第十七章 模擬戦闘
美沙希は、ドームの真ん中でシャルロットと向かい合う。
美沙希の手にはオリジナルUSPとオリハルコン製USP、シャルロットの手にはコルト・コンバットコマンダーとベレッタM92、お互い拳銃を持って睨み合う。
「当たっても、文句言うなよ」
「いや、文句は言いたいんデスケド・・・・・・でも、かまいまセン」
同時に拳銃の安全装置を外す。
美沙希は瞬時に中腰になり、低姿勢のまま前方に駆け出す。
二発の銃弾が頭のあった場所を通り過ぎるのを感じ、オリジナルUSPをシャルロットのコンバットコマンダーを持つ手に照準を合わせる。
発砲と同時に左へ跳躍、足元を狙って放たれた銃弾を避ける。
「まだ始まったばかりデスヨッ!」
シャルロットは大きく一歩を踏み出し魔力を脚部に集中、瞬発力と魔力の放出の勢いを利用したブーストジャンプで美沙希との距離を大きく詰める。
「ッ!」
「ハッ!!」
シャルロットは身体を捻り、遠心力を乗せた回転蹴りを美沙希の頭部目掛けて放つ。
「―――――――ふっ!」
美沙希は腕をクロスし、魔力を前方に放出。魔力の圧力で蹴りの勢いを打ち消す。
正直成功するとは思っていなかったが、物は試しである。
これでわかった事は、魔力は他の魔力と結び合い、分裂し、消滅する。
魔術と魔術の相殺を見せられた時の出来事と一致する。
「魔力コントロールの基本は出来るそうデスネ」
「放出しか出来ないけど、なッ!」
美沙希はクロスした腕を強引に振りほどき、シャルロットの足を払う。
シャルロットは足を払われると同時に魔力を脚部から放出、壁を蹴るようにして美沙希の腕を蹴りつける。地面に着地と同時にナイフを振り抜き、美沙希の心臓目掛けて刺突を放つ。
美沙希はそれを腰を大きく反らせる事で避ける。
「容赦無いなッ!」
「文句は言わないんでしょッ?」
美沙希はシャルロットと視線を交差させる。
シャルロットの目は戦士の目、数多の戦場を切り抜けてきた者の目をしていた。
美沙希にはそれが、酷く美しくも汚れて見えた。
「なら、こっちも――――――!」
美沙希はそのまま後ろの体重を乗せ、背中から倒れこむ。
背中が地面に付く一歩前、右足を振り上げてシャルロットの左手に収まっているコンバットコマンダーを蹴り飛ばす。
それと時をおなじくして美沙希は身体を捻り、右足を下に下げつつ左足を振り上げる。
そして、左足からの回転蹴りで右手に収まるベレッタM92を蹴りつける。
魔力を乗せた蹴りは、軽々とベレッタM92のポリマーフレームに凹みを付ける。
美沙希は胸が地面を向いたと同時に踵を振り下げ、頭が地面を向くように身体を反転させる。
二丁のUSPをシャルロットに向け、胸目掛けて発砲する。
が、そこにシャルロットの姿は無く、背後から影が迫る。
「甘いデスッ!」
シャルロットはナイフを振り上げ、斜めに切りつける。
美沙希は身体を捻って振り向き、シャルロットの放った剣線をオリハルコン製USPの銃身で受け止める。
魔力を通して強化したUSPは、通常のポリマーフレームの何倍も堅牢な強度となる。
ロケットランチャー等で撃たれようとも、壊れる事はない。
それこそ、ナイフを受け止めるなど容易い。その拳銃の所持者が相当の手練であるならば。
「甘ぇのはどっちだよっ!」
「んナッ!?」
美沙希はナイフを受け止めた時の衝撃に乗って身体を大きく起こしシャルロットの背中に伸し掛る。
「ヒぅッ」
腰の手を伸ばそうとするシャルロットの右腕を腰に押し付ける。
手首を強く掴み、抵抗しようとするシャルロットの首に美沙希は左腕を置き、全身で動きを封じる。
「抵抗すんなよ。こっちはかなり全力だしてんだからよ」
「つ、強いデスネ。自衛隊の模擬戦闘訓練では負けなしだった私をここまで・・・・・・」
「俺も人を相手にする仕事を何年もやってきてんだよ。そう負けていられねえっての・・・・・・スズハはまた別だけどよ」
美沙希はシャルロットの上から退き、先程蹴り飛ばした二丁の拳銃を取りに行く。
見るも無残にひん曲がった銃身。直すのには骨が折れるだろう。
「この銃、壊して悪かった。お詫びにこの銃でも・・・・・・」
そういって、美沙希はオリジナルのUSPを差し出す。
