真夏の日差しに引かれて
前から薄々気付いてはいた。
しかし、もうそろそろ限界かもしれない。
夜になり交通量の少ない道路の歩道橋の上で身を乗り出しながら、そんなことを思っていた。
洗濯物に交じる彼のYシャツからは、いつも私が付けないような強い香水の匂いが漂っていた。
襟元に口紅…なんてものこそ無いものの、こうも決まって毎晩毎晩同じ匂いを醸し出されては疑いざるを得ない。会社にそういう同僚がいるのだとかも考えたが、
「仕事で遅くなる」だとか「男友達と飲みに行くから先にご飯食べてていい」なんてメールが来る時に限って付着しているあの匂い。そうかそうか、男友達にオカマでもいるのねと考えてやり過ごしてきたが、先日彼の部屋の掃除をしていた際に見つけてしまった見知らぬ女性との2ショット写真。
兄弟は居ないと以前言っていたし、親戚や誰かの写真でもないだろう。
携帯に保存してあるだとか、そういう類ならばまだわからなくもない。しかしこうも堂々と部屋に写真を飾られると私の存在を全否定されているような気分になる。
言うに言い出せないまま刻々と時は流れていったが、とうとう一週間以上家を留守にするようになってしまい、しかも連絡の一つも無い。せめて言い訳の一つくらい寄越せばいいのに、と悪態をつきながらも今になっても何も言えない自分自身への苛立ちも積もりに積もっていた。
腹が立つだとかそういう感情はもはや一ミリも湧いてこない。
いっそのことここから身を投げてしまえば、そんな彼でも多少の後悔はするだろうかという考えも過ったが、それでも私が命と立て替える程の価値はないであろう。
それならせめて家を飛び出し、「実家に帰らせていただきます」なんて定番の一言でも添えてやろうかと思考を巡らせていると、不意に誰かに腕を引っ張られ後ろにつんのめりそうになった。
何をするんだ、と訳の分からないまま犯人であろう奴の顔を伺ってみると、なんとも言えぬ表情をしている若者がすぐ近くに私の腕を持っていた。
「命を粗末にするなよ、生きていれば辛いこともあるだろうけど、簡単に死んだりするもんじゃあないぜ」
これは完全に勘違いをされているようだ。自殺なんてこれっぽっちも考えちゃいない、と言えば嘘になるが、別にそんな事を今すぐ実行するつもりは無い。
「あの」
「家まで送ってやるからクルマに乗れよ」
その場の雰囲気から、「自殺なんて考えていませんでした」とは言える状況では無いので、
どうせ今後この人間と関わる訳でも無いし、言ってしまえば相手に恥をかかせる羽目になってしまうのでそこはそういうことにしておいた。
「すみません」
軽く頭を下げると、安堵したのか相手は少し微笑んでみせた。
道路脇にハザードをたいて止められていたそれは、私も昔乗り回していたスカイラインのBNR32という今ではすっかり珍物となってしまったものだ。
「スカイライン…」
「クルマを知っているのか?」
「私も昔はこれであちこち行ってたわ。彼氏が嫌がるから今は実家の倉庫で眠っているけれど」
「それは奇遇だ。最近はそういう人をあまり見かけないからな」
「でしょうね」
少し会話を交えてから、ありがたくナビシートに乗せていただいた。
車内でもクルマについて語り合っていると、いつの間にか意気投合してすっかり話し込んでしまった。
「こんなに気が合う人と出会えたのは久々だ」
「私もよ」
「その彼氏とやらは駄目だな、このクルマの良さを全然理解していない」
「本当よ、何もわかっちゃいないんだわ」
なんて先程の憂鬱はどこ吹く風。軽い愚痴を零しながら嬉々としていた。
家に帰るのが嫌になってしまう程に楽しいひと時を過ごしていたが、腕時計を見ると日付けが変わろうとしていた。もしも彼が帰っていると後々面倒なので後ろ髪をひかれる思いでその旨を口にした。
