十九章 破壊
「お前、こんなところで何してんだよ」
「け、結界を見つけたから中に入って解除しようと思っただけだ。道中怖かったとか、そういう事は一切無いぞ、うん」
スズハは額に汗を浮かべながら苦笑いする。明らかに無理をしている表情だ。
「魔力、結構持ってかれてるんだろ。無茶したら駄目――――――」
そこで美沙希は引っかかる。
「・・・・・・お前、どうやって結界の中に入った?」
「結界は入る事は出来るが出ることが出来ないものだ。それに魔力吸収型と来た、ただでさえ魔力が少ない私が結界の中に入っていたら下手すれば死ぬというのに」
スズハは軽く鼻で笑う。
「いや、笑い事じゃねえだろ。なんでそんなに冷静でいられるんだ?死ぬかもしれねえんだぞ!?」
「ああ、そうだな。それは然程問題では無い」
スズハは剣を掲げて不敵に笑う。
「死ぬ前に結界を解除して外に出ればいいだけだ。普通に考えればわかるだろう」
「普通に考えたらって、お前魔力量が少ないじゃないか」
「その件については問題ありません。ミサキ」
ミリタリナが美沙希の隣に立つ。
「私からスズハに魔力供給すればスズハは長時間魔力を放出した状態でも活動出来ます。幸い、私は魔力量が常人より多いので」
「そういう事だ。手短に済ませて帰るぞ。腹が空いてくる時間帯だ」
スズハは美沙希の腹の上から立ち上がり、剣を腰に収める。
美沙希はその時見てしまう。
立ち上がった時に起こった軽い風で、スカートが捲れるのを。
美沙希はスズハに馬乗りの状態で組み伏せられていた。
その状態からスズハを下から眺める事になるのだ。
スカートの奥の光景が遮られる事無く美沙希の視界に映る。
「・・・・・・く、黒」
「ん?―――――はひっ!?」
スズハはスカートを両手で押さえ、顔を真っ赤にして美沙希を睨む。
「お、お前という奴は・・・・・・!」
「俺悪くないだろ!?」
「何やってるんですか・・・・・・」
それからもうしばらくして、美沙希達は結界解除を開始した。
◆◇◆◇◆◇◆
「よし、ここが壁だな」
スズハは結界の内側、壁に手を添えて言う。
「エリナ、供給の準備をしておいてくれ。早速始めるぞ」
別棟出入り口前で腰を低く構え、拳を引くスズハ。
少ない魔力を拳に溜め、全身の関節をフルに活かした、銃弾を撃ち出す撃鉄のような速度で右ストレートを放つ。
結界と拳が衝突と同時に結界が軽く歪み、拳を引く。
大きく波紋を刻む魔術結界を恨めしく睨むスズハ。
「結構魔力を持っていかれた、供給を頼む」
「わかりました」
スズハはミリタリナと向かい合い、突如抱き締めあった。
「な、何してんだっ?」
「魔力供給ですけど、何か?」
「い、いや、それならいいんだ、うん・・・・・・」
傍から見たら女性同士が愛し合っている様に見えるが、実際は違う。
魔力は受け渡しが可能だ。
自分の魔力を他の者に分け与えたり、他の者から魔力を貰ったりと、様々な運用が可能だ。
そして、魔力供給の基本として重要なのは、魔力を渡す者と受け取る者同士の身体が接触している状態を保つ事だ。
接触する部位によって供給する速度が上がったりとするが、二人が抱き合うというのが一般的だ。
特にこういった魔力吸収型魔術結界の中では魔力が少ない者が魔力を多く持つ者から供給を受け、活動時間を伸ばすといった、冬山で体をくっつけ合うような事がドランシー女学園では訓練として行われている。
「・・・・・・よし、行けるぞ」
スズハはミリタリナから体を離し、結界を見据える。
