第十一章 人間性
「ふーん、迷い人っていっても、普通の人間とは変わらないんだね~」
普通というのは、この異世界の中での普通と言う事だろう。
学園長、アコ・エネレスト・ドランシーは、美沙希とシャルロットの周りをグルグルと周り、観察する。
椅子があるというのに座る事無く、テーブルの上で胡座を組む。
「えと、学園長サン?」
「ノンノン、普通にアコでいいよ。堅苦しいのは嫌だしねー」
「な、中々フレンドリーな方デスネ」
シャルロットは引き気味である。
が美沙希はそうでも無かった。
「じゃあ、アコ。早速お願いがあるんだけど」
「おぅっ、初めて名前で呼んでもらえたよー!君はミサキだったね、よろしくっ!」
「おう」
ガシッ、と握手を交わし、話に戻る。
「こいつもこの学園に入学させてあげたいんだ。流石に一人にしておくのはかわいそうだろ。迷い人だし」
「んん、迷い人って事ならこちらも手を貸せるんだけど、証拠がないんだよね。ミサキは迷い人の祭典の日に来たって事で認められたし、服装も・・・・・・あ、君も服装が何か奇抜だね。入学する?」
「オゥ!?そんなに軽い話じゃない筈デハ!?」
「が、学園長。もう少し考えた方がいいのでは?私達も入学は否定しませんが、学園長らしい振る舞いをして欲しいのですが・・・・・・」
「それには同意です。迷い人を迎えるのは構いません。ですが、前にも言った様に、学園長としての面子が丸潰れです。気持ちを入れ替えて下さい。騎士団も落ちぶれてしまいます」
「むぅー、二人共お堅いなぁ・・・・・・。老けちゃうよ?乳垂れちゃうよ?」
(この人俺と同じ考えしてやがる・・・・・・)
勿論、お堅いのと乳が垂れるのは一切関係が無い。
「・・・・・・良かったですね、学園長。垂れる胸が無くて」
スズハが剣の柄に手を掛ける。
「そ、それあたしのコンプレックス・・・・・・酷い騎士団長も居たもんだよ」
「誰のせいですか・・・・・・!」
声を殺すが、怒りが顔ににじみ出ているスズハ。
そんなスズハを見て怯えるシャルロット。
美沙希は苦笑いするしかなかった。
「学園長。手続きの方は生徒会がする、と言う事で宜しいですか?」
ミリタリナは、諦めの表情浮かべて、まとめられた書類を手に持つ。
「書類への印鑑は宜しくお願いします。それでは失礼します」
「お、おい・・・・・・」
ミリタリナは、書類を持って部屋を出て行った。
「それでは、私も失礼します。・・・・・・おい、付いてこい」
「ハイ・・・・・・」
「あ、ミサキは残ってね。ちょーっと話があるんだよね。遅くならない様にするから、いいかな?」
アコはスズハに視線を送り、親指をビシッと向ける。
「・・・・・・わかりました。ミサキ、遅くなるんじゃないぞ。日が沈んでも帰ってこないようなら特別指導だ」
「は、はい」
そういって、スズハとシャルロットは部屋から出ていく。
美沙希は扉の前まで見送り、扉を閉める。
「よし、と。やっと普通に話せるわね。ミサキ君?」
「え、ええっ!?」
目の前には、美沙希の胸までしかなかった身長の幼女ではなく、ぴっしりとしたスーツを着込み、髪を首元でまとめて眼鏡を掛けた長身の女性が居た。
「あ、あれ?ここにアコが・・・・・・」
「そうよ、私がアコ」
「・・・・・・はあっ!?」
「まだミサキ君は知らないかもね。特別に学園長さんが教えてあげます」
大人になったアコは、部屋の隣にある書類棚から辞書を取り出し、美沙希の前にある腰掛けに座る。
「どうしたの、座りなさい?」
「は、はぁ・・・・・・」
美沙希は言われるがままに座る。
「いや、反対側に座られても困るんだけど」
「別に隣に座る事無いと思うんだけど」
「はぁ・・・・・・まあいいや」
アコは立ち上がり、美沙希の隣に腰掛ける。
(・・・・・・何でわざわざ来るんだろう)
美沙希は不思議に思いつつ、テーブルに置かれた辞書を見つめる。
「何で私が成長したか、そう思ったでしょ。でも、実際は成長したんじゃなくて、元に戻ったっていうのが正しいかな。これを見て」
アコは辞書の一部を指差す。
(綺麗な指だな・・・・・・)
美沙希は全く別の所に集中していた。
辞書を捲る手を見つめる美沙希に気付き、アコが腕を引っ込める。
「・・・・・・どこ見てるの?」