「遅れてしまったが坂井智之という者だ、宜しく」
「信子よ」
家の少し手前に駐車したところでなんとなくお互いの連絡先を交換した。
「暇な時にでもまたドライブに行こう」
「送ってくれてありがとう、おやすみなさい」
またドライブに連れていってもらえるのがとても嬉しくて、笑顔でそう答えた。
この後自分がどうなるのかも知らずに。
鍵を回して玄関の扉を開けようと試みたが、開かない。
ということは鍵が開いていたのだろうか?戸締りはしっかりとした筈なのにと思いながらもう一度鍵を回すと今度こそ開いた。
リビングへ入ると、何日ぶりに帰宅した彼がテーブルに肘をついて、組んだ指に額をもたれながら俯いていた。何と声を掛けようか迷っていると、
「こんな時間にどこへ行っていた?」
何日も戻っていないお前がそれを言うかと思ったが、
「知り合いと少しドライブに」
「男か?俺が留守なのを良いことに」
「別にそういうのじゃないわよ」
「嘘をつけ。お前が昔乗っていた車だろ?どこで知り合った」
「だから違うってば」
「言い訳はいい、最低だな」
無性に腹が立ってきた。何故自分がそこまで言われなければならないのか。散々浮気をして家をほったらかしていたくせに、普通人を攻められるだろうか。
「何よ、自分のことは棚に上げるつもりなの?」
瞬間、顔を上げて少し驚いた表情をしたものの、特に悪びれる様子も無く
「男はそういう生き物なんだよ」と見事に言い放った。
「ならその可愛い彼女に面倒を見てもらいなさい、出ていって」
「何?誰のおかげで生活できていると思っている?」
「貴方がいなくたって生きていけるわよ、見くびらないで」
「生意気な」
そう言って、こちらに向かって来たかと思うと私の腕を強く掴んでまた歩きだした。
「離してよ」
「うるせぇ」
乱暴にベッドへ投げつけられると無理やり組み敷かれ、唇を塞がれる。
お酒の味が咥内に広がり、吐き気が込み上げ離れようとしたが、彼の手がそれを許さなかった。
「止めて、離して」
「お前は俺の言う事だけ聞いていればいいんだ」
右手で力一杯頬を打たれ、苦い血の味がした。
手首や腰が酷く痛み、目が覚めると彼の姿は既に消えていた。時計に目をやるとお昼を回っていたので出勤したのだろう。
あたりには自身の身に着けていたものが散乱し、枕やシーツがかなり乱れていた。
「もう嫌…」小さい嗚咽を漏らし、次から次へと涙が溢れてくる。
仰向けになり、目元を両腕で押さえていると一階から携帯の着信音が鳴り響いた。
のそのそとベッドから起き上がり、覚束ない足取りで階段を下りるとソファの上にある鞄の中からそれは聞こえていた。
「もしもし」
「俺だ、…随分やつれた声だな。何かあったか?」
「いえ、別に」
「…そうか」
何とも腑に落ちない声で言われたので、きっと気付いているんだろう。
「何か用でも?」
「いや、安否を伺う連絡だったのだが…、すまない」
「いいえ、また近いうち峠にでも遊びに行きましょ。久々にうちの子も出してみるわ」
「また怒られるぞ」
「別れて家を出ようと思うの」
「は?」
「もともと浮気ばかりしていて家もしばらく空けていたのよ。確かに引き金にはなったかもしれないけど、丁度いい機会だわ」
「…そうか、行く宛はあるのか?」
「実家に戻るのはちょっと…、友達の家かしら」
「迷惑じゃなかったら置いてやるぜ」
「え?」
「俺にも多少の責任はあるからな、信子が良ければだが」
流石にまだ別れてもいないのに他の男性の家にお邪魔するというのもいささか気が引けるが、
置いてもらえそうな友達というのも今一心当たりが無い。ここは甘える他無さそうだ。
15分程置いて、聴きなれたエキゾースト音に家を飛び出した。
「本当にごめんなさい」
