第二章 女学園入学前日
ガタガタと揺れる馬車の中、一人頭を抱えてブツブツ喋る男が一人。美沙希だ。
「訳が分からない・・・・・・」
迷い人とか言われ、死んだが生き返った、異世界に呼び出された。そんな事を立て続けに言われ、精神が参っている状態で、馬車に乗せられた。
「最初は誰でもそうです。気を確かに」
気を失って、目を覚ますと、既に馬車の中に居た。
宮殿に連れて行くとかどうこういっていたが、目的がハッキリしていない以上信用出来ない。
それに――――――
「アンタ、どっかで俺に会った事あるか?」
前に座る、お嬢様の様な格好をした女性に声を掛ける。
「いえ、今日が初めてですが。どうかなさいましたか?」
「・・・・・・・・・いや、そうならいい」
町で会った銀髪の女性。その人が今、美沙希の前に座っている。
(似ている・・・・・・いや、似過ぎている)
銀髪の女性が、02、永瀬美奈子に瓜二つなのだ。これが、美沙希が気絶した理由だ。
生き返り、異世界に呼び出されたと言われた後、裏切り者にそっくりの女性が現れた。
この後、自分がどうなるかなど、考えたく無かった。
もし、この女性が、02だとしたら?他人のフリをしていたら?
「アンタ、何者だ?俺の納得いく説明をしてくれ。何で俺は異世界とやらに呼び出された?何で呼び出されたがは俺なんだ?目的は?」
「落ち着いて下さい。詳しくは学園で――――――」
「これが落ち着いてられるかよッ!?辺り一面俺が知らない景色ばかり、俺の知っている常識が一切通用しないッ!何なんだよ、この世界はッ!?それに、この馬車は何だ。馬に角が生えてやがる、そんな生き物見たことがない!」
取り乱す美沙希の隣に席を移し、手を握ってくる女性。
「迷い人様、どうか、どうか落ち着いて下さい」
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
呼吸を乱す美沙希の背中を摩り、落ち着くまで傍に居る女性。
何故か、緊張する事が無かった。が、それと同時に恐怖感が襲う。
「は、離れろ・・・・・・」
「どうかなされましたか?体調でも―――――――」
「違う、違うから・・・・・・」
「では、悩み事か何かでしょうか?」
「この状況で、悩んでないと思うか・・・・・・?」
若干諦めの表情を浮かべながら、抱えていた足を下ろす。
ため息をつき、美沙希はライフルケースを杖の様に持つ。
「一番ショックなのは、アンタだよ。名前はなんていうか知らないけど、俺のいた世界、現存世界っていうのか?そこにいる、俺の友達にそっくりなんだ、アンタの顔が」
美沙希は、全てを打ち明ける事にした。愚痴を吐く様に、自分の考えている事を。
「俺は、その友達に殺されかけたんだ。足を撃ち抜かれて、立てなかった。その時に覚悟を決めてグレネードのピンを抜いて、自殺したんだ」
「自殺、ですか?」
「ああ、自殺だ。信頼していた友達に殺されるなんて嫌だったから、その場で死のうと思ったんだ。その時の友達の顔が、恐ろしかったんだ。今まで見せた事の無い、裏の顔を。ゴミを見るかのような目で躊躇無く足を銃で撃ちやがった。それを思い出すと足が震える。それを思い出させるかのようなアンタの顔が、堪らなく恐ろしいんだ」
溢れるば涙をジャケットの袖で拭く。
今でも覚えている、あの時の美奈子の顔を。
関心の無い、蔑む様な視線を向けながら拳銃のトリガーを引く美奈子が脳裏に浮かぶ。
あの時、別の行動を取っていればああいう形で死ぬ事はなかったんだろうか。
「アンタは、仲の良いと思っていた友達に殺されかけた事、あるか?」
「仲の良い友達に、ですか」
「ああ」
瞳を閉じ、思い出すかの様に喋り出す。
「仲の良い友達には無いです。ですが、私の事を良く思っていない方々には、常に命を狙われています。迷い人様の気持ちは、良く分かります。が、経験から物を言えば、迷い人様。貴方はまだ甘いです。友達は裏切らない、そう考えていますか?現実は甘くありません。裏切りなど、人が生きるに連れて必ず取り付く問題です。大きく考えず、なるべく楽観的に考えては如何でしょうか。その友達には、貴方を裏切らなければならない理由があったのでしょう。貴方が友達を本当に思っているのなら、全てを受け入れ、気持ちを入れ替えてはどうですか?」
