幸一
「咲季が?」
俺は思わず聞き返した。
寮の管理人さんから職場へ電話があったのは、午前中の二件目の打ち合わせがちょうど終わった時だった。
自分のデスクにあるメモを見るとこれがどうやら三回目の電話のようだ。「咲季が外へ出て行った」という内容。オフィスはそんなに静かな場所ではないのと咲季が心配だったのとで、いったん電話を切ると、携帯を持って廊下へと出た。
まず咲季の携帯へコールする。こういうときって一秒一秒がやけに長く感じられる。
……出ない。数回、咲季へとリダイヤルするが反応はない。
ふぅ。
ため息が出る。外へ出られるようなそんなコンディションじゃなかったはずだ。
……ったく……つながらないな。
ふいに廊下へ、同僚が顔を出す。
「高野さん! また、寮の管理人さんから!」
慌てて自分のデスクへと戻り受話器を受け取る。今度かけてきたのは管理人さんではなく、管理人さんの奥さんだった。
「もしかしたら……」
と奥さんが話してくれた中に、妙に耳にこびりついた単語があった。
「じんじゃさま」
……神社様?
何もなかったらそれほど気にせずに流せた単語。地元の神社を敬ったり畏れたりすることは普通にあるし、特に年寄りには顕著だ。でも今の自分には聞き過ごすことが出来ない言葉。
不安を煽るほど強く深く響いたその理由。それは仙台に向かう前、咲季の母より聞いていた言葉と重なったから。
「神社には、近づけさせないで下さい」
管理人の奥さんの話を聞き取ろうと受話器を耳に押し付ける傍ら、携帯は何度も咲季へとコールし続けた。
……咲季…………
もしかしたら病院へ行ったのかも。ほ、ほら……病院なら携帯は電源切らなきゃいけないし。
そう考えたい気持ちはとても強かったが、管理人の奥さんが「じんじゃさま」というコトバを発するたびに、その強さが崩れてゆくのを感じる。
……だって最初に咲季が倒れた場所、あの寂れた商店街の外れから「神社」へ真っ直ぐに登る坂のふもとだって聞いていたから。
今度は、メールを打ってみた。
『具合はどうだい? 病院に行っているのかな?』
送信。
咲季の母の不思議なお願いの、理由を聞いてはいる。咲季には絶対に言わない前提付きで。
小さな頃にその神社の近くで、咲季のお兄さんが事故で亡くなられたらしい。咲季自身はそのことをすっかり忘れているようだけど、万が一思い出してしまったなら当時その事故のことで周囲から散々に責められた辛い過去まで思い出してしまうかもしれない。だから秘密にしてほしいと。
住所が近いからとっても心配だとも言われた。
その話を聞いたのは、引越しの前日。咲季が自分のご両親に住所を教えたすぐ後のこと。もっと早くわかっていたら、そんな危険な場所からすぐに離れたのに。
咲季には適当な理由を言って市の中心部にすぐに引越し直すつもりだった。不自然じゃないように数週間……「夜遅くてバスがなくなることが多いからって掛け合ったら、もっと近い場所を社宅がわりに用意してくれた」と。言い訳まで考えてあったんだ。
まさかこんな急に……。
病院であってくれ……何度も自分に言い聞かせても拭いきれぬ不安。
……咲季。
心配ばかりが増えてゆく。
残りの打ち合わせを午後へと回してもらい、妻の見舞いを兼ねて少し早めのランチをと告げ、会社を飛び出した。