「気にするなよ」
荷物という荷物は無かったので、紙袋に着替えと大きめのハンドバッグに収まった。
運転席の彼が不思議そうにそれを見てきたので、「ほとんど実家なのよ」というと納得したように「あぁ」と頷いた。
「そうだ、ここからそんなに遠くないんだけれど実家に少し寄ってもらっていい?」
久々にお目にかかった相棒は、両親の手入れが行き届いていたお陰で当時のままの状態で佇んでいた。
エンジンをかけると、心地よいエキゾースト音が耳に心地よく響いた。ガンメタのそれは智之の白と相まって、並ぶととても恰好良い。
両親に一言だけお礼を言い、車に飛び乗ると智之が先行して私はその後を追った。
あまり見かけない車が色違いで連なっていると珍しいのか、通行人や赤信号で並んだクルマのドライバーからまじまじと見られ、あまり良い気はしなかった。
かくして智之の自宅に到着した訳だが、外見はとてもお洒落な雰囲気を醸し出している。
智之の家は一人暮らしには思ったよりも広く、空き部屋がいくつもあるとのことで有り難く居候させて頂く事にした。
それから何日か経ち、携帯にはヤツからの連絡が何件か入っていたが無視を決め込んだ。
家には別れたい意思と家を出る旨を綴ったメモを残してきたので、もう連絡を取る必要は無い。
このまま顔を会わせなければ向こうも次第に私を忘れるだろう。毎晩の如く浮気をしているような男なんだから。
すっかり専業主婦のようになってしまった私は、家事で毎日を追われるも楽しく過ごしていた。
「晩御飯は何がいい?」なんてメールを入れるのは夫婦のようで最初は少し躊躇いもあったが、今ではすっかり習慣のようになっていた。
土日は二人でドライブに行ったりと忙しいであろうに私を頻繁に連れ出してくれた。
よく晴れた日の日曜日に、「たまには遠出しよう」とのお誘いで私の相棒は今日はお留守番で、智之の白いスカイラインで高速道路を走っていた。
「暑いわね」
「そうだな、次のパーキングエリアで冷たいものでも買おうか」
「それがいいわ」
しかし、二人のクルマを追うように付いてくる一台の軽に気付くのはまだ先の話だった。
10分程して目に入ったPAに適当に空きを見つけて駐車し、クルマから降りてみると眩しい日差しが私たちを照らしていた。
「何か飲み物でも買ってこよう」
「私ソフトクリーム買ってくるわ」
「バニラ」
「120円になりまーす」
冗談でそう言うと、チノパンのポケットからお財布を取り出して本当に120円を寄越そうとしたので「冗談よ!」と言ってそそくさとその場を後にした。
まったく冗談が通じない。
小さな屋台でソフトクリームを二つ注文し、出来上がる頃には智之が戻ってきた。
「はい、バニラね」
「ゴマか、それもいいな」
「あげないわよ?」
「一口」
そう言うと私の腕を強引に掴み、自分の方へ寄せたかと思えばぱくりと大きな一口を盗んでいった。
「ちょっと」
「なんだ、バニラも食うか?」
そうじゃなくて…と思ったが、まぁそこまで拘ることでも無いのでバニラを遠慮気味に一口頂いた。これはこれで美味しい。と言うかこれって間接キスなるものでは?と一人赤面していたが、そんな私もお構いなしの様。本当に気ままな人だ。
「お手洗い借りてくるわね」
「あぁ」
人ごみの中をかき分けるようにして目的の元へ歩き出したが、横から不意に誰かに袖を掴まれ、人ごみの外へと連れ出された。
智之かと思い振り返れば、
「な…」
「こい」
腕に痕が付くのではないかという力で引っ張られ、抵抗も虚しくヤツのクルマに押し込まれた。
まさか私たちをここまでつけて来たと言うのか。
「何の真似よ」
「言っただろう?お前は俺の言う事だけ聞いていればいい」
「私はあんたの家政婦でもロボットでも無いわ!もうあんたの言いなりになんかならない!」