想像していた返事よりも、重かった。
美沙希は目を開いて目の前の女性を見る。
「アンタ、常に命を狙われてるって、どういう事だよ?」
「私だけではありません。学園の生徒の貴族全てがその対象なのです。窓の外をご覧下さい」
言われるがまま、美沙希は窓の外に視線を向ける。
少し離れた場所に、城の様な建物が三つ、並んで建っていた。
「あれが、私達が向かっている場所。そして、迷い人様。貴方の生活の場となる場所でもあります」
「は!?何勝手に決めてるんだ!」
美沙希は憤怒し、立ち上がる。
「俺はこんな得体の知れない世界に連れてこられて迷惑してるんだ、住む場所位自分で決めさせてくれッ!」
「では、迷い人様。貴方は魔法を使えますか?」
「ま、魔法?」
「ええ、魔法です。この世界では知らない者はいません」
「いや、知らないけど・・・・・・」
「魔法を知らない、しかも使えない貴方は、他国の餌食です。だから、安全な場所に匿うという処置を取ったのです。ご理解下さい」
「でも、本人に聞くべきじゃないのか?勝手に物事を進めて、俺が猛反対したらどうするつもりだ?」
「猛反対なされるのですか?」
表情を崩さず、自分のペースを保って会話を進める女性。
その威圧感にもなる雰囲気に負け、美沙希は押し黙る。
「・・・・・・ご安心下さい。この国の者は、貴方様を歓迎してくれています」
軽く笑い、向かい側へと席を移す。
それと同時に馬車が止まる。外を見ると、先程見た城が隣にあった。
「着きましたね。どうぞお先に」
運転手が扉を開け、丁寧に礼をする。
美沙希は言われる通りに馬車を降り、目の前に広がる光景に心奪われる。
「これが、アンタのいう『学園』なのか?」
「現存世界の学園とは似ても似つきませんか?」
「あ、ああ。まず、こんなにデカくない。シンプルな、箱みたいな場所だ」
敷地面積が把握できない程の大きさの学園(?)を前に、ただ驚く事しか出来ない美沙希を他所に、女性が前に立つ。
「申し遅れました。私はこの『ドランシー女学園』生徒会長を務める、エリナ・ミリタリナと申します。この学園内では貴方様の先輩という事になりますが、お気になさらず。今までの貴方様でいてくださいね。それで、私が名乗ったからには貴方様も名を教えてくださるのですよね?」
「あ、ああ。美沙希だ」
「ミサキですか、良い名です。それではミサキ。学園の寮に案内しましょう」
大きすぎる学園を背に、ミリタリナはドレスを翻し、学園の門を潜る。
それに続くようにして美沙希も門を潜った。
◆◇◆◇◆◇◆
「ここが食堂、ここが職員室、ここから先は特別棟です。二階から教室になっていますので、後程――――――」
良くある学園の設備だが、規模が想像を絶していた。
何故食堂がドームレベルの広さなのか、何故職員室に女性しかいないのか、何故特別棟の教室に黒焦げになったマネキンが数十体も置かれているのか。何もかもが現実離れしていた。
女子高だとしても男子教師の一人や二人いるだろうが、ここには居ない。一人として。
そんな異常とも言える光景に、ただ絶句するしか無かった。
「ミサキ、聞いていますか?」
「んぁっ!?」
急に頬を抓られ、変な声を出してしまう。
「話を聞いていなかった罰ですよ、ミサキ。ここでは貴方は後輩になるのです。態度を弁えて下さい」
「態度って、敬語でも使えっていうのかよ?」
「そうではありません。せめて話だけでも頭に入れて下さい」
「あ、ああ。わかった」
「では、今からドームへ向かいます」
「ドーム?」
「ええ、闘技場と言ってもいいかもしれませんが、この学園の生徒ほ殆どがドームと呼んでいます。アリーナとも呼ぶ人がいますが、ここではドームと言っておきます。ドームでは、魔法を使った模擬戦闘をメインとした授業を行う為に使われる施設です。単に魔法の練習等にも使えますし、用途は生徒によって違います」
「な、成程」
「模擬戦闘の授業が行われている筈です。行ってみましょう」