腰をやや低めに構え、左腕を素早く伸ばし一発ジャブを放つ。
それでも先程の右ストレートと同じレベルの衝撃を生み出し、結界が歪む。
「――――――――はッ!」
結界が歪み始めたと同時に右の拳を一直線に放つ。
初撃の右ストレートの威力を遥かに越す直線のパンチは結界を大きく揺さぶる。
結界だけでなく、付近の窓ガラスや花瓶を衝撃で砕き、スズハを中心にして床にヒビを入れる。
美沙希も衝撃に負けて尻餅を付き、爆風で髪を靡かせる。
「な、なんだ・・・・・・?」
美沙希は目の前の出来事をすぐに現実として認めるのに時間を要した。
「魔術ですよ。身体強化の一種です」
ミリタリナは美沙希の手を取り立たせる。
「スズハは腕の関節と腰、膝の関節と踵を魔力で強化、腰と踵で全体重を支えて腕に力を入れたんです」
「腕には魔力込めてないのかよ?」
「はい。関節強化で得た瞬発力を利用しただけのパンチです」
「ってことは・・・・・・」
先程のパンチで発生した衝撃全てが、スズハの純粋な筋力から放たれたパンチだということだ。
「ば、化物かよ・・・・・・」
「そう思われても仕方ないでしょうね。スズハのあだ名は『怪物』ですからね」
「か、怪物・・・・・・」
怪物と賞される力あってこその騎士団長スズハなのだろう。
美沙希はそう悟った。
「ミサキ、手伝ってくれないか」
「あ、ああ、わかった。何すればいい?」
スズハは先程拳をぶつけた部分を指差して言う。
「ここに、魔力を込めた銃弾を撃ち込んで欲しい。私が追い打ちを掛ける」
「わ、わかった」
美沙希は腰からオリハルコン製USPを取り出し、安全装置を解除する。
遊底を手前に引き、照準を波紋を刻む結界に合わせる。
腕の血管が拳銃と繋がる感覚を感じたのと同時に魔力を解放、腕を伝って拳銃に魔力を流し込む。
(銃弾強化・・・・・・いけるか?)
美沙希はM200インターベンションで引き金を引いた時の事を思い出す。
「・・・・・・・・・ッ!!」
美沙希は目を開き、トリガーを引く。
突如、遊底が目で追えないスピードで稼働、銃弾を吐き出す。
空気が破裂する音ど同時に結界を大きく揺らし、銃弾が結界にめり込む。
「今だスズハッ!!」
「――――――――はぁッ!!」
スズハは足の関節を限界まで引き絞り、単純な蹴りを銃弾がめり込んだ部分に放つ。
暴風が荒れ、スズハの美しい青髪を靡かせる。
「引いて下さい――――――鍵解除、発動」
後ろで剣を抜いたミリタリナは剣先を指でなぞり、まるで新剣の様な輝きを持たせる。
ミリタリナは一歩の踏み込みで結界前まで移動し、神速の突きを放つ。
照準は銃弾が結界を阻害する場所、銃弾を押し込む様な形で剣を結界に突き刺す。
「侵食開始」
直剣の輝きが結界に染み込んでいき、結界全体を綺麗な銀色に染め上げる。
ミリタリナが剣を抜くのと同時に結界が砕け、雪の様に降り注ぐ。
「案外あっさり解けたな。結界ってそんなもんなのか?」
美沙希は結界の外に一番に出た。
が、すぐに異変に気付く。
「・・・・・・・・・あ?」
美沙希は力無く倒れ込む。
「ミサキっ!?」
スズハが美沙希の元へ駆け出す。
が、その足はすぐに止まる。
「賢明ですね。それ以上近づけば、魔力量の少ない貴方は死ぬでしょう」
紅色の粒子を周囲に撒き散らし、瞳を紅蓮に染めた黒髪の少女。
頭には魔力で形成された二本角、腰からは長い尻尾を垂らしながら美沙希の隣に立つ。
「心美・・・・・・?」
それは美沙希が名を与えた少女で、美沙希の契約した二角獣の擬人召喚獣、心美だった。