「新しい男が出来て随分と変わったな、良いのか?そんな口利いて」
言うが早いが、私の上に跨り両腕をきつく頭上で押さえ、唇を重ねようとしてきた。
「止めて!離して!」
「喚くんじゃねぇ」
じたばたと手足を動かして抵抗すると、動かした右足が見事にヤツの股間にヒットした。
「うぐっ」と部分を両手で押さえている隙に下から抜け出し、持っていた鞄で追い打ちをかけるかのようにヤツの頭を目がけて横に振った。さぞ痛そうな音がした気がするが、知ったこっちゃあない。
「二度と関わらないで。次こんな真似をしたらあんたの職場の人間に浮気の証拠を全部ばら撒いてくからね」
キッと睨み付け、ヤツが悶えているのを尻目にその場を後にした。
急いで智之の元へ戻ったが、姿が見当たらない。
強気に出てしまったが、本当はとても怖くて一秒でも早く彼の傍に行きたかった。
周りをきょろきょろと挙動不審に見渡すと、先程私が向かおうとした女子トイレの付近になんだか人だかりが出来ていた。
不思議に思い、近づいて行くとなんと智之が女子トイレの中で私の名前を呼んでいたのだ。
これがキモい男だとか、怪しい男ならばすぐさま通報されるのだろうが、生憎彼は中々の美形で男前だ。女性の名前を叫びながらトイレをうろついているのだから誰か何か言えばいいのに、女性一同揃いも揃って携帯のカメラでパシャパシャとフラッシュを浴びせていた。
正直こんな中に入っていきたくなかったが、これ以上智之が面倒な行動に出ても困るので、「ちょっと失礼」と言いながら身を屈め、なんとか彼の元へたどり着いた。
「何をしているのよ」
「お前、どこから」
「良いから来て」
納得のいかなさそうな彼の表情を横目に腕を掴んで再び人だかりから抜け出した。
止めてある白いクルマの近くに着くと、
「何処へ行っていた。心配したんだぜ」
「ちょっとね。心配したからってあんな事二度としないで頂戴よ」
「ちょっとって何だよ」
きっとここは言い訳しても意味が無いと思い、正直に先程あった事を伝えた。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、「気付いてやれなくて済まない」と言う。
「別に貴方は悪くないわ、私の不注意よ」
「何かされてないか?」
「平気よ」
「嘘だな。腕に赤く痕が残っている。強く掴まれただろう?」
「まぁ、でもそれ以上は本当に何もされてないわ」と顔の間で手を横に振ると、「そうか」と頷いた。
「それと」
「ん?」
「実はホテルを予約してある」
「は?」
「まっすぐ向かおうと思っていたんだが予定変更だ、海へ行こう」
「はぁ?」
訳の分からないことを突然言われれば誰だって声が裏返るだろう。
ホテルを予約してあるなんて言うのも初耳だし、そこから海という流れは益々理解し難い。
しかし、当の本人はそんな事を気にするでも無くさっさとクルマに乗り込んでいた。
慌ててナビに飛び乗るも、向こうはその気満々のようで今さら私が何を言おうと変わらないだろう。
「水着とか無いけど」
「着替えがあるだろ」
そういう問題じゃないと突っ込みを入れたいが、もう呆れて言葉も出てこない。
家を出る前に一応着替えを持っておくようになんて言われたのはそういう事だったのか。
もう何も言うまいと口を結び、目的地への到着を待つしか無かった。
高速を走っていると、段々と日差しに照られて輝く海が見えて「わぁ」と思わず声を漏らせば、隣で彼が口端を軽く釣り上げていたのが目に留まった。
少々癪に障るが、悪くない。
適当な場所にクルマを止めると、二人同時に外へ出た。
真夏の海ということで人で賑わうそこは青く輝く波が押し寄せ、暑い砂浜が私たちを誘っている。