「いや、手、綺麗だなって」
「あら、嬉しい事言ってくれるじゃん。でも、教師、学園長を簡単に落とせると思っちゃいけないよ?」
「お、おう・・・・・・?」
美沙希はアコの言っている事がイマイチ良く分かっていない。
鈍感なのか、馬鹿なのか、判断しにくい。
「話を続けるよ。私の魔術は、変身、自分の姿のパーツを変化させて相手を誤魔化したり、全く別の物になったりする魔術の事ね。この魔術は自分の身体に変化を齎す、最上級魔術の一つだから、習得からマスターまでにかなりの時間が掛かる、厄介な魔術なの」
辞書のページを捲り、イラストを指差す。
「絵から分かる通り、全身の魔力を放出、形成、着色させなきゃ成立しない魔術ってのが一番大きいかな。ましてや身長を変化させるなんて、私しか出来ないんじゃないかな」
アコは立ち上がり、辞書を棚へと戻す。
そのままデスクへと戻り、回転式の椅子へと座る。
「まあ、こんな話をする為に君をここに残ってもらった訳じゃないんだけれど」
腕を組み、明後日の方向を見るアコ。
「君は、この世界に来る前の出来事を覚えてるかな?」
美沙希は、あの出来事を思い出す。
仲間に裏切られ、最終的には自殺という手段を取った、あの夜の出来事を。
「・・・・・・忘れられないね。グレネードの痛みすら思い出す、気味の悪い感覚だ」
「普通は、覚えていないものなんだよ。ここに来る間に忘れるからね。実際は元いた世界で何をしていたのか、そういう大まかな事しか覚えていない。でも君はこの世界に来る直後の出来事を覚えている。どういう事かわかるかな?」
「・・・・・・何が言いたい」
美沙希は殺意を込めた視線をアコに送る。
アコはそんな視線から逃れる様に、眼鏡を人差し指で上げる。
「君は、異世界の人間から意図的に召喚された、極めて特殊なケースでこの世界に来た、と言う事だよ」
「意図的に・・・・・・?」
「現存世界の人間は、異世界に召喚されるとどうなるか、分かる?」
「空の器に魔力が注がれる、か?」
「正解。でも、例外が二つある」
アコはデスクの上に立てられた本を取る。
「一つ目、器が存在せず、魔力が注がれない。二つ目、これが君に当てはまる例外だ」
本を数ページ捲り、顔を上げる。
「元々、現存世界では器を持たない人間が、異世界に召喚される事で器と魔力を得る」
美沙希は頭が混乱していた。
今までの常識が通用しない、異常な出来事。
それに巻き込まれたという事実を更に知らされる。
「・・・・・・やめてくれ、こんな世界に呼ばれて困ってるってのに、俺の考えをややこしくしないでくれ」
「まだ、話は終わっていないよ」
アコは本を閉じ、美沙希を見つめる。
視線は美沙希を射抜き、動く事を許さない。
「普通は、突如異世界から召喚される。でも、君の場合、かなり違う方法でこの世界に来た」
「違う方法?」
「そう、違う方法。現存世界に存在している異世界人が君を転送した、っていう、極めて特殊な方法で」
「・・・・・・・・・」
美沙希は言葉を失う。
何を言っているのだ、この女は。
美沙希はそんな事を何度も何度も、頭の中で再生する。
「君は、この世界に来る前、目の前に居た人を覚えているかな?」
「目の前――――――――ッ!!」
美沙希は、あの時の出来事を鮮明に思い出す。
02、永瀬美奈子がFNファイブセブンを手に、自分の足を撃ち抜いた場面を。
「転送魔術は、転送対象が目の前にいなければ成立せず、発動しない。この意味、分かる?」
「アイツが、俺を異世界に転送したって、事か?」
「心当たりがあるんだね。君の目の前に居た人物、それが異世界に君を転送、召喚した人物だよ」
美沙希は嫌な汗を掻き、激しく動揺する。
「ミサキ君、落ち着いて」
「落ち着いて、いられるかよッ!!」
美沙希はテーブルを強く叩く。
「なあ、俺を異世界に召喚する事が出来るんだから、逆の事も出来るだろッ?俺を、今すぐ元いた世界に戻してくれよッ!」
美沙希は立ち上がり、アコのデスクを叩く。
書類が衝撃で数枚落ちたが、気にする余裕は無い。
「それは出来ない。器はこの世界と結びつき、繋がっている。無理に現存世界へ戻れば繋がりが切れて命を落とす」
「構うもんか、死んでもいい。さあ、早く俺を現存世界に戻せッ!!」
