
そのような努力をする暇があるのなら魔法陣について覚えたらどうなのかと自分でも思ったが、それを行動に移すのはかなりの時間を要した。
◆◇◆◇◆◇◆
「ぐへぇ、勉強大っ嫌いだ・・・・・・」
机に無様に屈服する美沙希は、腹の音を盛大に鳴らして弱音を吐く。
「だらしない、その様ではこの先が思いやられる・・・・・・」
スズハは優しい言葉など投げかけない、その甘えで調子に乗らせない為だ。
「無茶言わないでくれよ。こんな分野初めてなんだ。まあ、現存世界にもある分野が普通に行われてるってだけでもマシか・・・・・・」
ドランシー女学園の授業は、午前魔術分野を含めた通常授業、午後は選択科目の授業で構成されている。
特に今日は魔術がメインとした授業が多く、理解するのに凄い手間が掛かった。
「でも、身体強化と物質強化?の魔術の構造と基本は何となく理解したし、全部ノートに写した。練習してみる価値はあるよな」
「ああ、私もそうした。魔力が少ない私も、魔力の放出を抑える事で身体強化を多用して戦える程にもなった。お前にもできるだろうさ」
スズハは立ち上がり、眼鏡を外して髪を解き、いつもの長いポニーテールにした。
「やっぱ、そっちの方が似合ってるな」
「・・・・・・・・・」
スズハは返事を返す事無く教室を出て行った。
その時のスズハの耳は真っ赤だったが、それに美沙希は気付いていない。
「ふぅ・・・・・・」
ノートを仕舞い、深いため息をつく。
今は昼食の時間で、他の生徒は弁当を出して既に食事を開始している。
美沙希は、スズハを追う為教室を出る。
が、そこで気付く。
「やべ、食堂ってどこだっけ」
ミリタリナの案内を忘れ、必死に頭の中に眠る記憶を探るが、全く出てこない。
既にスズハの姿は無い。
「えっと・・・・・・す、すいません!」
困った美沙希は、通りすがりの生徒に声を掛けた。
「はい?――――――あっ、美沙希さん!」
「あれ、お前ストレアか?」
美沙希が初めてドームに行った時、ミリタリナと魔術の射撃、相殺を見せてくれた一人だ。
長めのボブカットに杖を入れるポーチを腰に掛けた、如何にも魔術師とも言える格好をしていた。
「それで、何の様ですか?何か困った事でもありました?」
「ああ、食堂の場所を忘れちゃって、教えてくれないか?」
「食堂、ですか?」
恥ずかしい事に、美沙希は物覚えが悪い。勉強は何度も何度も復習しなければ出来ない程だ。
「地図とかがあればいいんだけどな・・・・・・」
「地図、ですか?」
ストレアは笑って、人差し指を立てる。
「もしかして、現存世界では大きな建物には内部の形を精密に描いた地図がありましたか?」
「おう、あったぞ」
「この世界には、地図というものは、地形を表す物しかありません。建物等は覚えればいいだけなので」
「え、そうなのか?」
美沙希は心底驚いた。
ここの生徒は覚えるだけでこんなに広い学園内を歩いているというのか。
それはただ美沙希が方向音痴だというだけだが、自覚が無いので指摘されても否定している。
「学園の建物の位置を覚える為に、ちゃんと努力をしましょうね?」
「は、はい・・・・・・」
何故か怒られた気分になった美沙希は、今ここで方向音痴を認知した。
「じゃあ、食堂に行きましょうか。私も今から向かう所でしたし」
「本当か?助かる」
「あ、それと、私の事は普通にエミリアって呼んでくれていいんですよ?」
ストレアは意地の悪い笑みを浮かべて美沙希を見る。
「え、えっと、じゃあ、エミリア」
「はい、なんですか?」
「え?」
「え?」
美沙希はそこで気付く。
「・・・・・・からかってんのか」
「すいません。さ、行きましょう」
エミリアは逃げるように美沙希の隣を過ぎていく。
「ちょ、待てよっ!?」
美沙希はエミリアを追って走った。
◆◇◆◇◆◇◆
「あら、ミサキさん。御食事ですか?」
食堂に向かうと、入口の前にルーセントハートが立っていた。
「まあ、そんなところか。スズハを追ってきたんだけど、いるか?」
「いますよ、もう席に座っています。ミサキさんを待ってたんですよ?さ、来て下さいっ」
「うおっ!?」
腕を掴まれ、食堂の座席向かって引っ張られる。
ルーセントハートは意外と強引だという事を知った美沙希だった。
「え、エミリアっ。案内ありがとうな!ちょ、引っ張んなって!」
エミリアにお礼を言い、ルーセントハートに引っ張られる。
「ルーセントハート、当たってるからなっ!?」
「別に構いませんよ、急いで下さいっ」
美沙希の抗議は無駄となり、席に着くまで親ライオンに首根っこ掴まれる子ライオンの状態で引きずられた。
そんな美沙希とルーセントハートを見てエミリアはくすくすと笑う。
「どう見ても、女の子ですね、美沙希さん」
ポケットから一枚の紙切れを取り出し、慈しむ様な顔で紙切れを見つめる。
エミリアの持つ紙切れは、現存世界でいう、写真だった。
その紙には美沙希が、M200インターベンションを構えて的を撃つ姿が写っていた。
色までしっかりとついており、プリンターで写した様に繊細に写っている。
「美沙希さん、貴方はこの世界でどう生きますか?」
まるで、写真の中の美沙希に喋りかけるように語る。
「貴方は、これから降り掛かる災難に、どう立ち向かいますか?」
エミリアは写真を魔術で燃やし、塵にする。
「楽しみにしているわ、04」
そう言い残して、エミリアは食堂を去っていった。