タクシー
大通りに面した正面玄関を出ると、白い風景が迎える。
空中の雪密度は朝よりも濃くなっている。タクシーをつかまえ急いで乗り込むと、商店街入口のバス停名を指示した。
行き先は病院じゃなくあの神社だ。むだ足であって欲しいと祈りつつ「急ぎで」と告げる。
ところが初老の運転手はこちらの気持ちなど知る由もなく、ゆっくりとした動作で聞いていたラジオを切りこちらを振り向いて……
「すみません。もう一度言ってもらえますか?」
いつも通勤に使っている商店街入り口近くのバス停の名を丁寧にくり返す。
運転手はなんとも表現し難い……感情を奥歯で噛み潰したような、でも飲み込みきれていない歪んだ無表情で、静かに言った。
「お客さん、こちらへは最近いらした方ですか?」
……何が言いたい?
素早く辺りを見回すが残念なことにほかにタクシーは見当たらない。かといって本数の少ないバスを待つほどのゆとりは心にはない。
ドアを早く閉めるように手でうながすと、ちょっと語気を強めに言ってみる。
「そうだ。時間がないんだ。早く行ってくれ」
「他の場所とお間違え、じゃ、ないですよね?」
つっかかりすぎじゃないのか。そんな暇ないんだ……もう一度念を押す。
「頼むから、行ってくれ」
運転手はちょっとためらった様子だったがようやく車をスタートさせた。
まるで雪までもが行く手を邪魔するかのように降りが強くなる。そして全ての信号も恨めしい。
そのとき突然、運転手は細い道へと入り込んだ。
「お、おい、回り道なんてしないでくれよ!」
思わず怒鳴ってしまう。
だが運転手は冷静に答えた。
「こっちにはバスが通れない近道があるんです……」
「あ、すいません……ちょっと気が動転してまして……」
ほどなくしてバス停が近くまで見えてきた。
もうすぐだ。
「あの角を曲がって商店街まで入って下さい」
すると、それまでむっつりと押し黙っていた運転手が急に口を開いた。
「……商店街の、入り口までで、勘弁してもらえますか?」
あんまり時間をかけたくないってのに!
苛立ちを抑えながら、金額より少し大めの金を置く。
「じゃあここでいいから! 時間がないんだ!」
運転手は小さく「すいません」と呟いてドアを開く。その向こうはまだ強い雪……吹雪とまではいかないけれど。
その幾重にも重ねられた白いレース織りのむこうにぼんやりと見える商店街は、平日の昼間というのにほとんど店が開いていない。
……神社へ続く道ってのは、このどこに……?
「お客さん!」
タクシーの運転手の呼ぶ声がする。
「忘れ物です! お客さん!」
もう一度中を覗き込むと、確かにマフラーを忘れている。思わず出てしまう舌打ちを抑えきれずに上半身を車の中へ戻すと……マフラーにのばした手を運転手がつかんだ。
「お釣りも、です」
何かを言おうとした隙に、小銭をジャラジャラと用意しはじめる。運転手はいたって真面目な顔だ。
いったいどういうつもりなんだろう。とぼけているようには見えない。むしろ真剣な眼差し。多分こちらが急いでいること、とても焦っていることだって、察しているはず……なのに、なんで邪魔するんだ?
「いいよ。釣りはいらない。急いでいるんだ!」
思わず声を荒げて怒鳴ってしまう。
だが、運転手は全くひるまなかった。
それどころかかなり大きな声ではっきりと、こう言ったのだ。
「どこへ行こうって言うんです。こんなところで」