「ああ」
長い廊下を歩き続け、橋の様な場所を渡る。
(学園に橋って、やりすぎだろ)
内部施設が非常に入り組んでいて、全体図を覚えるのに時間が掛かりそうだった。
◆◇◆◇◆◇◆
「何だ、あれ・・・・・・」
最初に目に映った光景は、異世界だと認めざるを得ない物だった。
「あれが、魔法です。炎、水、雷、土、風、五大属性を操る『魔術師』を育成するのが、ドランシー女学園です」
ドームの真ん中では炎が飛び交い、それを防ぐように水を飛ばす者もいる。
あれが模擬戦だろうが、模擬戦とは言えない迫力が伝わってくる。
水が一瞬で蒸発する音、雷が落とし土を抉る音、何もかもが新鮮に感じた。
「あ、あれを習うのか?」
「あれはまだ初級魔法。徐々に段階を上げて、上級魔法まで習います。この学園は四年制、優秀な魔術師を年月を掛けて育てていくのです」
「じゃあ、アンタも魔法とやらを使えるのか?」
「ええ、中級までは殆どマスターしました。まだ三年生というのもあり、上級魔法はまだそんなに使えないです」
「そうなのか・・・・・・」
魔法には縁が無い美沙希だが、見るだけで魔法を扱うのにどれだけの集中力を使うのかが伝わってくる。
汗を流しながら肩で呼吸する女生徒が目に入り、魔法の取り回しの難しさが分かる。
「でも、心配しなくてもいいでしょう。私から見ても、貴方には魔法を扱う素質が伺えます。だから迷い人として選ばれたのかもしれませんね」
そう言うとミリタリナはドームへ入っていき、女生徒達に声を掛け始める。
「ミサキ、今から軽く魔法をお見せします。ちゃんと見ておいて下さいね」
「あ、ああ」
そう言うと、ミリタリナは声を掛けた女生徒から距離を取り、腰から剣を抜く。
それを合図に女生徒もペンの様な小さな棒を取り出す。
「いきます、フレイムショット!」
手の平サイズの炎をペン先から撃ち、ミリタリナを襲う。
高速で撃ち出された炎を避けようともせず、剣を横に構える。
「いい狙いです、ウォーターウィップ!」
刃が水を纏い、剣を振ると鞭の様に撓り、炎を叩き落とす。
一瞬の出来事で何が何だかわからなかったが、確かに魔法を見る事が出来た。
「これが、魔法の〝射撃〟と魔法の〝相殺〟です。覚えておいて下さいね」
「・・・・・・わかった」
射撃と聞いた時、妙な違和感を覚えた。
(もしかしたら、銃の出番もあるかもしれない)
「なあ、この世界に銃っていう物はあるか?」
「銃、ですか?ええ、存在しますが、あってもシンプルな導火線に火を付けて撃つ、火縄銃しかありません」
「そうか。じゃあ、この学園に射撃場みたいな、的が置いてある場所はあるか?」
「ええ、あります。少し狭いですが、案内しますよ」
「あ、わたしも着いて行きますっ」
さっきの女生徒が挙手して飛び出てくる。
「初めましてですね。私はエミリア・ストレアです。気軽にエミリアと呼んでもらえると嬉しいです。あなたの名前を聞いてもよろしいですか?」
「お、俺か?俺は美沙希だ」
「美沙希、ですか。いい名前ですね、転校生ですか?」
「そんな感じ、か?」
隣のミリタリナへ視線を向ける。
「ええ。ですが、転校では無く、転入です。明日には全校生徒に紹介するつもりですよ」
「ぜ、全校生徒・・・・・・」
規模が想像できず、鳥肌が立つ美沙希。
若干人見知りの気がある美沙希には、公開処刑に近いだろう。
「では、行きましょうか」
ミリタリナの案内で、射撃場なる場所へと向かった。
◆◇◆◇◆◇◆
「誰もいないな」
「ええ、この学園では銃はあまり使われていない、歴史の産物になりつつあるのです」
射撃場へ来たが、誰ひとりとして人はおらず、火縄銃が棚に乱雑に置かれていた。
「早速だけど、試しに撃ってみていいか?」
「ええ、どうぞ。あそこに銃はありますので。あ、火は私が付けますので――――――」
「いや、必要無い」
美沙希は、背負っていたライフルケースを開け、中からM200インターベンションを取り出す。
「な、なんですか?そのゴテゴテしたのは」
真っ黒の大型の銃を見て目を開くミリタリナと
「これは・・・・・なんて言ったらいいんだろ、火縄銃の進化系?この銃には火は必要無いんだ」