「い、いえっ、あの銃はサブ、他にも色々拳銃は持ってマスので、ご心配ナク!」
慌てたり嬉しそうにはしゃいだり、忙しい奴だ。
美沙希は、こんなにも好奇心旺盛な少女を普通の少女として見る事が出来なかった。
それは、さっきの戦闘技術を目の当たりにしたからなのか、それとも、
――――――暗殺者だからこそ感じ取れる殺気を放ったからなのか――――――
美沙希は、目の前の少女がとてつもなく恐ろしい存在に思えた。
「ミサキ、どうしたデスカ?」
「っ!?いや、何でもない。何でもないから・・・・・・」
手に持っている銃をガンポーチに仕舞い、動いている最中に乱れたネクタイを整える。
「お前達、何をしているッ!」
そんな時、ドームの入口から凛々しい声が聞こえた。
「ゲッ、スズハデス・・・・・・」
「ここで何をしていた?」
「魔術会に向けての練習デスヨ。特訓と言ってもいいデショウ」
「特訓、大いに結構。だがしかし、お前、午前中の授業が終わった後生徒会室に来るように言われていただろうが」
「わ、忘れていまシタ・・・・・・」
「弛んでいる。お前は根性が弛んでいる、その太い足の様に」
「あ、足は関係無いデショ!」
「さて、どうだろうな。体を見る限りお前は訓練をしているようだが、基礎ばかり。難易度を上げて体を鍛えるような事はしていない」
「それでもっ、体は弛んでしまう事はありマスっ。自衛隊の食堂に出るごはんが美味しいとか、理由は色々あるんデスッ!」
「俺、帰ってもいいか?」
「食事は大切だ。しかし、それは一種の娯楽に過ぎん。欲を満たす為の行動というだけで、それを我慢すればトレーニングの時間が出来るだろう」
「そんなッ!?食事を抜けと言うんデスカッ!貴方オーガデスネっ!」
「・・・・・・・・・」
美沙希は背中から聞こえる二人の怒声(?)を無視し、無言でドームを去っていった。
体脂肪だのカロリーだのと聞こえたが、美沙希は聞かなかった事にした。
◆◇◆◇◆◇◆
美沙希はドームの外周りをぶらぶらと散策していた。
ドームの外周は何の建物も無く殺風景な場所だが、美沙希はここが妙に心地良く思えた。
風の流れを遮る建物すら無い場所で、男にしては長い髪を靡かせる。
美沙希は長い髪をしているが、これはただ単に髪を切るのが面倒臭いというだけだ。
暗殺稼業をしていた時にたんまりと稼いでいたが、それでも髪を切ろうとしなかった。
そのような時間があるのなら、人を殺す為の技術を磨く。それが美沙希の生き方だった。
だが、そんな生き方とは全然違う生活を送っているのが現状だ。
今では戦う事があるが、頻繁ではない。それも、殺しは一切関係が無い。
平和、その一言だった。
「ミサキ、こんな所でなにをしているんですか?」
「ん?」
後ろから声を掛けられ振り返ると、そこには銀色の髪を靡かせる少女、エリナ・ミリタリナが立っていた。
「いや、やることが無いからそこら辺歩いていただけだ。お前は?」
「このプリントを生徒会室に持っていくんです。生徒会室は別棟にありますから、移動が大変なんです」
「そっか。あ、手伝うよ。どうせやる事無いんだし」
美沙希はミリタリナの手からプリントの束を半分持っていく。
「結構重たいな。何のプリントだ?これ」
「これは魔術会出場者の報告書です。一枚一枚に出場者の魔力が込められていて、本人と証明出来る材料の一つとなっています。身分証明書のようなものですね」
魔力が込められている、このプリンとの重さの原因だ。
これで出場者の登録番号が決まるという。
「ミサキ、貴方も書類を書いて提出して下さいね。出るんでしょう?シャルロットさんと」
「お、おう。何でシャルロットと出る事知ってんだ?」
「別に、おかしくはないでしょう。出場者を把握して効率良く魔術会を運営するのは生徒会の仕事ですし」
「な、何自棄になってんだよ」
「なっていません。さ、行きますよ」
ミリタリナは早歩きで別棟に向かう。
何故か肩が上がっており、地面に足裏が当たる音が妙に大きい。美沙希が知る限り、その動作は人がイラついている時のそれだ。
「何怒ってんだよ・・・・・・おい、待てよっ!」
美沙希はどんどん離れていくミリタリナを走って追いかける。
背中には既にオレンジ色に輝く太陽が沈みかけていた。