第十六章 名付け親
「説明、してもらえますか?ミサキ」
「お前があんなことをいうとは思わなかったが、何か理由があるんだろう?言ってみろ。切りはしない」
美沙希はミリタリナとスズハの剣を首筋に当てられながら正座していた。
その理由は明確、スズハから下着を貰ったのがミリタリナにバレたのだ。
スズハの部屋はミリタリナの部屋の隣、大声を出せば聞こえてしまうだろう。
スズハは下着を渡す際、顔を赤くして大声を出していた。それをミリタリナに聞かれたのだ。
結果、美沙希はリビングで正座をしている。その頬は少々赤い。
「その、言いづらいんだけど・・・・・・。ちょっと、出てこいよ」
美沙希は右胸を軽く叩く。
すると、服の上から紅色の魔法陣が浮かび上がる。
魔法陣は美沙希の呼び出しと同時に展開、拡大をし、魔法陣の真ん中から二角獣が現れる。
が、現れた二角獣の大きさは美沙希の膝よりも下、犬や猫といった、ペットと同じサイズまで小さくなっていた。それでも、バイコーンの象徴、二本の角は存在している。
「それは、昨晩のバイコーンですか?」
「ああ、今日の朝出てきた。お前、人になってみろよ」
チワワサイズのバイコーンの頭を撫でる。
すると、瞳が紅蓮の様に紅く染まり、バイコーンの足元に魔法陣が展開される。
バイコーンの身体を紅色の粒子が包み、散る。
次見た時、そこには黒色のジャケット、装飾された黒のズボンを穿いた黒髪で紅色の瞳を持った少女が立っていた。
「主、お呼びですか」
「おう、こいつらに自己紹介をするんだ」
美沙希がそう言うと、バイコーンは背筋を伸ばし、口を開く。
「私は、主の召喚獣。以後、宜しくお願いします」
一例し、ミリタリナとスズハを見る。
次の瞬間、目を細め、全身に紅色の粒子を纏う。
「が、私は主を守る存在。もし主を傷付けるようなら、貴様らを即刻この場で殺す」
威圧とも言える圧力に、ミリタリナとスズハは気圧される。
が、二人は圧力に負かされる事もなく、顔に笑みを浮かべる。
「別に、ミサキにどうこうするつもりはありません。ただ、聞きたい事があっただけです」
「そうだ。何故私の下着が必要だったのか、それを聞きたかったんだ」
「下着?ああ、あの黒い布切れ・・・・・・」
少女は思い出したかのようにジャケットのチャックを下げ、下に着ていたシャツのボタンに手をかける。
ボタンを二つ外し、ブラごと胸を曝け出す。
黒のブラを視界に入れたミリタリナとスズハは同時に顔を赤く染める。
「く、黒っ・・・・・・大胆ですね」
「お、お前が付けているのかっ!?私はてっきりミサキが使うものだと・・・・・・」
「何で俺が使うんだよ!」
「主がこれをくれたのです。下着は無いとまずいといって、付けてくれました」
「「付けてくれたっ!?」」
「はい。少し恥ずかしかったですけど、優しくしてくれました」
「ミサキ、お前・・・・・・」
スズハが剣を持つ手に力を入れ、居合い切りの構えを取る。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!確かにいけない事だって分かってる。でも、仕方が無かったんだよ!!」
「言い訳にしか聞こえませんけど・・・・・・?」
「うぐっ」
美沙希は言葉に詰まる。
実際言い訳を言っている美沙希にとって非常に辛い一言である。
「・・・・・・まぁ、いいだろう。この際許そう」
スズハは剣を収め、ため息をつく。
すると、すぐに美沙希へと視線を向ける。
「困った事があったらすぐに言えといっただろう。なぜ言わなかった?言ってくれれば対処の仕様があっただろう」
「いや、だからいったじゃねえか。下着くれって」
「なぜ必要なのかなんて聞いていないぞ」
「だって、言っても信じてくれないと思って・・・・・・朝起きたら全裸の女の子が隣で寝てましたなんて言って信用するのかよっ?」
「ああ、珍しい事ではないからな」
「はっ!?全裸で隣に寝てるのがか!?」
「いや、それは流石に驚きだが、人の姿を取る召喚獣というのは珍しくない」
スズハは椅子に座り、トーストを齧る。
「召喚獣は、契約者の魔力を使用して『人となった己』を表現する。そうして現れた召喚獣は主の命に従い、生涯を遂げる」
「生涯って、どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。お前に死ぬまで仕え、一生を終える」
「それって・・・・・・」
まるで結婚した後の夫婦の様ではないか。美沙希はそう思った。
頭の中でこの黒髪の少女との生活を想像してみる。
仕事で疲れて帰ってくる美沙希。
『お帰りなさい、貴方』
笑顔で迎えてくれる妻。綺麗な黒髪を靡かせ、色気の混じった視線を送る。
『ご飯にする?お風呂にする?それとも・・・・・・私?』
恥じらいを持った濡れた視線、それを美沙希は受け止める。
『・・・・・・じゃあ、お前を頂こうか』
美沙希はバックを放り投げ、少女を抱きしめる。
壁に身体を押し付け、逃げ場を無くす。
『優しくして、下さいね・・・・・・?』
『努力するよ』
徐々に顔を近づけていき、玄関を照らすライトの影が、重なって―――――――
「―――――――――ふんッ!」
美沙希は己の頭を何度も何度も、全力で殴り続けた。
(何時俺の頭の中は平和になったっ!?どうしてこんなに甘い夫婦生活を送っているんだ俺はっ!!)