突っ掛けていたサンダルを脱ぎ捨てるようにして浜辺へとダッシュする私の後を追うかのように彼が駆けて来た。
波の押し寄せる波際でぴたりと足を止めたが、私を追い抜いた彼が私の腕を掴んでそのまま吸い込まれるようにして青へ飛び込み、私もバランスを崩して一緒にダイブしてしまった。
沖の方まで来たところで顔を上げ、「何するのよ!」と文句を言おうとしたが、顔を上げて目に入った彼は、なんともまあ水も滴る良い男。あまりの色気に呆気にとられていると、「どうした?」と言われ、慌てて視線を逸らした。本当に調子を狂わせられる。しかし惚れた弱みか、彼の気ままな提案を断れずに結局ここまで来てしまった。何も言えないで思考を巡らせていると、「信子」と名前を呼ばれて振り返る。
刹那、彼の顔が近づいて来たと思えば自身の唇に智之のそれが重なる。
驚いて手で押し返そうとしたが、ぴたりと水中で動きを止めてしまった。暫しこのままでも良いと、受け入れてしまう。
どのくらい経ったか分からないが、惜しむようにして彼が離れた。
「信子、これからも俺の傍に居てくれないか」
「…いいの?私で」
「お前がいいんだ」
そう言って私を抱きしめてきた彼の広い背中に腕を回した。
「そろそろ行こうか」
「そうね」
海から上がると、もう太陽は沈みかけていた。少し暗くなった辺りを見回せば、先程まで賑わっていた浜辺も人がちらほらと見えるだけになっていた。
濡れた服を着替えたいが、生憎着替える場所が無いのでホテルまでこのままだろう。
ナビシートに大きめのタオルを広げ、その上に腰を下ろした。ホテルへ着くまでの車内は二人とも無言で静まり返っていた。
5分程で着いた大きくて新しい雰囲気のホテルへ心が躍る。案内された部屋はスイートルームで、とても豪華な部屋だった。サプライズにしても程がある。バイキングの夕食を終え、部屋でまったりしていた。
「智之」
「ん?」
「ありがとう」
彼に向かって微笑むと、こちらに向けて微笑み返してくれた。
「お風呂入ってくるわ」
「一緒に入ろう」
「先程の様に女湯に入るつもり?」
「まさか。風呂ならそこにあるだろう」
と彼が指差したのは部屋の中に付いているお風呂だった。
「大浴場なら後で行けばいい」
どうせここで私が何を言おうと聞く耳なんか持たない。
だが彼の突拍子の提案は嫌いでは無い。立ちかけた椅子に座り直すと、「先に入ってて頂戴」と告げるが悪戯っぽい笑みを浮かべ、それを否定される。こうなれば意地だ、と立ち上がりずんずんと歩いていく。そんなに広くはない脱衣所で二人でなんとかそれを済ませた。
湯船は広めだが、お互い向かい合って座るでも無く、私は智之の脚の間に挟まれて背中を預けていた。
「智之が私に声を掛けてくれたあの日ね」
「あぁ」
「本当は自殺しようなんて思っていなかったのよ」
「…」
「彼の事で悩んでいて、自殺してしまえば少しは後悔してくれるんじゃないかっていう気持ちはあったわ」
「そうか…」
「でも、貴方が私を見つけてくれなければきっと私はあのまま変わっていなかったわ。だから本当に感謝してるのよ」
「感謝してるだけか?」
「何故か知らないけど愛してしまったみたいだわ」
「そこは素直に愛してるって言っていいんだぜ」
「煩いわよ」
ちらりと彼の様子を伺うと、少しだけ楽しそうだ。
「のぼせそうだから、そろそろ上がるわね」
「わかった」
「露天風呂が楽しみだわ」
「戻ったら一緒に寝よう」
「ベッドは二つあるじゃない」
「嫌なのか?」
「嫌じゃないけど…」
そんな風に色っぽい声で囁かれては断るに断れないのでズルいと思う。
少し寂しそうな智之を残して風呂から出ると、ホテルの浴衣に着替えて部屋を後にした。
時計を見ると既に12時を回っていた。
「待っていてくれるかしら?」