美沙希はUSPを抜き、アコへ銃口を向ける。
「・・・・・・どうして、戻りたいの?」
「お前に言う義理はねえよ。早く戻せ」
USPの撃鉄を引き、トリガーに指を掛ける。
「頭を撃つ、そんな事をしようとしてるね。目が笑ってない、そんな目をする事が出来るのは、過去に人の命を奪った者だけだよ」
「だったらなんだ」
「君は過去に何をしていたの?」
「御託を並べる余裕があんのか、殺すぞ」
「やってごらん、君は私を殺せない」
「ッ!」
トリガーを引き、銃弾をアコの額に撃ち込む。
着弾した、そう思ったが、実際は違う。
銃弾は回転式の椅子の背もたれを撃ち抜き、綿を宙にばら撒く。
アコは一瞬の間に美沙希の隣に移動、銃を叩き落とす。
美沙希は内ポケットからオリハルコン製USPを取り出し、魔力を込める。
「魔力の使い方を覚えたんだね、偉いじゃん」
「ふざけるな―――――――ッ!!」
トリガーを引き、銃弾に炎を纏わせる。
炎の銃弾はアコの額を捉えていた。
が、その銃弾を炎ごとアコは握り潰す。
「な――――――――」
「言ったはずだよ、私は殺せないって」
「クソッタレッ!」
美沙希はナイフを取り出し、アコの心臓目掛けて突き出す。
「―――――――共鳴」
アコが人差し指でナイフに触れる。
すると、ナイフの刃はグニャグニャに曲がり、使い物にならなくなる。
「まだ、やるの?」
「クソッ!」
美沙希は自棄糞になって拳を放つ。
アコはそれをスルリと避け、腕を掴んで捻り倒す。
「うぐっ!?」
床に顔をぶつけ、痛みで表情を歪める。
動く左手で落とした銃を拾おうとするが、アコの足が左手を踏みつけ、床に固定される。
「さて、どうする?」
完全に手詰まりの状態の美沙希は、全身の力を抜き、床に身を任せる。
「・・・・・・・・・何で、俺だけこんな目に遭わなきゃいけないんだよ。悪い事、したって言うのかよ?」
「君は、まず人間性を持つべきだよ。人の命は簡単に散らせていいものじゃない。この世界で、それを手に入れたらどう?」
「人間性なんて、いらねえよ」
「いるよ。君が一人の人間ならね」
アコは美沙希の身体から離れ、眼鏡を上げる。
「生きる意味は、ゆっくり見つけないと。急げば、思いもしない道に踏み出すかもしれないよ」
美沙希は立ち上がり、アコと目を合わせる事無く、扉の前まで歩く。
扉に手を掛ける瞬間、口を開く。
「生きる意味は、とっくの昔に殺されたよ。屑共のせいでな」
美沙希は扉を開け、乱暴に閉じた。
部屋一人になったアコは、二丁のUSPを拾い、デスクへ並べる。
「殺人の道具、ね・・・・・・」
◆◇◆◇◆◇◆
「あ、お帰りなさい。ご飯出来てますよ」
「・・・・・・・・・ルカ達は?」
「まだ帰ってきてません。スズハは居ますけど」
ミリタリナは美沙希の背中を押し、リビングの中に入れる。
中ではスズハがコーヒーを啜っていた。
「・・・・・・帰ったか。何か変な事されなかったか?」
「・・・・・・・・・別に何も」
「本当か?怪しいな」
美沙希は、イラついていた。
「じゃあどうする。拷問でもするか」
スズハに殺意を込めた視線を送る。
それに気付いたスズハも目を細める。
「何をされた?機嫌が悪いようだが。やはり学園長が――――――」
「何もされてないって。くどいぞ」
美沙希はリビングを出て、二階へと続く階段を上がっていく。
リビングからパタパタと走り、ミリタリナが追ってくる。
「ミサキ、ご飯は―――――――」
「要らない。お前らで食べろよ」
行き場の無い怒りを抑え、悟られないように口を開く。
「でも、お腹が空いたら下に――――――」
「要らないって・・・・・・」
「・・・・・・学園長に、何かされたんですか?」
「・・・・・・なあ、放っておいてくれないか?」
「何か悩み事があるなら――――――」
「放っておけって言ってるだろッ!!?」
美沙希はミリタリナへ怒鳴り、自棄になって階段を上がり、自室へと入った。
収まらない怒りを堪える様に、髪を毟る。
数本髪が抜け落ちるが、そんなものはどうだっていい。
美沙希はベットへ身体を沈ませ、枕に顔を埋める。
「・・・・・・・・・クソッ」
零れる涙を枕に吸収されるのを感じながら、美沙希は眠りに落ちた。