甘ったるい考えを頭から抜くように、拳を頭に叩きつける。
「み、ミサキっ!?どうしたんですか!?」
ミリタリナが自分の頭を殴り続けている美沙希を見て駆け寄る。
真っ赤な顔をした美沙希を見て、前髪を上げ、額を晒す。
「失礼しますね」
ミリタリナは美沙希の額と自分の額をくっつける。
「うっ・・・・・・」
「熱は無さそうですね・・・・・・どうしました?ミサキ」
至近距離で視線が合い、美沙希は戸惑う。
(ち、近いっ!ふ、夫婦じゃないんだからこんな事しなくても――――――っ!?)
美沙希は、先程と同じ様な事を想像する。
『あ、待って、貴方っ』
寝坊した美沙希。急いで支度をし、朝食を食べずに家を出ようとする。
そんな美沙希を呼び止め、ミリタリナは美沙希の元へと向かう。
玄関前で靴を履き終え、ミリタリナと向かい合う。
『いってらっしゃいのキス、してないよ?』
エプロンを付けたままのミリタリナ。いつもクールな彼女だが、家で二人きりになると非常に可愛らしくなる。そんな姿を知っているのは美沙希、ただ一人だけ。
『そうだった、忘れてたよ』
美沙希は首元まで締めたネクタイを緩め、ミリタリナの腰に腕を回して抱き寄せる。
『もう、ダメじゃない。罰として、いつもより十秒長め、ね?』
ミリタリナは美沙希の首へ腕を回し、強引に唇を――――――――
「―――――――――はッ!」
美沙希は握り拳に魔力を込め、全力で頬を殴った。
空気を裂く様な音が鳴ったが、痛む頬を押さえる事無く何度も殴り続ける。
「ミサキ、やめないかっ!!」
スズハが美沙希の目の前で腰を屈め、己の頬を殴り続ける腕を抑える。
「何をしているんだお前はっ!!」
「いや、俺の頭が幸せ過ぎたから・・・・・・うっ」
美沙希は何かの病に掛かったかのように想像する。
そう、スズハとの夫婦生活を。
『済まない。会社を、会社をクビにされちまって・・・・・・クソッ』
机を叩き、悔し涙を零す美沙希。
美沙希は、勤めていた会社でリストラにあい、会社から辞職を命じられたのだ。
その事を妻であるスズハに報告したのだ。
『そうか・・・・・・だが、私達の関係が終わった訳では無い』
スズハは落ち込む事もなく、美沙希の席の隣へと立つ。
『ミサキは、私の事が好きか?』
『あ、当たり前だろっ!』
『じゃあ、会社をクビにされたからといって別れるのか?』
『そ、それは・・・・・・』
『私はそんなの嫌だ。お前と、一生を共に過ごしたい』
『なんで、怒らないんだ?』
美沙希は涙を流しながらスズハを見る。
スズハは、そんな美沙希を見て笑う。
『なんで、怒らなきゃいけない?』
スズハは美沙希の膝の上へ向かい合うようにして座る。
『うむっ!?』
美沙希の首へと腕を回し、頭を抱きしめる。
スズハの胸に顔を埋める状態になってしまった。
『私は、そんなお前も好きだ。大好き、愛している』
『スズハ・・・・・・』
『だから、ね?』
顔を真っ赤にし、胸に顔を埋める美沙希を見つめる。
『ぷはっ・・・・・・わかった』
美沙希は胸から顔を離し、腰に腕を回す。
『・・・・・・目、閉じて』
美沙希がそういうと、スズハは目を閉じる。
目を閉じたスズハの顔は非常に幼く見えた。
そんなスズハの顔、その唇へと、近付いていく――――――
「だあああああああああああああああっ!!!」
美沙希は大声を張り出し、スズハの腕を振りほどく。
「お、俺、先に行ってるからっ!!」