マガジンを入れ、ボルトハンドルを後方に引き、また前方に戻して弾丸を装填する。
「うん、懐かしい・・・・・・。いける」
光学照準器を覗き、人型ターゲットの頭部に照準する。
「――――――――――ッ!」
トリガーを引いたと同時に銃口から火を吹く。
銃弾が螺旋状に回転し、ターゲットの頭に吸い込まれていく。
ガキンッ!と、金属が潰れる様な音を部屋に響かせ、キン、と銃弾が落ちる音が何度も耳に入る。
懐かしい感覚が蘇り、すぐにハンドルを引く。
(こうやって、01達とコッキングの練習してたっけな)
排莢、装填を済ませ、次弾を放つ。
それを何度か繰り返し、弾が切れた所でサイトから目を離す。
ターゲットを見ると、ズレの一つも無く全ての銃弾が同じ場所に当たっていた。
(上出来、かな)
「なあ、ここって個人的に借りる事って出来―――――――どうした?」
ミリタリナとストレアの方に振り向くと、口を開けて呆然とする二人が目に映った。
「す、凄い腕ですね・・・・・・」
「何かやってたんですかっ!?」
食い入る様に聞いてくるストレアに若干押されながら、美沙希は答える。
「ちょっと、銃を扱う仕事に就いてたんだ。ただ、それだけ」
「凄いです、憧れますっ!」
目を輝かせて跳ねるストレアに唖然とする美沙希にミリタリナが耳元に口を近づける。
「彼女、魔銃士なんです」
「魔銃士?」
「ええ、さっきドームで見たように、魔法で対象を撃つ事をメインとした魔術師です。これは高度な魔力コントロールを必要とするので魔銃士を目指す者が少ないんです」
「魔法の扱い方で呼ばれ方も変わるんだな」
「ええ、私の場合は剣を使うので、剣をメインとする魔術師は、魔剣士と呼ばれるんです。それ全て引っ括めたのが、魔術師です」
「成程な・・・・・・。じゃあ、俺が銃を使って魔法を使うってなったら魔銃士になるのか?」
「どうなんでしょう。銃を使う魔術師はいないので・・・・・・」
「あー、そうだよな」
魔法で対象を撃つのが魔銃士であって、銃を使う魔術師は存在しないのだ。
この世界には存在しない、ボルトアクションライフルや、ハンドガンを扱う美沙希には未知の領域だ。
「その事についてはまた後日。今日は解散しましょうか」
窓を見ると、夕日が沈んで空がオレンジ色に輝いていた。
美沙希達は、射撃場を出て学生寮へと向かった。
◆◇◆◇◆◇◆
「ここが、ミサキの住処となる寮です」
白色で大きな一軒家が建っていた。
が、ここに一人で住むには些か大きすぎる気がする。
「なあ、ここって俺だけが住むのか?」
美沙希が聞くと、ミリタリナは首を横に振る。
「いいえ、ここは一つの寮です。全寮制ではないので生徒全員が寮生活という訳ではないので」
「じゃあ、ここに他にも住んでる人がいるのか?」
美沙希が言うと、ミリタリナは笑顔で答える。
「ええ、私とあと五人います」
「五人っ!?」
かなりの数だった。その中に男一人というのは中々キツイのではないだろうか。
話によると、既に部屋の準備は出来ているらしく、部屋に入ってすぐ生活できる状態との事だ。
(準備が良すぎやしないか・・・・・・?)
異世界に来て学園編入、そして衣食住の揃った環境。今思うと全てが怪しい。
「なあ、ミリタリナ。この異世界の人間は、俺がここに来る事を知ってたのか?」
疑いの目を向け、ミリタリナを睨む。
「半分合っている、半分違うといった所でしょうか。この国『アイリス』では年に一度、迷い人の伝説に基づいた記念日、祭りが行われているんです。そんな日に、貴方が来た。その報告を受け、至急国で手配したんです」
「年に一度って事は、俺以外にも迷い人はいるのか?」
「いいえ、伝説としての祭りですので、町の皆は来るのではないか、と思っている程度でした。迷い人としてこの世界にいらしたのは貴方が初めてですよ、ミサキ」
「・・・・・・そうなのか」
疑った事に若干の罪悪感を感じながらも、心の中でミリタリナに感謝する美沙希だった。
「さて、夜は冷えます。部屋に入りましょう」
扉を開け、中に入っていくミリタリナを追うように中へと入った。