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闇の中へ

 間違いない。

 ……でも、咲季が?

 ここに?

 

 奥をじっと見つめても真っ暗でよく分からない。というかこの痕跡がなければ、こんなところに入って行ったなどという考えすらおきなかっただろう。

 もう一度、闇を見据えてみる。むぁっとカビ臭さが漂ってくるばかり。いや、もっと気持ちの悪くなる強烈な臭気。生理的な嫌悪感すら覚えるこの匂いの、元はなんなのだろう。

 

 携帯を見る。

 ……圏外!

 

「ふぅ」

 ため息を一つ。次にやることは決まっている。咲季はきっとこの先に居る。

 深呼吸をしてから、その匂いのする方向へ這い始めた。

 ……咲季……

 神隠しって、まさかこの向こうには鍾乳洞とかあって、そこで穴に落ちて帰れなかった?

 ロープを持ってきたほうがいいかななんて考えが頭に浮かんだけれど、とにかく一刻も早く咲季の姿を確認したかった。

 くそ。

 俺のせいだ。俺が……数年は遠距離恋愛でもよかったじゃないか。

 そもそも彼女にとっては呪われたこの土地へ、再び彼女を連れ込んだのは他ならぬ俺自身。

 ああ、クソったれ!

 

 呼吸を最小限に押さえ、奥へ奥へ。

 少しづつ這ってゆく。外の世界を随分と遠く感じる。どれだけ這いずったのだろうか。あ。

 指先が金属の感触を探り出す。

 ……扉……かな?

 しかも開いている。さっきの悪臭は、どうやらこの向こうから漂ってくるようだ。

 ん?

 ひたひたと遠くに音が聞こえる。まさか咲季か?

 なんとか身をよじり、中にもぐりこむ……っと、すぐに階段。

 何段か踏み外し、それでも中へ……すべり落ちる。

 

 ……痛……立ち上がろうとして、いささか足首とスネを傷めたことに気づく。

 

 慌てて確かめるポケットの中の携帯は無事。よかった。ハンカチで口を押さえながら周囲を照らす。

 だが携帯画面の灯りに照らされるのは、今落ちたときに発生したと思われる土煙。

 喉が。

 うぐ。

 カビ臭い匂いが喉に張り付いて、苦しい。目までヒリヒリする。

 

 咳にならない咳を繰り返し、しばらくは呼吸もろくにできないでいた。咲季を追わなくちゃと壁伝いに進もうとするも、噎せ返るようなその粉塵が景色も俺自身の感覚をも撹拌し、世界を混沌にと変えてしまう。

 まだるっこしい!

 だが、さっき遠くに聞こえたあの音……足音のような……その音はだんだんと近づいてくるような気がする。

 咲季の名を呼ぼうとして咳き込む。喉にはりついたこのカビ臭い埃のせいか。だから咲季もずっと黙ったままなんだな?

 ……でも、なぜ……

 のどの中に溜まった違和感がからまった痰と一緒に口から出る。

「あ」

 声が出る!

「おい! 咲季、居るのか?」

 足音は無言のまま近づいてくる。

 そう。それが足音なのだと最早はっきりとわかる。

 

 ……しかし音に硬さがない。靴を履いていないような……まさかコートだけじゃなく靴も脱いだ? もしかしたら咲季もあの階段から落ちて靴が脱げた?

 ……そして、まだ返事がないのは喉が痛くて?

 咲季の笑顔がだんだんと近づいてくるのを感じる。

「咲季!」

 そう呼びかけた直後、一瞬、足音が止まった。聞こえているってことだよな?

 しかもそれほどは遠くない……

 ……あれ?

 一人、じゃない?

 裸足で家の中を歩くときのような、もったりとくぐもった足音がその音質ゆえに重なって聞こえていた……さっきまでは……だが今は、その同じ歩調で近づいてくる足音がひとりの者ではないことが、ちゃんと分かる。

 二人?

 三人?

 まさか、あのパン屋の奥さん達と一緒?


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