「私も付いていきます、主」
美沙希と少女はリビングを飛び出て、寮を出た。
直後、美沙希の叫び声が聞こえた。
泣き声に近い、そんな声だった。
◆◇◆◇◆◇◆
美沙希は学園に着くまでの間全力で走り、全てを忘れるよう努力した。
その足で射撃場まで向かい、射撃場内のベンチへと座る。
「はぁ・・・・・・疲れた」
「主、大丈夫ですか?」
「誰のせいだと思って・・・・・・ん?」
射撃場の奥にある、ターゲットプレートの保管倉庫から物音が聞こえた。
行ってみると、そこにはターゲットプレートを両手に持ったシャルロットがいた。
「おや、ミサキデスカ。おはようございマース!」
「ああ、おはよう。っと、手伝うよ」
美沙希はシャルロットの左手からターゲットプレートを貰い、倉庫を出る。
「朝から練習か?」
「ハイ。魔術会に備えておこうと思いマシテ。ミサキはどうしてここに?」
「まあ、色々あってな」
「ハッ!まさか、スズハに色々とやられたんデスカっ!?」
「いや、やられてないけど・・・・・・」
むしろこちらがやったような感じだということは、言わないでおく。
「・・・・・・主、その女は」
倉庫を出ると、紅色の粒子を撒き散らして黒髪を靡かせる少女がいた。
「そこの女、何者だ。主を傷付ける様な事をしてみろ。一瞬で首を跳ねるぞ」
「ちょ、落ち着けって。友達だからっ!」
「・・・・・・主がそういうのなら」
粒子を霧散させ、美沙希を見つめる。
「ま、また怖い女の子が現れマシタ・・・・・・私、呪われてるんでしょうカ」
「シャルロット、こいつは俺の召喚獣なんだ」
「ファッ!?これが、獣デスカっ!?・・・・・・いや、今見た殺気は獣、又はそれ以上・・・・・・」
「なんか、人になれるらしい。実際、人になってるしな」
「な、なるホド・・・・・・。私、天音シャルロットいいマス。よろしくおねがいシマス」
シャルロットが少女へ握手を求める。
それを拒む事無く手を握る。
「私は、主の召喚獣。名は・・・・・・何でしょうか」
「そういえば、名前知らないな。なんて言うんだ?名前」
「名は、ありません。主、シャルロット。決めてください」
「ポチはどうデスカ?」
「却下です」
「Oh・・・・・・」
「当たり前だろ・・・・・・」
「可愛いと思ったんデスけど・・・・・・ミサキ、何か可愛い名前はないデスカ?」
「んー・・・・・・」
美沙希は色々と考える。
(可愛い名前な・・・・・・あ)
「じゃあ、心美っていうのはどうだ?」
「ココミ・・・・・・いいデスネ、それ!」
「わかりました。では、私の名前はそれで」
「よろしくデス、ココミー!」
シャルロットは心美へ抱きつき、頬擦りする。
「こ、これは人間のスキンシップですか?」
「ハイ、これから色々と勉強しましょうネー!」
「・・・・・・はい」
心美は遠慮がちにシャルロットの背中に腕を回す。
心美、その名前には色々と意味があった。
現存世界で言われた言葉だ。
01、兜森蒼波が美沙希に言った言葉から取ったもの。
『美沙希。人間でいるのであれば心を持て。人間らしい、美しい心を持って生きるんだ』
この言葉、美しい心から取ったのだ。
美沙希は、親が子供に名前を付ける時の気分が少しわかった。
「じゃ、練習するか」
「ハイ、張り切っていきましょー!」
美沙希とシャルロットは拳銃を抜き、射撃台の前に立つ。
ターゲットに照準を定め、引き金を引く。
そんな単純な作業を、何度も続けた。